第30話「意地」
かくして、男だらけの卓球大会に参加することになった。男女で分ける必要はないと前にも言ったが、まぁ体育の先生もわざわざ編成するのが面倒だったんだろう。
男だけで欠席はいないから、決勝まで上がると最大4試合か……めんどくせぇ。1回戦敗退でいいや。下手に勝ち上がって注目されるのも嫌だ。
負けるつもりで迎えた初戦、勝利が確定された幸運な対戦相手は、キモオタたかしこと木藻尾たかしだった。なんだろう、こいつに勝利を譲るの、なんか嫌だな。腹立つな。
「……」
まぁどうでもいいや。普通に負けて残りの時間は飴宮さんで遊ぼう。
そんな宣言をしながら試合が行われる卓球台に向かうと、木藻尾が既にスタンバっていた。奴のお友達も数人、ギャラリーとして集まっていた。
「デュフフフ……拙者の相手は貴様でござるか、孤羽氏。しかし1回戦で当たるとは、やはり拙者たちは戦う運命にあるのでござるな……なんであれ、拙者の前に立ちはだかるのなら、始末させてもらうでござるよ」
「さすが木藻尾氏! 俺たちに出来ない煽りを平然とやってのける! そこに痺れる! 憧れるゥ!」
「やりますねぇ!」
「『やりますねぇ』に賞賛の意味は無いゾ。語録誤用ノンケは810年ROMって、どうぞ」
「ファッ⁉︎ 許して下さいお願いします何でもしますから」
「ん? 今何でもするって言ったよね? デュフフ、ここまでテンプレ。デュフフフッグフフフ」
「……」
うわ、オタクきっつ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ。ネットのノリを現実に持ち出すやつは本当に痛い。そして、やつらのネタが分かってしまう俺も大概痛い。
そういうやつはネタを知らない一般人に白い目で見られるのが常だが、やつらは側に仲間がいると急に強くなる。ひとりでは何もできないくせに集団になるとイキり出す。俺が嫌いな「赤信号、皆で渡れば怖くない理論」と同じだ。
「さっさと始めようぜ」
1秒でも早くこの場から消えたい俺が呟くと、木藻尾はニヤリと笑い眼鏡を押し上げた。
デュース無し、11点先取した方の勝利。サーブ権は2球ごとに移る。
「食らえッ波動球!」
「……」
展開は木藻尾の優勢。俺は適当に負けるために色々と手を抜いているのだが、木藻尾はどうも自分が強いと勘違いしたようだった。
「デュフ……卓球は出来るのかと思ったら、い、意外と大したことないな」
調子に乗った木藻尾は、上ずった声で傍らの仲間にそんなことを言った。
「ちょっ、卓球はって、それは草」
「まるで他のことが何もできないみたいな言い方じゃあないか木藻尾氏」
わざと俺に聞こえるように、ヒソヒソと盛り上がる敵陣営。罪悪感も反感も、仲間と共有すれば分散する。皆で煽れば怖くない、か。ぼっち舐めんな。こちとら、どんな感情も独りで抱えて生きてんだよ。
ゲームカウントは4-8。サーブ権が俺に移った。俺はボールを2、3回テーブル上で軽く反発させ、ラケットをくるりと1回転させる。
「俺はな……そこら中でイチャつくリア充が嫌いなら、周りに調子を合わせて中身がないキョロ野郎も嫌いだ……」
侮った表情でラケットを構える木藻尾に、俺はボソリと話しかける。木藻尾は何事かと動きを止めた。
「犯罪がカッコいいことと勘違いしてるクソガキも嫌いだし、発情期の猿みたいにはしゃいでる大学生なんてもっと嫌いだ……でも何が一番嫌いかっていうとなぁ……」
膝の屈伸運動で、俺はボールを垂直に投げ上げる。けん玉をする時の感覚によく似ている。
「ひとりじゃ何もできないくせに群れた途端イキり出す、てめーらイキリオタクだァァァァァ!」
怒りの絶叫に乗せ、俺は天井サーブを叩き込んだ。落下運動により増幅した強烈な下回転の掛かったボールが、木藻尾のコートに着弾する。
瞬間、ボールは進行方向を反転させた。
「デュフッ⁉︎」
木藻尾は思い切り空振り、バランスを崩してズシャァとぶっ倒れた。漫画のようにクルクルとラケットが宙を舞う。
「……フッ」
やっちまった。初戦敗退するつもりだったんだがな。どうも、俺のチンケなプライドはコイツに負けることだけは許せないらしい。
「孤羽氏……き、貴様、実力を隠して……」
「わりーな……やっぱお前にだけは負けたくねーわ」
愕然とする木藻尾に、俺は再び天井サーブの構えを取る。ここまで来たらヤケクソだ。今までよくも調子に乗ってくれたな。叩き潰してやるぜ。
殺る気になった俺にとって木藻尾などもはや敵ではない。4-8という劣勢から、あれよあれよと点差は縮まり、遂には逆転勝利を収めてしまった。
「グハッ……貴様の勝ち、でござる……拙者の屍を越えて行け……」
木藻尾はズズゥゥン……と膝から崩れ落ちた。また、つまらぬものを斬ってしまった……とか思いながら台を後にすると、どこからか飴宮さんがやってきた。
「試合、すごかった、です! 本当に上手だったんですね、卓球」
どうやらさっきの試合を見ていたようで、飴宮さんはニコニコしながら俺を褒めてくる。
「別に、相手が弱すぎたんだよ……あれ、飴宮さんはどうだったんだ?」
「普通に負けました。だから孤羽くんの試合、ずっと見てました」
「そりゃどうも。でも次の試合は負けるから。トーナメントとか普通にめんどい」
これ以上勝つ気はないことを念のため飴宮さんに言っておくと、彼女は驚いたように目を丸くした。
「ダ、ダメですよ、そんなの。せっかく強いのに、もったいない、です」
「いいんだよ別に。俺からすれば、こんなのにマジになる方がエネルギーの無駄だ」
「こ、孤羽くんが勝ってくれたら……私も嬉しい、のにな……なんて」
「願望の押し付けはやめろよ……」
「それを、人は期待と呼ぶのですよ……ふふ」
飴宮さんは微笑み、どこかに去っていった。別にそんな期待に応える気はないし、応えられる気もしない。敗北する可能性があるなら挑戦などしない。負け戦はしないのが俺のモットー。
……悪いけどこれ以上傷付きたくないんだ。
「……」
先生が何やら喋っている。どうやら、1回戦の結果が全て出たらしい。俺は、2回戦の試合表を確認しようと先生の元に向かった。
毎日投稿キャンペーンはこれにてお終い。明日からは、休憩を挟んでとりあえず月水金投稿に変更します。燃えるごみの日と覚えて下さい。