第29話「卓球」
体育の授業で卓球をすることになった。卓球は体格より反射神経とテクニックが重視されるので、男女合同で行われる。
それが俺の憂鬱の種だ。
前述した通り卓球は体格があまり重要ではないので、冴えないやつらの絶好のイキリタイムと化すのだ。渾身のスマッシュを決めた後、ちらっと女子の反応をうかがう浅ましいやつや、やたら癖のあるフォームでボールに回転を掛け合い、横文字の用語を得意げにペラペラ並べて通ぶっているやつらを見たときには、そいつらの眼鏡を破壊してやりたくなる。
そんなことをぼんやり考えながら体育教師の話を聞き流していた。
「――じゃあ説明はここら辺にして、2、3人で集まって練習しろー」
……憂鬱の種がもうひとつ。
ここ最近、飴宮さんと関わるようになって俺の人間関係は多少広がったが、顔を合わせても少し言葉を交わすくらいで、一緒に卓球をするようなレベルの友達は依然としていない。
逸部には表面的だがつるんでいるやつがいるし、狼月は倉科あたりが放っておかないだろう。餅月さんは十中八九飴宮さんと組む。仮に違っても彼女は友達が多いから、俺なんかにかまっている暇はないはず。え、キモオタたかし? そんな芸人みたいな名前のやつうちのクラスにいたっけ?
「……」
……さて、どうしたものか。俺みたいな余り物を探すか、体調不良でトイレに篭って、授業終了のタイミングを見計らって合流するか。どっちにしろ明るい未来ではない。
毎度のことながら陰鬱な気分で壁にもたれてクラスのやつらの動向を眺めていると、てててっと誰かが駆け寄ってきた。
「あ……余ってます、よね? よければ、一緒にやりません、か?」
意外にもそれは飴宮さんだった。長袖長ジャージに身を包み、後ろの髪は機動性を重視したツインテールに結んでいる。てっきり餅月さんとやるものと思っていた俺は少し驚いた。
餅月さんを探すと、彼女はすでに複数人の女子に取り囲まれていた。
「……」
なるほどね。グループ内の同調圧力が働いて、群れの中に束縛されているのか。私たち友達なら一緒にやるよね? やらないなら友達じゃないよ? といった彼女たちの心の声が聞こえてくるようだ。彼女たちによって飴宮さんは排除されたのだろう。いや、飴宮さんが空気を読んで自ら身を引いたのか。
「俺でよければ」
どうでもいいことを考えながら返事をすると、飴宮さんは「やった」と小さく喜んだ。俺なんかと体育の授業でペアを組まされて喜んだのは、飴宮さんが初めてだ。社交辞令でもちょっと嬉しく思った。
「卓球は、経験ある?」
「まったく、です」
備品のラケットとボールを借り、端にあった使われていない卓球台に陣取った。
俺は運動は嫌いだが、卓球に限っては苦手ではない。ちょっとは良い所を見せたいが、飴宮さんとゲーセンに行ったいつぞやの記憶が脳裏に浮かんだ。飴宮さん、卓球もめっちゃ上手かったりして……。
内心ビクビクしながらも、お手並み拝見と軽くサーブを打った。経験者かどうかはフォームを見ればなんとなく分かる。ポーンと山なりに跳ねるボールを飴宮さんのラケットがスカッ! ……と、思いっきり空振った。
「……」
後方にてんてんと転がるボールを追いかける飴宮さんの後ろ姿を唖然としながら見てしまっていた。あれ空振るのか。やがてボールを捕まえて戻ってきた飴宮さんは、申し訳なさそうにぺこりと謝った。
「……ご、ごめんなさい。あんまり、得意じゃないので。卓球」
「いやいいけど……めっちゃ空振るじゃん」
「あはは……ラケット競技は、ちょっと苦手で……」
飴宮さんは苦笑すると、「ていっ」と妙なかけ声を上げてサーブを打ってきた。ボールはへろへろと頼りない軌道を描いて、辛うじて俺のコートに入る。
「……」
軽く打ち返すと、飴宮さんはまた空振った。
「うぅ……」
「泣かないで……」
そんなやり取りでもしばらく続けていく内に、飴宮さんも慣れてきたようで、段々とラリーが続くようになってきた。
「慣れてきたな」
「おかげさま、で」
なんとか飴宮さんを育成できたので、今度はどこまでついてこられるか試すことにした。
試しに、今まで左側に打っていたボールを右に打ち込んでみた。飴宮さんは面食らった顔をしたが、なんとか返してきた。前髪がふわっと揺れ、右眼が一瞬覗く。態勢が整わず体が大きく右に寄っているので、今度は左に打ってみる。
「わたた……っ」
飴宮さんはよろけつつも、それでも打ち返してきた。激しく左右に揺さぶられて、長い前髪は不安定に揺れる。
「……っ」
二度も意表を突かれた飴宮さんは、俺のラケットがボールを捉えた直後、俺の行動を読んで右に動いた。
「……」
それを読んでいた俺は再び左に打ち込む。
「――ひゃっ!」
対応し切れず、飴宮さんは思い切りバランスを崩してつんのめった。右眼を覆っていた前髪が流れ、驚きに見開かれた飴宮さんの両眼が露わになる。俺はグッと拳を握る。正直、最初からこれを狙っていた。
「やったぜ」
「やったぜ、じゃないです……」
前髪を整えながら、飴宮さんはむくれた顔を向けてきた。いや、だってホラ……飴宮さんだって楽しかったでしょ?
「……いじわる」
「ごめん……」
ちょっと可哀想になったので平謝りすると、体育教師は笛を吹き集合の合図を出した。ばらばらと教師の元に向かう。
「――それじゃ、今日は男女別でトーナメント戦をしてもらう」




