第2話「妹」
「疲れた……」
学校から帰宅した俺は、とりあえず部屋着に着替えてベッドに横たわった。やはり、自分の部屋という圧倒的パーソナルスペースが生み出す安心感は心地良い。同じパーソナルスペースでも学校の個室便所とは大違いだ。個室にこもってゲームしてるときに、外から「絶対中でゲームしてるよな」みたいな声を殺したクスクス笑いが聞こえた日には軽く世界破滅させたくなるからな。
このままゴロゴロするのも良いが、今日は録り溜めておいた深夜アニメを観る予定なのだ。観ながら食べるためのポテチも買った周到ぶりである。
「よっと」
ベッドから起き上がり、ポテチの袋とスマホを持ってリビングに向かった。
ドアをガチャリと開け、ほどよく散らかった生活感満載のリビングに足を踏み入れた。テレビの前には、冬の時期にはコタツに早変わりするこぢんまりしたテーブルと、三人掛け用の横長な座椅子が置かれている。かぶりつきでテレビを見られる特等席。
「……」
特等席には先客がいた。刑事ドラマを観賞する、おかっぱ……間違えた、ミディアムボブの黒髪が似合う美少女が……まぁ、妹なんだけどさ。
「帰ってたのか、双葉」
後ろから声をかけると、双葉は気だるげに振り向いた。
「……」
「今日は帰り早いんだな……部活サボりか?」
「は? そんなわけないじゃん。帰宅部のお兄ちゃんと一緒にしないでくれる?」
双葉はそう言い、プイッとテレビに視線を戻した。小学生の頃までは普通に仲良かったのに、思春期を迎えたあたりから急に扱いが雑になって、そのギャップに当時の俺はかなりショックを受けた。接し方を模索中の今日この頃。
孤羽 双葉。俺の三つ下、中学二年生。可愛い。昔から要領がよく、俺と違って外面は完璧。可愛い。女子バスケ部に所属し、学校では俺と対極の存在にあたるリア充の座に君臨しているらしい。何より可愛い。あとは可愛い。
「よっこらせ」
老人めいた掛け声を発して双葉の隣に腰を下ろした。案の定、双葉は俺を睨んでくる。
「狭い! よるな!」
「冗談だよ」
まぁ本当に冗談のつもりだったので、うぅーと小動物みたいにうなる双葉をよそに、あっさり腰を上げる。
「や、別に、どうしてもって言うなら、可哀想だし特別に隣座っても良い、けど……」
「別に」
「……」
別の場所に座布団を敷いて座った。アニメを観る予定だったが、テレビは双葉が占領している。俺はスマホを操作し「スレイブドール」を起動させた。
「うわ……まだその変なゲームしてたんだ……」
「放っとけよ……ところで、なんで今日はこの時間に家にいるんだ?」
「別に……顧問の先生が学校休んでるから部活できないだけ」
「ふーん……」
休日はよく友達と遊びに行ってるのに、今日は行かないのか……と、いまいち釈然としないままポテチを開封し、テーブルに置いた。
右手でポテチをつまみ、左手でスマホを操作する。やっぱりうす塩味だよな……とポテチを食べつつ飴宮さんに教わった攻略法を試していると、横から細い腕が伸びた。
「……」
「……」
「…………」
「…………あの、双葉さん。無言でポテチを貪るのをやめろとは言わない。だが袋は俺のそばに戻させてもらうぞ」
気づいたら双葉のそばに引き寄せてあった袋を取り戻した。流石に図々しすぎやしませんかね……まぁ、そこも可愛いんだけどさ。
「……」
双葉は無言で席を立ち、俺の隣にちょこんと座った。さっきは俺が隣座るの嫌がってたじゃねーか……とジト目で双葉を見つめたが、双葉は俺を無視して無言でポテチをつまむ。
「なにお前、俺のこと好きなの?」
そう質問すると、双葉はキッと俺を睨みつけた。頰が見る間に朱に染まる。
「は? なに? 双葉はあくまでポテチのために仕方なく移動したのであって、べ、別に、せっかく部活休みになったからたまにはお兄ちゃんと一緒にいたいとか全然考えてないから。マジでキモいからそういうのやめてくれる?」
「はいはい。ポテチのため、ね」
「なに笑ってんだよ」
顔真っ赤にした双葉に腹パンを決められた。割と痛い。この子、現役帰宅部の俺より筋肉あるんじゃないかな。いや当たり前。
「なんだよ。俺は別に笑った覚えはないぞ。それはお前が被害妄想的に――」
「うるせえ!」
またもや、双葉の拳が俺の腹にめり込む。
「グハッ……お、お前、スキンシップが過激なんだよ……」
「そ、それは、変なこと言うお兄ちゃんが悪いの!」
「やれやれ……まぁポテチでも食べて落ちつ……おい、なくなってるんだが」
空になった袋を握りつぶすと、双葉はいたずらっぽくニヤリと笑った。ひとりでめちゃくちゃ食いやがって……。
俺のことを避けているような言動とは裏腹に、今みたいにお菓子を食べていると必ずたかりに来る。何を考えているのか分からない思春期の女子中学生。それが俺の妹、双葉だ。