第28話「チョコミント」
コンビニのレジ横に置いてあるちょっとしたお菓子ほど、釣られて買いたくなってしまうものはないだろう。ちっちゃくて軽そうだし、何より値段が安い。さらにレジ横だと会計がすぐだから、本当はいらないんじゃないかとか消費者に冷静に判断する時間を与えてくれない。
そんなコンビニ側の策略にまんまとハマった俺は、買ってきたミンティアをガリガリと囓るのだった。
「……孤羽くん、ミンティア、食べるんですね」
隣の席の飴宮さんが話しかけてくる。裏面の原材料名を読むのを中断し、彼女の方をちらっと見た。
「別に、単なる気まぐれだ。いつもってわけじゃない。変な味のやつがたまたま目に付いたんだよ」
「変な味……何味ですか?」
「チョコミント。いる?」
ケースを裏返して表のパッケージを見せると、飴宮さんは残念そうに首を振った。
「……遠慮、しときます」
「いらないの? ミント系統好きそうなのに」
「いえ……ミントは大好きですけど、ごめんなさい、チョコミントだけはちょっと……」
「うわーマジか。飴宮さんチョコミント嫌い派かー」
ことあるごとに気が合うと思っていたが、まさかここで意見が分かれるとは。
「歯磨き粉とチョコを一緒に口に入れている感じがして、どうも苦手で……やっぱり、チョコはチョコ、ミントはミントで食べたい、です」
「俺はスッキリして好きなんだけどなぁ。何でかなぁ。妹も嫌いなんだよな、チョコミント」
「好き嫌いが、ハッキリ分かれますよね、チョコミントは」
「ま、別にいいんだ。俺は常にマイノリティの道を往く運命にあるんだ。止めてくれるな」
「大げさですね。チョコミント派は、言うほどマイノリティではない気がします、が」
「そうか?」
「そうだろ。俺は……チョコミント好きだぜ」
突然、飴宮さん以外の声が会話に混じってきた。声の主を確認すると、狼月眞白と目が合った。表向きはクールで危険な一匹狼だが、実際はただテンションの低いぼっちと自称する変人。それが疑いようのない事実だということは頭では理解しているが、なにしろ外見がもろヤンキーなので接し方に困る。
「なんだお前」
「なにって、チョコミントの話だろ? 1個くれよ。俺はチョコミントが大好きなんだ」
「まぁ別にいいけど……なんでもいいけどこれ、はたから見たらカツアゲに見えないか?」
「なわけないだろ……え、あ、飴宮さん、そう見える?」
俺の軽口を一蹴したが、急に不安になったのか、狼月は恐る恐る飴宮さんに尋ねた。自分の名前が呼ばれて、飴宮さんはピクリと肩を震わせる。
「…………い、いえ」
やや間が空いて、飴宮さんは質問に答えた。よほど狼月が恐ろしいのだろう。狼に睨まれた子羊のように顔を青くしている。
「……だよな」
「……」
「…………」
「…………」
「……どうしよう孤羽。俺、飴宮さんに嫌われてるのかな」
狼月の方も、勇気を出して女子に話しかけたのにリアクションが悪かったので普通にショックを受けていた。
「あ、あああああの、そ、そんなつもりじゃなかった、なくて、ないので……ご、ごめんなさい。ほんとごめんなさい」
きっと逸部の一件でも脳裏をよぎったのだろう。飴宮さんはあたふたと口ごもり、何度も謝った。
「いや……なんかスマン」
狼月は飴宮さんをそっとあしらい、視線を俺に向け直した。心なしか涙目になっている。
「……孤羽、お前は凄いよ。俺は……」
「相手が悪かった、とだけ言っておく。俺が凄いんじゃないよ」
ヒラヒラと手を振って勝手な誤解を解くと、それにしても、と狼月は声をひそめた。
「想像以上に飴宮さんってコミュ症だったんだな。あの飴宮さんとあんなに親しく話せるなんて、やっぱ凄いよお前は。お前だけなんじゃねーの、あの子があそこまで心開いてるの」
「……さぁ」
狼月の言葉を、俺は肩をすくめて適当に誤魔化した。否定する気にはならなかった。それは傲慢だろうか。第三者からの客観的な評価は自己評価よりも信憑性が高いからか、素直に受け入れてしまう。好意的なものならばなおさら。
「……あ、あの、孤羽くん」
すると、飴宮さんに小声で呼ばれた。どしたの、と視線で訊くと、狼月のことを気にしているような眼を向けてきた。眼は口ほどに物を言う。この程度の意思疎通はぼっちの基本だ。
「いや……別に悪いやつじゃないんだがな……いいやつなのかと訊かれても困るよな……人を何人か殺してそうな顔だもんな」
「ひどくね? それは言いすぎだろ」
「いや割とガチで」
「おい! ……いや、いいんだよ飴宮さん。俺は全然気にしてねーから」
狼月は少し悲しそうに俺たちに背を向け、帰っていった。ふと思い出したように振り返り、じゃ、と飴宮さんに片手を上げると、飴宮さんはぺこりと一礼して手を振り返した。
「可愛いなおい」
狼月は薄く微笑み、今度こそ帰っていった。可愛いって何だよ。飴宮さんを小動物扱いか。まぁ俺もだけど。
……ふと、飴宮さんをそういった対象として見てはいけないという暗黙の了解が俺の中に出来上がっていたことに気付いた。いつからだろう。俺がそんな風に意識し出したのは。意識しないように意識し出したのは――なんてね。あー、今のなし。彼女の気が済むまで、飴宮さんとは友達だ。これからも、何も考えずに適当に楽しく生きていこう。
「……」
気分を変えるためにミンティアを口の中に放り込み、チョコミントみたいに甘い何かをガリガリと噛み砕いた。




