第27話「弁当Re」
昼休み。
一緒に食べる友達がいない俺は、今日も元気にぼっち飯。誰とも群れることのない強者の嗜み。ぼっち飯はステータスだ。ほら、テレビでも、芸能人がひとり外食エピソードとか得意げに語るじゃん。つまりぼっちは芸能人御用達で俺は実質芸能人。QVC放送終了。
「……」
そんなくだらないことを考えつつ白米を食らう。隣の席にいるのは飴宮さんと、持ってきた椅子に向かい合わせで座る餅月さん。飴宮さんの机に弁当を広げて、ふたりきりで世間話に花を咲かせている。
「――さくらちゃんのお弁当、綺麗、ですね」
「ふふ、ありがと。ま、半分くらいは昨日の残り物なんだけどね。ハッちゃんも自分で作ってるの?」
「卵焼きだけは。後は冷凍食品、ですね。私、朝が早いので、基本自分で作らなきゃいけなくて」
「へー、それは大変だ。そうだ、お弁当といえばさ、男子って、自分でお弁当作ってるのかな?」
「さぁ? あんまり、イメージが湧かない、ですけど……」
すぐ隣の席の話だというのに、まるで別世界かと思うほどに華やかだ。あまりの華やかさに、今にも俺の霊圧が消えそう。てか、この華やかさのそばに俺なんかがいること自体が申し訳なくてなんならもう消えたい。
「ねぇ、孤羽くんっていつもお弁当だけど、それ自分で作ってるの?」
餅月さんに唐突に話しかけられた。え、なに、ぼっち飯してる俺に気を使って話しかけてくれたの? ……いや、それはないか。餅月さんは俺がそういうの嫌いなの知っているはずだからな。……だったら余計なぜ?
「……かーちゃんが適当に晩飯の残りブチ込むだけだよ」
「へぇ。じゃあ、昨日の夜ご飯は唐揚げだったんだね。お母さんの料理、好き?」
「別に普通」
「素直じゃないなぁ。で――」
「なに、どうかした? やけに絡んでくるけど」
「いーじゃん。せっかく隣にいるんだから話そうよ。ご飯はみんなで食べた方が美味しいでしょ?」
「人によるだろ」
「それに、孤羽くんともっと仲良くなりたいから……今もちょっと距離感じるし」
餅月さんは、ダメかな? とでも言いたげな瞳で俺を見る。相変わらず、誠実さをもって接すればみんなと仲良くできると信じている、頭の中お花畑の人間。現実は餅月さんが思い描くような優しい世界でははないし、俺も餅月さんが思うほど優しくない。
……なーんて、そんな風に批判的に考えていないと、またいつもの錯覚に陥ってしまいそうだった。中学生の頃なら間違いなく惚れてた。
それに、飴宮さんもいる矢先、無愛想な対応をしてその後の空気を悪くしてもアレだ。そこらへんが分からないほど俺も子供じゃない。
「仕方ない。絡まれてやるよ」
「渋々、って感じですね……」
俺の反応を見て、飴宮さんは苦笑いした。まぁ確かに、非リアぼっちがクラスの女神にそんな態度を取ったら笑われても仕方ないか。
「本人の許可も取れたことだし、早速訊いちゃおうかな。孤羽くんって、休日なにしてるの? ずっと気になってたんだけど」
「あ、それ、私も知りたい……かも」
餅月さんの質問に、飴宮さんも控えめに乗ってきた。ふたりの期待を受け、満を持して口を開く。
「休日か……テレビ(スーパーヒーロータイム)観て、動画観て、本読んだりしてる。後は寝てるな」
「……それ楽しいの?」
一般的な休日の過ごし方を説明したら、餅月さんに、冗談抜きの普通のトーンで聞き返された。
「いや楽しいから。飴宮さんもそんな感じじゃないのか?」
「私はまぁ……図書館に行ったり、引きこもって読書とか……あとは……犬と戯れてますね」
「え、ハッちゃんち犬飼ってるんだ。写真とかある?」
「あ、あります。これ、マルチーズのゴーダくんです」
飴宮さんは鞄からスマホを取り出し、写真を見せてくれた。えーかわいーとか言いながら、餅月さんは身を乗り出し飴宮さんとの雑談に興じる。
まさか餅月さんと頬を寄せ合うわけにはいかないので、隙間から遠目で見た。自宅の中で撮影したのだろうか、フローリングの床の上に、白くてもふもふした小型犬がちょこんと座っていた。はえー、巷ではこれをマルチーズって言うんですねぇ……。
「……」
ふと思い出したが、海外ドラマや鼠と猫の小競り合い系アニメに出てきがちな丸いチーズは、正式名称ゴーダチーズというらしい。マルいチーズのゴーダくんって、ま、まさかね……某ガキ大将から取ったんだよね? いや、それもそれでおかしいか。
飴宮さんのネーミングセンスはさておき、休日に自宅で犬と戯れている飴宮さんって、想像したら結構可愛いな。膝の上に乗せて話しかけながらもふもふしたり、寝っ転がってじゃれあっている姿をなんとなく想像した。
「孤羽くんは、何か生き物飼ってる?」
「特には……あ、昔旅行行った時に買ったマリモなら育ててるな」
「ま、マリモ⁉︎ なかなか予想外のこと言うね……マリモってあの、藻のかたまりでしょ? 育てるとかあるの?」
「いや……たまに水換えしたり、形を整えたりするけど、お世話要素はあんまりない。基本放置だな」
「あーやっぱり? 孤羽くんってなんか、大人になったら盆栽とかやってそう」
「それは俺も思う」
苦笑混じりに同意すると、餅月さんはほがらかに笑った。その屈託のない笑顔は、闇を照らす柔らかい陽光のようで、日陰の中で生きる俺には眩しすぎる。やはり、優しさは罪だ。こんなに優しく接されたら、純情な非リアなら勘違いするに決まっている。
まぁ俺ともなると女の子の優しさを自分への好意にすり替えることはまずない。仮にそう感じたとしても、俺なんかに親しくしてくれる人は性格の良い聖者だから、俺のようなゴミではなくもっと良い男と一緒にいた方が彼女の幸せのためだと自ら身を引くまである。
「……」
ふと飴宮さんの方を見ると、彼女は不満げなジト眼でこちらを見ていた。片眼分とはいえ顔の面積が広がったから前よりも感情が読みやすくて良い。なぜそんな顔をしているのかは見当もつかないが。
「なに……?」
俺がそっと一声掛けると、飴宮さんは我に返ったように眼を丸くした。
「――ふぇっ⁉︎ ご、ごめんなさい。私、今、変な顔、してました、ね……」
飴宮さんは慌てて謝り、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。なんであんな顔を……あれか、会話に混じれない疎外感か。それとも何か、俺が餅月さんと楽しげにお喋りしてるのを見て焼きモチでも……なんて、そんなくっだない想像をしてしまった自分の思考回路がオメデタすぎて笑えてくる。調子に乗るのは良くない。
「あれ、何の話だったっけ?」
餅月さんの気の抜けた声で場の空気は雑談モードに戻った。くだらない自分を戒め、何の話をしていたか思い出しにかかる。
「ペットの話、だったっけか。そういえば餅月さんはどうなんだよ。俺たちに質問するだけして、自己開示はしないのか?」
「えっ私? 私はね……金魚飼ってるかな。キレイだし、アクアリウム作るの楽しいよ」
「アクア、リウム……?」
馴染みのない横文字を飴宮さんは不思議そうに聞き返す。すると餅月さんはスマホを取り出し、1枚の写真を見せてきた。底に沈む小さな流木や個性的な水草で彩られた幻想的な金魚鉢。
「おお……」
あまりの完成度に、飴宮さんは声を漏らした。確か、アクアリウムとは、水槽に水草や浮き草、底には小石や流木を置いたりして、自然の世界をかたどった水槽のことを指す言葉。餅月さんのそれは、まるで金魚が水中に沈む森の中を自由に泳いでいるように思わせる、とても美しい作品だった。
「すげえ……めっちゃくちゃ凝ってるな」
「ふふ、ありがと。この機会に、孤羽くんもアクアリウム始める? 水槽にマリモ入れたりしたら――」
「魚に食われるだろ……」