第26話「未知との遭遇」
「クラスメイトの名前を把握していないとは、さすがぼっちでござるな……デュフ、拙者、木藻尾たかしでござる」
「で、キモオタたかし君が――」
「……孤羽くん、『た』が一個多い、です」
くだらないやり取りを聞いていた飴宮さんが優しく突っ込んでくる。
「あれ、そうだった? で、何の用?」
「デュフフ。貴様に釘を刺しに来た。あまり餅月氏になれなれくするのは止めるのだ。さもなくば拙者、嫉妬のあまり己が闇を抑えきれずに、貴様を消してしまうかも知れぬ……デュフ」
「うぜぇ」
「ファッ⁉︎ な、中々に辛辣でござるなぁ、孤羽氏。ドン引きではなイカ?」
「お前がうざいからでゲソ」
「の、乗るんですね……」
飴宮さんは意外そうに呟いた。いや、だってホラ……イカ娘に罪はないし。
「貴様、餅月氏と少し話しただけの関係のくせして自分に気があると勘違いしているのでござろう? ふん、哀れなやつめ」
あぁ、はいはい……そういうことね。餅月さん好きなのねお前。
「お前もまだまだ甘いな。俺クラスの非リアともなると、学級委員タイプの女子の優しさに血迷うことは基本無いぜ……それが皆に向けられたものだと知っているからな。てかお前、特大ブーメラン刺さってるぞ。気づけ」
「ダニィ⁉︎ 嘘だドンドコドーン! なんて、な、なにを言っておるのだ孤羽氏デュフフそれではまるで拙者がも、餅月氏のことを好きみたいな言い方でゃないかデュフフフ」
木藻尾はオタク特有の早口で必死にまくし立てる。途中挟まれるデュフフ笑いが絶望的に気持ち悪い。額に浮き出る汗もてかてかしてて最強に気持ち悪い。帰れ。
なんだろう……この同族嫌悪からくる、冷や汗と共に湧き出てくる漆黒の感情は……そうか殺意か。俺って周りの人間からこんな風に見えてんのかな……嫌だな……。
「なになに、私がどうかしたの?」
噂をすればなんとやらで、餅月さんが木藻尾の背後から会話に混じってきた。飴宮さんの机に忘れ物でもしてきたらしい。木藻尾は驚きのあまり、電気ショックでも食らったカエルのように「ビクゥッ!」と肩を震わせた。気持ちが悪いな。
「えっあの……なっなんでもないよ……」
さっきまでの威勢はどこへやら、木藻尾はボソボソと返事をする。お前キャラ設定忘れてるぞ。そんな簡単にブレるくらいなら初めからなくしちまえ。三流ラノベの登場人物かっての。
「ならいいけど……そろそろ先生来るよ。席戻ってね」
餅月さんは俺たちにニコリと笑いかけて、自席に戻っていった。木藻尾に向かってナチュラルにその表情が出る辺り、餅月さんはガチな聖人だ。コイツが勘違いしても仕方ない。
「デュフ……マイエンジェル」
「うへぇ、きっしょ」
「き……き、貴様に何が分かる! 生まれて此の方女子に汚物扱いされ続け、キモオタキモオタと忌み嫌われてきたそんな拙者に、彼女だけは優しく笑いかけてくれた……人間扱いしてくれたのだ! 誰がなんと言おうと、彼女は拙者にとっての天使でござる!」
「うっせぇな……お前の激寒自分語りなんか興味ねーから。帰れ」
「隙を見せた貴様が悪いでござる……さらばだ孤羽氏、貴様には負けん」
木藻尾は、空条承太郎並みにビシッと俺を指差して、なにやら宣言して去っていった。絶対なんか変な誤解してるし……やべぇあいつ超うぜぇ。面倒なのに目をつけられちまった。
「あー疲れた……害悪め」
「その割には、楽しそうでした、よ」
俺のひとりごとに、飴宮さんは俺をからかうように答えた。前にも似たくだりあったな……あれは狼月だったか。
「冗談。ストレスしか感じねーよ、あんなのと話しても」
「ひどい言い草ですね……」
飴宮さんは苦笑した。その笑顔に、またしても俺の視線は奪われる。すると、飴宮さんは笑顔を引っ込めて怪訝そうな顔をする。
「あの……へ、変、ですか? 私の笑った顔」
「いや全然。何で?」
「いえ……すごい、見てくるので……ちょっと不安に、なりました」
前髪で顔を隠すように飴宮さんはうつむいた。髪型は変わっても、中身はまだそれに順応しきれていないようだった。言われないとそんなことにも気づけない自分の鈍さが腹立たしい。
「わ、悪い。いい笑顔だったんで、つい。人の視線とか好きじゃなかったんだったな」
「あぁ……あの、それなら、いいんです。表情が気持ち悪いとか、思われていたらどうしようと、思ったので」
飴宮さんは自虐的に微笑んだ。つくづく思うけど、飴宮さんって本当に自己評価低いよな。どこまで自分に自信がないんだろうか。
「なに……家の鏡全部割れてんの?」
「それは……どういうこと、ですか?」
「いや……そんな卑屈になるような顔じゃないってことだよ」
「…………」
飴宮さんは、嬉しいようで悲しいような、怒ったように驚いたような顔をした。つまりどんな顔だよと訊かれても困る。こんなに感情が入り乱れている表情は今まで見たことがない。間接的とはいえ、そんな風に言われることに慣れていないんだろうか。
「いや、そんなにリアクションに困らないで。セクハラで訴えるのだけはやめてね」
冗談っぽく軽く言うと、飴宮さんはふと我に帰ったように眼をぱちくりさせる。それから、先程空いた奇妙な間をごまかすように微笑んだ。
「ふふ……世知辛い世の中ですね」
「まったくだ」
高校生とは思えないようなやり取りをしていると、担任が教室に入って来た。朝のHRが始まる。雑談タイムはここまでのようだ。