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第22話「夕食」

 

 家に着く頃にはもう夕方になっていた。俺は、とりあえずリビングに向かった。外出の件は母に朝一言伝えただけなので、何か言われるかも知れない。


 面倒くせーなと思いながらリビングのドアを開けたが、部屋には撮り溜めしたドラマを鑑賞している妹の双葉しか居なかった。


「……あれ、マイペアレンツは?」


 こんな時間に両親がいないのはおかしい。それを訊くと、双葉はぶすっとした顔でこっちを見てきた。


「ただいま、でしょ……はぁ。今日はふたりで夜食べに行くんだって。お兄ちゃんも双葉も今日は遊び行ってたからじゃないかな」


 ドラマを一時停止して、双葉は面倒臭そうに答えた。熟年夫婦はギスギスしやすいらしいが、ウチは仲が良くてなによりだ。


「なんて無責任な親なんだ……じゃあ今日は俺たちの夕飯どうすんだよ」


「しょーがないから双葉がなんか作るよ。あの……目玉焼きとか」


 カレーとかオムライスみたいなノリでよく目玉焼きなんて言えるな……。しかも双葉の目玉焼きと言ったら、黄身が潰れて白身は焦げて、言っちゃ悪いが見る度に何か生命に対する侮辱を感じる代物なのだ。


 悲しいことに、才色兼備系リア充の双葉は料理の話になると途端にポンコツと化すのだ。こいつオタマ持つよりバスケットボール持つ方が好きそうだからな……家庭科の授業とかどうなってんだろ。


「この体育会系女子め……そんなの俺でも作れるぞ」


「うっさい。それが嫌なら、どっかに食べに行くとか? お兄ちゃんのおごりなら双葉も一緒に行ってもいいよ」


「疲れてるからあんまり外出したくないんだよな……てか、何が悲しくて食べざかりの妹におごらなきゃならない」


「双葉よりおこづかい多くもらってるくせに、けち。あとは、外食がダメならコンビニとかでなんか買うとか。言っとくけどこの家、ガチでカップ麺しかないよ」


 どうやら双葉はこの家の備蓄食料は調査済みらしい。とはいえ俺は別に料理下手ではないから、ネットで検索したレシピさえあれば、冷蔵庫の食材から簡単な料理くらい作れる。だがクソ面倒くさいし疲れるので絶対にやりたくない。働かずに飯が食いたい今日この頃。


「麺は昼に食ったなぁ……でも外出面倒くさい……もう夜は抜きでいいか。疲れたし」


「お兄ちゃん、どんだけ外出嫌いなの……もういい。双葉コンビニ行ってくる」


 俺に見切りを付けた双葉は、気だるげに立ち上がった。本当にコンビニに行くようだ。


「だったら俺も行く。夜道は危ないぞ」


 外はもう暗い。今までハイパー引きこもりモードだったが、双葉がコンビニに行くならそうも言っていられまい。俺は双葉の護衛役として外出する覚悟を決めた。すると、双葉は憮然とした表情で振り返った。予想を裏切らないリアクション。


「ちょっと、あんまり子供扱いしないでくれる? ひとりで大丈夫だから」


 双葉は突き放すような物言いで俺を拒絶した。ま、保護者同伴で外出なんて子供扱いもいいとこだよな。思春期の中学生が一番嫌う行動かも知れない。


「可愛い妹をそんな危険に晒す兄がどこに居るんだよ。てか、もし何かあったら保護者の俺が責められんだよ」


 うっかり口を突いた本音の後にそれっぽい建前を添えて双葉に言い聞かせた。俺は別にシスコンではないが、双葉にそう誤解されるのは不本意だからであって、俺は別にシスコンではない。二回言っちゃったよ。


「……そういうことなら、しょーがないな。付いてきてもいいよ」


 双葉はなぜか頰を染め、プイとそっぽを向いた。口調が柔らかくなった気がする。俺の誠実な説得が功を奏したようだ。……自分から言っておいてなんだが、やっぱり外出めんどいな……。




 * * *




 ふぁみふぁみふぁみーま、ふぁみふぁみまぁぁぁ……。


 自動ドアが開くと、お決まりの入店音が流れてきた。コンビニ独特の謎の匂い。冷房が効いてひんやりする空気。俺達の他に客は数人も居ないので、狭い店内は空いていた。


 漫画雑誌とエロ本が陳列された本棚を素通りして、俺達は奥の食品コーナーに向かう。内部に照明の付いた冷蔵機能付き商品棚に、おにぎりやら弁当やらがずらりと並んでいる。


 俺はから揚げ弁当を手に取った。値段も手頃でそこそこ美味そうな、可もなく不可もない、心の平穏を愛する俺の理想の人生みたいな弁当。


「ん」


 それを見て、双葉は持っていた買い物カゴを俺に差し出す。


「おう」


 適当な返事をして俺は弁当をカゴに入れた。……ちょっと待て。


「これ会計どうすんの」


「お兄ちゃん、どうせ多めにお金用意してるでしょ。双葉のも出しといてよ。家帰ったら返すからさ」


 そう言って、双葉は弁当とカップアイスをカゴに放り込んだ。


「ほんと好きな、アイス」


「期間限定だから。あげないからね。……でも、久しぶりだね。ふたりで買い物なんて」


 買い物カゴを提げた双葉はしみじみと呟いた。確かに、俺が最後にカゴを持った双葉を見たのは、一緒にお使いに行く程度には仲が良かった、双葉がまだ小学生の頃だった気がする。あのちっちゃかった双葉がいつの間にか小生意気に成長したもんだなぁ、とまるで親戚のオッさんのように感慨にふけってしまう。


「中学生になった途端に、お前が俺と買い物行くの嫌って言ったんだろ……」


「そりゃそうでしょ。こんなのと一緒に歩いてるとこ、友達に見られたくないもん」


「ひ、ひでぇ……」


 双葉のえげつない一言に、俺は冗談すら返せずシンプルに傷ついた。


「あーいや、そうじゃなくて……友達に、お兄ちゃん紹介してくれ、とか言われたらダルいし……お兄ちゃん、顔だけはちょっとかっこいいから……」


 流石に哀れに感じたのか、双葉は拙いフォローを入れてくれた。どちらかと言うと俺は年下にウケるタイプではない。てか年上にもウケないし、なんなら同年代にはもっとウケない。ウケるのはこの笑える事実だけだ。はは……。


「そんな優しい嘘は要らないぜ。大丈夫だよ。万が一があったとしても、一瞬で相手を幻滅させる自信がある。幻想殺しだぞマジで」


 言っているうちに大丈夫どころかむしろ不安になってきたぞ。


「そういうとこだぞ……」


 小さく呟き、双葉はそっぽを向いた。なんなのこの子は……友達に俺をそんな目で見られたくないの? 口ではボロクソ言っておきながら、実は優しくてかっこいいお兄ちゃん大好きなの? なんて、理解に苦しむ双葉の言動にあることないこと妄想してしまう。


「別になんでもいいけど、買い物終わったならレジ行こうぜ」


 双葉の気持ちを考えるのは後にして、とりあえず会計を済ませた。……本当に後でお金返してくれるんだよね?


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