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第21話「特殊相対性理論」

 

 最強クラスの使い手が仲間にいると攻略が捗る捗る。今までは相手にすらならなかった強敵も飴宮さんのお陰でバンバン倒せて気分爽快だ。


「――でも、ダメですよね。ずっとこんな髪型じゃ。大人になる前に克服しないと、例えば就活なんて、とても出来ませんよね」


 クエストを周りながら、ふと、飴宮さんは独り言のように呟いた。将来のことなんて考えたくもないが、いつまでもこのままでは居られない。頭では分かっているが、唐突に突き付けられた現実に、心の奥がひやりとした。


「今焦るものでもないだろ。就活なんてまだまだ先だ」


 俺は、画面から目を離さずに答えた。ともすれば自分に言い聞かせたのかも知れない。飴宮さんの前髪もそうだが、俺もこんなだらけきった姿のまま大人になれるとは思っていない。考えたくもない現実は、心の底では痛いくらいに自覚している。


 ……別にそのままでも、研究職でもプログラマーでも小説家でも、何でもあるだろ――と思ったが、口には出さなかった。きっと、飴宮さんは変わりたいのだ。的外れな横槍はやめておこう。


「とは言っても、さっきみたいに、結局変われないまま、なんですけどね」


 飴宮さんは自嘲気味に微笑んだ。彼女の前髪の奥の眼がどんな色に染まっているのか、俺には伺い知ることは出来ないが、口調から漠然とした焦りは感じた。


「別に俺は今すぐ無理に変わる必要はないと思うけど……そうだ、両眼がダメなら片眼から慣れてけば? ゲゲゲの鬼太郎みたいな感じで……なんて、そんなの俺がどうこう言うもんじゃないか」


「いいですね、それ。考えておきます」


「……は?」


 俺は思わず画面から目を離し、飴宮さんの顔を見た。彼女は特に気分を害した様子もなく、俺の勝手な意見を普通に受け入れたようだった。


「まぁ……なに、大切なのは結果を急ぐことじゃなくて、変わろうとする意志を持ち続けることなんじゃないの。そうすれば()()()は変われる……いや、知らんけど」


 一瞬だけ、飴宮さんがこの場で鬼太郎ヘアになってくれる事を期待してしまった。俺は、そんな傲慢な自分を適当な台詞を吐いて誤魔化した。




 * * *




「……というか、結局ゲームでしたね。ゲームなら、いつでも出来るのに」


 帰りの電車で、隣で手すりに掴まる飴宮さんは苦笑した。ま、俺達みたいな人間にショッピングモールの一般的な楽しみ方ができるはずもなかったから悔いはないけど。ちなみに、電車内はそこそこ空いており、座ろうと思えばいくらでも座れる。だが、隣に座るのはなれなれしいし、ひとつ開けるのはそれはそれでよそよそしい。色々考えちゃう面倒くさい俺たちは、立ちっぱなしを選択していた。


「いや、そうでもない。あの手のプレイヤーを指定するマルチプレイは、ルームのパスワードを教えないと参加出来ないだろ。こんな機会でもなけりゃ出来ない」


「そうですけど……あっ、でしたら、LINE交換しますか? マルチプレイ攻略のために」


「その発想はなかった」


 話が決まり、俺たちはLINEを開いた。この緑のこいつ、たまに来る家族からの業務連絡以外に全く使わないんだよな。友達リストには家族と公式アカウントしかない。え、クラスのLINEグループ? なにそれ美味しいの?


 まぁ、友達が居ないということはそれだけLINEに縛られることもないという訳で、俺は極めて健全なSNSライフを送っているのだ。だからいい加減「LINEやってない=寂しいやつ」みたいな風潮は止めなさい。たかがスマホで友情を繋ぎとめている君たちの方が寂しいぞ。


「……これどうやって友達追加するの」


「さぁ? 多分これじゃないですかね……あれ?」


 LINEの扱いに慣れていないぼっち同士であーでもないこーでもないと悩みながらも、俺たちはなんとか互いを友達追加することに成功した。


 トップ画面に、「新しい友だち1」として飴宮さんのアカウントが表示された。アイコンは逸部とのツーショット写真だった。何やってんだあいつは……。


 前に遊んだ時にでも撮ったのだろうか、笑顔でピースをする逸部の脇に、飴宮さんが微妙な微笑みを浮かべている。どっちが主役か分からないけどいいのかこれ。


 プロフィール画面を開いてみたが、他はデフォルトのままだった。確かに、特にいじることないよね。ほとんど使わないんだし。


「『浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない』……何ですかこれ」


 飴宮さんも俺のプロフィール画面を開いたのだろう。俺の一言メッセージを読み上げ、訝しげに首を傾げた。


「俺の人生の格言。ソースは哲学者のラッセル」


「ゲームはほどほどに、ですよ」


「あんたがそれを言いますか……」


 俺が呆れ混じりに突っ込むと、飴宮さんは惚けたように小首を傾げた。


「はて、何のことやらサッパリワカラナイデス」


「棒読みになってるぞ棒読みに」


 窓から柔らかい日差しが差し込む午後の電車に揺られながら、俺達は適当に雑談をして過ごした。中身も何にもないただの無駄話だったが、俺にはこの時間がとても心地良く感じた。友達と雑談だなんて、まるで禁断の果実でも齧っているような感覚だ。


 その果実の甘さは、今まで独りで肩肘張って生きてきた俺の全身を優しく蝕む。こんなものばかり味わっていたら、いずれこれなしでは生きられなくなるだろう。俺は快楽の奴隷になるのは真っ平御免だが、今この瞬間を楽しんでしまっているのもまた事実だ。


「……あ、俺次で降りるわ」


 最寄り駅への到着を告げる車内アナウンスが耳に入ってきたので、俺は飴宮さんにそう告げた。色々な事があったが、今日もこれでおしまいだ。時の無常さに柄になくしんみりしていると、飴宮さんは名残り惜しそうな顔でこっちを見てきた。


「そう、ですか……」


 飴宮さんは残念そうに呟いた。そんな顔されると帰るのに罪悪感覚えちゃうからやめて。


 程なくしてドアが開き、俺は電車を降りた。


「じゃまた明日、学校で」


「はい……あ、あのっ、今日はとっても楽しかったです。ありがとうございましたっ」


 駅の喧騒に負けない声量で、飴宮さんは俺にお礼を言い、ぺこりと一礼した。俺も何か言おうとしたが、その前にドアが閉まってしまった。喉元に燻った紡ぎかけの言葉を飲み込み、俺は走り去っていく電車を見送ることにした。


 今日一日で、色んな飴宮さんの姿を見ることが出来た。こんなに沢山の飴宮さんを見たのはきっと俺くらいだろう。そんな優越感が俺の心をくすぐった。


 ショッピング。日曜日をまるまる消費したが、悪くはない経験だった。


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