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第19話「達人」

 

「飴宮さん、太鼓の達人やったことある?」


 そう、俺の真の特技というのは日本人なら誰でも知っている音ゲーこと太鼓の達人だ。


「ありますよ。まぁ、あまり難しい曲はできないですけどね」


 飴宮さんは自信なさげに微笑んだ。これは飴宮さん太鼓やり慣れてないな。遊びでたまにやる程度と見たよ俺は。


「せっかくだからやろうぜ。この店は100円で2曲プレイだから、1曲ずつで」


「いいですよ」


 飴宮さんの了解を貰ったので、俺は100円玉を投入した。そして、リュックからを取り出す。


「マイバチ……孤羽くん、太鼓ガチ勢だったんですね」


「ま……俺の数少ない特技の一つだ」


 俺は、持ち手に黒グリップを巻いた自慢の相棒マイバチをドラマーみたいに回転させる。


 マイバチとは文字通り自分専用のバチのことであり、筐体備え付けのハウスバチより軽量化されたシャープなデザインで、持ちやすいようにグリップを付けたり先を尖らせたりして、自分好みのカスタマイズを楽しめる。太鼓の達人をただ楽しむのではなく、更なる高みを目指す者達の大半はこれを手にする。


 閑話休題。


 底抜けに明るいゲームキャラの案内に従って、俺は満を持して「ナイト・オブ・ナイツ」の「おに」を選択する。一般人なら「かんたん」や「ふつう」を選ぶだろうが、俺は違う。ガチなんでね。


 震えるぞハート。燃え尽きるほどヒート。刻むのはBPM180の高速ビート。


 高校生になって太鼓の達人に目覚めた。休日とか暇な時に、誰にも負けないひとつの鉾として磨き続けてきた。どんなに威張っている奴でも、俺に太鼓では敵わないんだと思うことで密かな優越感に浸ることができ、俺の心を支えてくれた。


 後ろで見ている飴宮さんを意識して手汗がじわりと湧いたが、音符は完全に暗記している。曲と共に右から左へと高速で流れてくる音符を次々に捌き、あっという間に曲は終わった。


「……自己ベスト更新」


 リザルト画面を見て、俺はほっと一息ついた。太鼓をやってこんなに精神が昂ぶったのは初めてだ。飴宮さんに良いところを見せたかったから、ミスへのプレッシャーがいつもより明らかに大きかった。


「すごいじゃないですか! おめでとうございます。じゃあ次は私の番ですね」


 俺と交代して、備えつけのバチで飴宮さんが選んだのは、「チルノのパーフェクトさんすう教室 ⑨周年バージョン」。また東方か……あれ? 俺のプレイのリアクション薄くね? もっと驚いてもらう予定だったんだが。


 飴宮さんは何の迷いもなく「おに」にカーソルを合わせ、そのまま縁をカカカカカッと10連打した。あれは確か「おに」の【裏譜面】を出すコマンドだったような……なんか嫌な予感がする。


「あ、飴宮さんってまさか」


「まぁ、そのまさかってやつです」


 画面から目を離さずに、飴宮さんは俺の震え声に答えた。


 飴宮さんは……【裏】をハウスバチでプレイするレベルの化け物だった。さっきまで飴宮さんに勝ったつもりでいたが、どうやら同じ土俵にすら上がれていなかったようだ。


 叩いてみた動画の中でしか見たことのない、機関銃から斉射される弾丸の如く、高速で襲い掛かる無数の音符の弾幕。飴宮さんはそれらを、機械マシンの様な正確無比のバチ捌きで仕留めていく。さっきの俺のプレイが子供のお遊びに見えてしまう程の、まさに別世界の激戦だった。


 流れるようなバチ捌きに見とれているうちに、曲は終盤に入った。今のところ不可の数はゼロだ。これはまさか……。


 飴宮さんは最後の一打を叩いた。


「――Full Combo」


 吐息混じりに飴宮さんが呟くと、いつの間にか集まっていたギャラリーが「うおおおおお!」と湧いた。パラパラと拍手の音も聞こえる。


「ひゃっ⁉︎」


 真剣な表情を一転させて、飴宮さんは怯えた顔で後ろを振り返る。そして、ギャラリー相手にぺこりと一礼。ま、そりゃ驚くわな。


「すげーじゃん……ハウスバチでフルコンボ平然とやってのけるとか、そこに痺れて憧れちゃうよ」


 ここまで見事だと、もはや嫉妬の感情すら湧かなかった。俺は心からの賛辞の言葉をかけた。


「え、えへへ……まぁ、体力ないので一曲が限界ですけどね。連打入れられなかったし、普通に『可』連発でしたし」


 飴宮さんは謙遜してみせるが、満足げな表情が喜びを物語っている。


「俺なんてまだまだ初心者だな……」


「そんなそんな。またいつか、一緒にやりましょうね! 東方以外でも、ボカロとかアニソンとか――」




「うっわー、なにアイツらきっしょ」




 高揚した飴宮さんの声を、氷のような罵声がかき消した。声の主はたまたま通りがかった大学生くらいの金髪の男。悪口に敏感な日陰者の特性か、ゲーセンの狂騒に紛れることなく、痛いくらい鋭く耳に突き刺さる。どうやら、飴宮さんのプレイは注目を浴び過ぎたようだ。


「やめときなってー。聞こえてるよ」


 偏差値20程度しかなさそうな連れの女がそれを咎めた。口元を押さえて必死で笑いをこらえながら。


「男の方も大概キモいけど、マジであの貞子みたいな女無理。ああいうジメジメしたオタク見ると鳥肌立ってくるわ。どうせアイツら、学校じゃ底辺なんだろーな」


 男は口元を歪めてせせら笑い、俺たちに興味を失くしたのか歩き去っていった。気づけばギャラリーも自然と解散していて、俺たちだけがポツンと取り残された。


「ごめんなさい。私のせいで、孤羽くんまで」


 ややあって、飴宮さんは俺に謝ってきた。さっきまでの高揚感は嘘のように消え失せていて、ゲーセンの騒がしい電子音は他人事みたいに耳を通り過ぎるばかり。


「飴宮さんのせいじゃないだろ。別に俺がキモいのは事実だし……」


「そんなこと言わないで下さい……いいんです、気持ち悪いのは私ひとりで充分なんです」


 おもむろに、飴宮さんはヘアピンに手をかけ、前髪を無理矢理横に流した。


「――っ⁉︎」


 今まで飴宮さんが封印してきた両眼があらわになった。ただ前髪を流しただけなのに、まるで見てはいけないものを見たかのように感じてしまい、反射的に目を逸らしてしまう。


 確かに……確かに、ずっと前から髪を流した飴宮さんは見てみたかったし、実際、想像以上に整った顔立ちをしていらっしゃる。だが、その念願が叶った今、嬉しくもなんともない自分を自覚した。


 こんな形では見たくなかった。心を開いたいつかに、自分の意思で見せてほしかった。


 それに実際問題、飴宮さんの前髪は外の世界から自分を守る鎧。それを捨ててノーガードでショッピングモールの人の波に立ち向かうのは、彼女にとって自殺行為に他ならない。


「いや、ほんと無理するなよ。あんな奴らのために飴宮さんがこれ以上――」


「いえ……私なんかのせいで、孤羽くんまで悪く言われるのは、嫌なんです。さ、次はどこ行きましょうか」


 飴宮さんは視線を泳がせながら、努めて明るい声を上げた。やっぱり、人と目を合わせるのは苦手らしい。


 俺達はゲーセンを後にし、当てもなく放浪した。飴宮さんは始めこそ気丈に振舞っていた。だがそれも束の間で、今は絶え間なく視線を左右させて、行き交う人に怯えてながらぎこちなく俺の隣を歩いている。


 そんな居心地の悪いところに無理に居続ける理由はないよな。


「飴宮さん、そろそろ帰――」


「……っ」


 俺が話しかけた瞬間、飴宮さんは貧血を起こしたみたいによろめいた。元々色白だった顔は更に蒼白になり、頭痛がするのか頭を押さえている。


「あそこの茶店で落ち着こう」


 たまたま側にあったカフェ風の店を指差した。昔、双葉が失恋して泣いていた俺を慰めるのに使った方法を偶然思い出した。


「はい……ごめんなさい。面倒かけてしまって」


「いいから。歩ける?」


「なんとか」






 類は友を呼ぶし、朱に交われば赤くなる。だから人は無意識のうちに、演繹的に友から対象の類を推測している。




 飴宮さんが前に逸部と行った時は、逸部のギャル個性が強く作用して飴宮さんにもギャル補正バイアスがかかったが、今回の相手はぼっちを極めた俺だ。飴宮さんがそういう()として評価されてしまうのも無理はない。あるいは、逸部はそのことを知った上で、さりげなく飴宮さんを守っていたのかも知れない。


 俺にはそんな補正能力も、凄みの欠片もない。なんにもないぼっちだ。なぜそのことに気がつかなかったんだろうか。鈍感な自分に改めて腹が立った。


 悪い、飴宮さん……やっぱり俺には守れなかった。


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