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第18話「嗜好」

 

「良いですね、そば屋さんは。雰囲気が落ち着いていて」


 飴宮さんはおばあちゃんのような台詞を言い、目の前のきつねうどんに両手を合わせた。


「ああ。やっぱり日本人はこうでないと」


 俺はそれに同意し、月見うどんをすする。うん、美味い。


「午後は、どうしますか? どこか、行きたいところ、ありますか?」


 きつねうどんに唐辛子を振りかけながら、飴宮さんは俺に話しかけてきた。そういえば午後どうしよう。興味ある店は全部寄っちゃったからな……。


「そうだな、じゃゲーセンでも……っと、騒がしいのは苦手なんだっけ」


「いえ、大丈夫です。いいですね、行きましょう、ゲーセン!」


 飴宮さんはニコリと笑うが、俺としては、眼前の可愛い笑顔よりも紅に染まったきつねうどんの方が気になる。さっきから唐辛子振りっ放しなんだよ。


「……あの、飴宮さん」


「いえ、ゲーセンの騒がしさは本当に平気なんです。気にかけてくれて、ありがとうございます」


 俺の言葉を早とちりした飴宮さんはお礼を言った。だが、そうしてはにかんでいる間にも唐辛子はかけられ続ける。気にかけてるっていうか、飴宮さんは唐辛子かけすぎだから。山できてるよ。


「……こんなもんかな」


 俺の心配をよそに、飴宮さんは唐辛子のビンの蓋を閉じ、箸でスープを混ぜ始めた。驚いたことに、本気であの唐辛子量だったようだ。


「飴宮さん……エグい量の唐辛子かけるね」


「え? ……あ、つい、いつもの調子で。い、嫌ですか?」


「嫌ではないけど……ビビるかな、普通に」


「そうですか……? 私好きなんです、辛いの。辛いものを食べると、なんというか、『生きてるッ』って感じがして」


「生きてる、ねぇ……ここんところ、生きる屍のように毎日を過ごしてるからそんな実感ねえなぁ」


「だったら、唐辛子おススメですよ。人生のスパイスにいかがでしょう」


「誰が上手いこと言えと……まぁ、そこまで言うなら挑戦してみようかな」


 俺が気まぐれを起こして同意すると、飴宮さんの顔がぱあっと輝いた。飴宮さんは得意顔で唐辛子のビンを手に取り、俺の月見うどんに振りかけてくる。


「最初はこのくらいが……へくしゅっ」


 飴宮さんがくしゃみをした振動で――ビンから唐辛子が滝のように溢れ出た。


「うわああああ! 俺の月見うどんが!」




 * * *




「ちくしょう、まだ口の中がヒリヒリする」


 そば屋を後にした俺達は、次なる目的地ゲーセンに向かった。あの地獄のような唐辛子うどんを全部食べた俺の頑張りはもっと評価されても良い気がする。


「ご、ごめんなさい……」


「いいよ別に。あの灼けるような辛さの中に身を投じることによって、確かに生の実感は感じたから……」


 例えるなら、プールで溺れて死にかけた時と似たような感覚だ。もう唐辛子の塊を口の中に入れなくていい、当たり前に息をすることの素晴らしさを改めて実感した。地獄からの生還とも言う。


「ですよね! 孤羽くんも、こっち側の世界に」


「二度とゴメンだ」


「ですよね……」


 しょんぼりした様子の飴宮さんは、かくっと肩を落とした。唐辛子の布教に失敗して落ち込んだのだろう。知ったことではない。


 そんなどうでもいいことを話しながら歩いていくと、ゲーセン特有の騒がしい電子音の重奏が徐々に近付いてきた。それに比例して心拍数の上昇を感じる。実は、最初に館内地図を見たときからゲーセンは楽しみにしていたのだ。久しぶりのゲーセンだ。心が躍るなぁ!


「着きましたね」


「……しかし相変わらずでかいな」


 そこはもはや、気の利いたスーパーや電気屋にありがちな子供向けの小規模な空間ではなかった。子供連れに配慮してマイルドな雰囲気ではあるが、筐体の量はたまに行く駅前のゲーセンくらい本格的だ。このショッピングモールの店はどれも規模が大きく、内容が充実していたが、ゲーセンも例外ではなかったようだ。


 飴宮さんは入り口すぐのところにあるクレーンゲームの筐体に駆け寄っていった。アームで飴などの小物をすくって、前後するテーブルの上に上手いこと落として景品を押し出すタイプのよくあるアレ。


 飴宮さんは手慣れた様子でアームを操作し、難なく数個の飴を手に入れた。


「こ、こいつ、出来る……ッ!」


 正確で鮮やかな手つきにちょっと驚いていると、飴宮さんは手に入れた飴を俺に差し出した。


「これ、激辛うどんのお口直しに、どうぞ」


「いや、いいって。飴宮さんの金と力で取ったんだから」


「いえ、受け取って下さい。そうでもしないと、罪悪感で死にそうです……」


「そんなに気にする必要ないんだけどな……そこまで言うなら頂くかな」


 ここでかたくなになる理由も特にないので、俺は素直に飴を受け取り頬張った。ぶどう味。


「飴宮さん、それは薄荷飴? なに、共食い?」


「い、いいじゃないですか! 好きなんです、薄荷飴」


「フッ、別になんでも良いけど」


 飴宮さんを軽くイジって、俺はポッキーの箱が鎮座されているUFOキャッチャーの筐体に歩を進めた。ま、こいつを受け取った理由は、断るのが面倒になっただけではないってことよ――


 百円玉を筐体に投入する。金を落とした俺を歓迎するように、軽快で心踊る起動音が流れた。


 まずは前方と横方向から獲物ターゲットとなる箱ポッキーを見回す。空間的な位置関係を把握して、早まる鼓動を抑えて操作ボタンに指を乗せた。


 耳から外の世界の音が消え、UFOの稼働音だけが聞こえる。密かに培った技術でUFOを操縦し、俺は箱ポッキーをゲットした。ここ最近やってなかったけど、腕がそこまで落ちていなくて良かった。


「すごいじゃないですか! 一発でゲットなんて」


 受け取り口からポッキーを取り出していると、飴宮さんが感心したような声を上げた。それを聞いて、俺は思わずニヤリとしてしまう。UFOキャッチャーできるのがカッコいいと思って一時期練習してた中学時代の俺の頑張りが報われた気がした。


「サービス配置になってるのを狙っただけだよ……俺トッポ派だから、これあげる」


「いえ、そんな……ありがとうございます」


 飴宮さんは何か含みのあるお礼を言い、奥にあるUFOキャッチャーを求めて小走りで消えていった。


「……あっ、おい。こんなとこでひとりになったら――」


 俺が迷子になっちゃうだろ……やれやれ。俺はどこかに行った飴宮さんを追った。


「飴宮さーん――」


「……トッポ派、なんでしたっけ?」


 UFOキャッチャーの筐体の裏から現れた飴宮さんは、してやったりのドヤ顔で箱トッポを差し出した。ふたつ。


「脱帽だ」


 思わず苦笑して肩をすくめると、飴宮さんはふふふと満面の笑みを浮かべた。ちくしょう、可愛いな……じゃなくて、上には上がいるものだな……。


 UFOキャッチャー能力者たちの小競り合いは飴宮さんの圧倒的な勝利で幕を閉じた。UFOキャッチャーゾーンを離れ、ぶらぶらとゲーセン内を散策する。と、ある筐体に俺の視線は釘付けになる。


 クク……飴宮さんには悪いが、UFOキャッチャーは昔に少し齧っただけのお遊び。俺の真の特技はこっちの方だ。


「……飴宮さん、太鼓の達人やったことある?」


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