第17話「ショッピング」
ショッピングモールに足を踏み入れると、そこは別世界だった。
所狭しと並ぶカラフルな店々に、煩雑で賑やかな客と客引きの声。学生の群れや家族連れで予想通り混雑しており、客も店員も活発に動き回っている。人混みはあまり得意ではないから、この場にいるだけで疲れてしまいそうだ。
「でけぇ……」
液晶モニターの店舗案内を見て思わず声を漏らした。主に若者と家族連れ、暇を持て余した御老人をターゲットにした(まぁつまり全範囲)コンセプトの元、書店やCDショップ、衣類や装飾品のたぐいや飲食店にフードコートはもちろん、家具屋や、ゲーセンにクレープ屋、はたまたアニメイトという充実のラインナップ。最近の若者と感性が少しズレているこの俺にすら心惹かれるものがあるあたり、このモールの守備範囲の広さがうかがえる。
「なんでも、このあたりで最大規模らしい、ですよ。ここなら、何でも揃いそうな気がします、よね」
「そうだな……」
俺たちはモール内をあてもなく散策した。ショッピングモールぶらり旅だ。
……しかし、ショッピングモールといえば、親とこの手の店に行ったときに同じクラスの奴と偶然出会ったときの絶望感は異常。親と一緒にいるの見られるの恥ずかしいし、そいつと別に友達じゃないからどんな顔すれば良いのか分かんないんだよなあれ。
「……孤羽くん? 早速表情が暗いですが?」
俺の負のオーラを感知したのか、飴宮さんは気づかうような顔で俺を見上げてきた。おっと、せっかくのショッピングなのに暗い顔しちゃいかんよな。
「悪い悪い、そんな風に見えた?」
「相変わらず低体温ですね……この状況で、テンション上がらないんですか? わ、私は結構わくわくしてるんですが……」
「いや……実は俺も超エキサイティンだから。顔にあんまり出ないだけで」
飴宮さんは俺の顔をまじまじと眺めながら「そうなんですか……」と呟き、ふっと表情が柔らかくなる。
「ふふ、私だけが浮かれているのかと思ったので、安心しました。孤羽くんとこうしてお買い物なんて、なんだか夢でも見てるみたいです」
「嬉しいねぇ。まぁ夢は言い過ぎだけどな」
「そんなこと、ないですよ……あ、あれ本屋さんですね」
喋りながら歩いていたら、目の前に本屋が見えた。さすがは大型ショッピングモール、駅前の本屋よりでかい。何より、本屋特有の落ち着いた雰囲気が心地よい。人混みに晒され続きだった俺の心につかの間の安息が戻った。
「すごい。話題書の流行に敏感ですね。ドラマ化や映画化される本が、大体網羅されてますよ」
「へぇ、詳しいんだな……飴宮さんって意外とミーハー?」
「い、いえ、そんなつもりは……小説の実写化情報には、ついレーダーが反応しちゃうんです」
「ふーん……関係ないけど、実写化といえば、漫画を実写化しまくる最近の風潮って何なんだろうなあれ。大抵スベってボコボコに酷評されるのになぜか止めないんだぜ」
「漫画の実写化は、過去に成功例が多いですからね……一度受けたジャンルは手を出しやすいんでしょう」
「カイジるろ剣デスノート辺りか? ま、鵜の真似をするなんとやらだな」
「ですね。ただ、キャラクターと実際のキャストとの乖離が激しかったり、監督や脚本家の自己主張が強かったりすると、原作とは別物になってしまって、原作ファンの観たいものではなくなってしまいますよね。まぁ、そうは言っても原作ファンの為だけに実写化するわけではないのは分かっていますがね、私としては原作の世界観や設定も尊重して欲しいと思うわけですよ。無駄な改変は要らないというこちら側の意見が一向に届かないのか、聞く耳を持たないのか甚だ疑問に思います。あとは単純に原作へのリスペクトが足りなくて単なるコスプレ学芸会になっていたり。なんなら、流行りの俳優を主演にさせておけば儲かると思ってますからね、あいつら……」
「だよなぁ……俺も全く同意見だ」
「ですよね……っと、ご、ごめんなさい。私ばかり喋ってしまって」
ふと我に返った飴宮さんは、慌ててぺこりと謝った。飴宮さんがこんなにたくさん喋ったのは初めてなのではないだろうか。俺に心を開いてくれたのか、よほど漫画の実写化に恨みがあるのかどちらかだろう。
「いいよ別に。好きなだけ喋ってくれ。普段見られない飴宮さんを見られて俺も楽しい」
「私は、あんまり見られたくないですけど……孤羽くんが楽しいなら、よかったです」
えへへ……と、飴宮さんは恥ずかしそうに微笑んだ。その笑顔をずっと見ているのもなんか照れるので、近くの本棚に視線を移す。
「ところで、この中でお勧めの本ある? たまにはラノベ以外の本も読んでみようと思うんだが」
ざっくりした質問をすると、飴宮さんは少し考えてから奥の方の本を手に取った。
「それなら……この『密室の鍵貸します』なんてどうですか? 殺人事件の容疑者にされた無実の主人公が事件の真相を暴こうと奔走する探偵小説です。本格ミステリなのに所々ユーモアを交えているので、小説を読み慣れていなくても飽きにくいと思いますよ」
言っちゃ悪いがさして期待していなかったので、飴宮さんの流暢な紹介に圧倒されてしまった。小説に関する知識量もさることながら、俺の要望に完璧に合う一冊を選択し、本の魅力を効果的に盛り込んだプレゼンは、彼女が本を愛しているからこそなせる技なのだろう。なにより、それを楽しそうに説明している飴宮さんの姿を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。
「なにそれ面白そう。買った」
「ふふ、気に入ってくれて嬉しいです」
結局その本をお買い上げして本屋を去った。そのまま隣のCD屋に入る。
店内にはテレビで毎日聴く流行りの曲が流れていて、客は本屋より多く、客層も一気に若くなった。とは言え今時の若者は大体K-POPコーナーやアイドルコーナーに集中しているので、 俺達が向かうアニソンの棚にはオタクがまばらにいるだけだ。
「何の迷いもなく、このコーナーに来ちゃいましたね」
「気が合うな」
「アニメのCD買うなら、アニメイトの方が品揃え豊富な気がしますけどね」
「それは確かに言えてるな」
「でも、ついチェックしちゃうんですよね」
「分かる。すげぇ分かるそれ……じゃ行くか」
「行きましょう」
この調子で色んな店を冷やかして回った。あっという間に時間は過ぎて、ふと腕時計を見ると、時計の針は正午を回っていた。
「もうこんな時間か……昼どうする? 確かマックとフードコートとレストラン街があったはずだが」
「この時間だったらどこも混んでいそうですね。とはいえ、フードコートは騒がしくて苦手です」
「俺もうるさいのは嫌いだ。レストラン街で穴場探すか」
「ですね」
一階のレストラン街まで歩を進めながら、帰るという選択肢が自然と消えていたことに今更気が付いた。まぁどうせ暇だしいいけど。
レストラン街を一周してみて割と空いていたのは、回転しない寿司屋とどこかの民族料理屋とそば屋だけだった。
「……そば屋だな」
「そば屋ですね」
またもや意見が一致した俺達は、古くさいそば屋ののれんをくぐるのだった。
こんな日常に戻れる日を信じて。