第13話「イメチェン」
「へ……」
登校して早々、俺は言葉を失った。飴宮さんの髪型がいつもの一つ結びからツインテールに変わっていたのだ。思いのほか印象に与える影響は大きく、いつもの飴宮さんより幼いような、可愛らしい雰囲気になっている。
「お、おはよう、ございます」
俺に気づいた飴宮さんは、固い笑顔で挨拶をした。それから、そわそわと落ち着きなくツインテールをいじり、俺からのリアクションを待っているのか、ちらりとこちらを伺った。
「……変、ですかね」
「いや……いんじゃね」
「そう、ですか……えへへ」
飴宮さんは安心したように微笑み、ピン留めされた前髪をいじった。相変わらず両眼は隠しているものの、地味過ぎず冒険し過ぎない、飴宮さんのイメージに合った色合いのヘアピンで、印象はだいぶ明るくなった。
いや、なに……ぼっちは常日頃人間観察してるから、飴宮さんに限らずクラスの誰かが髪型変えたらすぐに気づくんだよ。「髪型の変化に気づく男はモテる」とかいう言葉に踊らされた中学生の頃の俺は、好きな女子が髪切ったら褒めるようにしてたら結果ストーカー扱いされたんだけどそんな話は別にいいよね。
「どーよ孤羽! 飴宮ちゃんイメチェン計画! プロデュース・バイ・ユズ・ソルベ!」
俺の席に座っていた金髪ギャルの逸部は、椅子に座ったままくるりと振り返った。それに合わせて、長い脚を無造作に組み変える。そういう無造作な脚の組み替えやめてくれないかな……いや、条件反射的に見ちゃうからさ……。
「お前の仕業か……なんでもいいけどさっさとどけ」
「あっごめん、机とか勝手に使っちゃって。すぐ片付けるね」
逸部に向けた恨み言に、逸部ではない綺麗めな声が返ってきた。視線をずらすと、餅月さんもいた。俺の机に広げられている髪ゴムやら櫛やら得体の知れないビニール袋を手早くカバンに詰めていく。
「あ、いや……お構いなく」
逸部に向けた言葉だったからつい粗暴な口調になってしまったが、餅月さんは邪険に扱えない。人によって態度を変えるタイプの俺は手のひらを返すように言葉を修正したが、逸部は文句ありげに俺を見上げてくる。
「ちょっと? あたしの時と対応違いすぎない? 差別よくないよ」
「気のせいだ気のせい」
「あはは、ダメだよ孤羽くん? ユズちゃんにも優しくしてあげないと。ねぇハッちゃん?」
俺の弁解に被せて、餅月さんは諭すように笑いかけた。そんなに親しみ込めて笑わないで欲しい。俺のこと好きなんじゃないかってうっかり勘違いしそうだ。
「ふふ、孤羽くんは優しいですよ。こう見えて」
「そっかぁ……そうだったね」
餅月さんは意味ありげな微笑で俺を見上げた。その透き通った大きな瞳で、君は今まで俺の何を見てきたんだ。俺が優しい訳ないだろ。
「いやいやいや! こいつ全然優しくないから! ただの性格悪い無気力クソ男だよ!」
「そんなハッキリ言う……?」
逸部の強めなツッコミに、ついたじろいでしまう。そんな間が抜けた俺のリアクションを見て、飴宮さんと餅月さんはくすくすと笑った。
「……」
この光景だけを切り取ったら、誰も飴宮さんのことをを地味なぼっちだとは思わないだろう。案外、外見はその人の内面にも潜在的な影響を与えるものなのかも知れない。俺も中学生の頃、一時期オシャレに目覚めて髪をツンツンにしてたけど、その時は自分がイケメンリア充になった気がしたもんな。で、クラス中の女子に笑われて先生に怒られて目が覚めて、死にたくなったのは良い思い出……。
「うっ……」
「ど、どうかしましたか? 頭痛でも、するんですか?」
飴宮さんにいたわられていると、教室のドアがガラリと開き、先生が入ってきた。自由時間はおしまいだ。餅月さんと逸部は飴宮さんと一言交わして自席に戻っていった。
いつもと変わらないHRを聞き流しながら、机の横のフックにカバンをかけようとしたら、逸部のかばんがかけてあった。
「あの野郎……」