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Extra Episode:読みかけの本に栞を

となみやさん読者の皆様、お久しぶりです。中二病です。

下書きを漁っていたらこんなものが見つかりました。主題歌プロジェクトの一環で書いたものだと記憶しています。忘れたり、うやむやにするつもりはありません。いつか形にします。

 

 隣の席の孤羽くんは、帰りのホームルームが終わるなり下校してしまう。


「じゃ」


「はい、また明日」


 例によって今日も即帰宅。鞄を担いで軽く片手を上げる孤羽くんと椅子に座った私は別れの挨拶を交わした。教室のドアの向こうに消えていく背中をぼんやりと眺める。


 席替えしてからかなりの日数になるけど、孤羽くんと一緒に帰ったことは片手の指で数えるほどしかない。寂しいと思わないこともないけど、それは孤羽くんの習性なので尊重している。距離感誤って、重いとか、言われたくないし……。


 何が孤羽くんをそこまで帰宅へと駆り立てるのだろう、と考えても長年に渡るぼっち生活で染みついたとしか思えない。今は少なくとも私がいるからぼっちじゃないのに、複雑な気分。


 なんて、何言ってんだろう。孤羽くんには、私の他にも友達がいるのに。


 例えば、木藻尾くんや狼月くんと話している時なんか孤羽くんはとても活き活きして楽しそうだ。同族嫌悪と孤羽くんは言うけれど、それゆえに遠慮のない内輪で話しているように聞こえる。男の子同士のノリで盛り上がる彼らの様子を、私では引き出せない表情をした孤羽くんの横顔を見ていると、たまに、とても羨ましく思う。


 餅月さんや逸部さんとも、私の友達同士という関係で繋がっている。そんな関係を私がまた作れたことが嬉しくて、孤羽くんと彼女たちが話しているところを見ると、大げさだけど幸せな気持ちになる。みんな私の大切な友達で、私はこの日常が大好きだ。


 私も、鞄を肩にかけて教室を出た。階段を降りて、校舎の外に。空が開けて解放的な気分になると同時に、冷たい風が吹いて体温を奪った。セーターの袖を余らせるようにして指先を冷気から守る。


 校庭から聞こえる運動部の掛け声が遠くなる。閑静な住宅街が建ち並ぶ駅までの道には、下校するうちの生徒たちが散見される。友人たちと談笑しながら歩いていく後ろ姿を眺めながら、私はひとりで歩いた。孤独には慣れたはずなのに、隣が静かなことを寂しく思うようになったのはいつからだろう。誤魔化すように空を見上げる。青空に、白い雲。


 青空といえば、こんな話があった。一学期末の球技大会で私たちは野外競技に参加したんだけど、その日はとてもいい天気で、外に出るなり孤羽くんはこう言った。


『馬鹿じゃねーのこんなクソ暑い日に球技大会とかさぁ。くそっ、なんなんだよこの見渡す限りの青い雲に白い空!』


『……逆ですね』


『え? あー……いや、これはあれだから。青い雲ってのはほら、あれみたいにちぎれて独立した雲のことね。青いには若いってニュアンスもあるだろ』


『まさに漱石枕流そうせきちんりゅう、ですね……』


『あーそうそう。雲って面白いよな。小学生の頃、遠足でやることないからずっと雲見てたんだけどさ』


『何かとても悲しいことを聞いてしまいました』


『風に流されて形が変わって、わけわからんグチャグチャな形になるけど、一旦目離してもう一回見ると、また別の意味のある形に見えてくるんだよなー』


『そうなんですね……何の話、でしたっけ?』


『さぁ。この話題も風に流されてグチャグチャになっちまったな』


 ……。


「青い雲……ふふ」


 私は孤羽くんの言葉を真似し、おかしくて笑った。じゃあ白い空はどうしよう。孤羽くんの屁理屈癖が白日の下にさらされた、とか。


 そんなことをふと思うと、突然風が吹いて前髪をかき乱していった。からかわれて照れた孤羽くんが怒ったのかも、と想像すると耳元を掠める風がいやにくすぐったい。


 片眼を隠すこのヘアスタイルは、孤羽くんの発案だ。前は、人と目を合わせるのが苦手で長い前髪で両眼を隠していた。今まではそれで良かった。でも、孤羽くんと話すようになって、その現状から抜け出したいと思った。


 でも、外界から自分を守る前髪を切るのは、怖くて出来なかった。だから、前髪の長さは変えずに片眼だけ隠すこの髪型は盲点。私のコミュ症がもたらした閉塞的な日常に風穴を開けてくれた孤羽くんには感謝している。席替えで隣になった時、吐きそうなほど緊張しながらも、勇気を出して話しかけてよかった。


 風で乱れた前髪を直す。右眼を髪で隠して左眼を出しているのは孤羽くんが左隣にいるから、って知ったら孤羽くんはなんて思うかな。……重いかな、やっぱり。


 そんなことを考えていると、駅の改札が見えてくる。改札を通り、孤羽くんの帰路とは反対方向のホームに進む。改札に定期券をかざす動作が、私の中では読みかけの本に栞を挟む動作と重なる。この日常はあと何ページで終わってしまうのかと、残された日々に思いをはせる。


 駅のホームで待っていると、反対側のホームに見知った顔があった。つまらなそうに伏せられた無気力な半眼。気怠げにポケットに手を突っ込み、電車の順番待ちの先頭に独りで佇んでいる。それは孤羽くんだった。距離があるので向こうからこちらは気付かれていない。


 孤羽くんと目が合った。彼は私に気付くと驚いたように半眼を見開き、それを誤魔化すように微笑した。


 ――あぁ。


 全身を内側からくすぐられるようなむず痒さと、口いっぱいにチョコレートを詰め込まれたような甘くてふわふわした感覚がやってくる。


 平静を装って軽く会釈して、その後すぐに到着した電車に飛び乗った。孤羽くんから逃げるように、赤面した顔を、彼に見られぬように。


 ガタゴトと揺れる電車の中で窓から流れていく景色を眺めながら、私は火照った頬を冷ましていた。孤羽くんはあんな風に不意打ちで笑顔を見せる。はっきり言って、とても卑怯だ。ショッピングモールでココアを飲んだ時も、相合傘のお礼を言われた時も、そうだった。その度に私は先の感覚と共に、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。


 その痛みに名前があることに気付いたのはいつだっただろうか。その日から、この気持ちは隠さねばならないと心に決めた。


 理由は簡単。私たちが友達ではなくなることで、この日常が変わってしまうことが、怖いのだ。


 私は臆病だ。


 孤羽くんを失うのが怖い。またひとりぼっちになってしまうのが怖い。私たちの関係が変わることを、世界はきっと放っておかない。それが、怖い。


 この気持ちを孤羽くんに伝えられるのはいつになるだろう。取り返しがつかないほど時間が経ってから? 取り返しがつかないほど関係が壊れてから? ……なんて、縁起でもない想像はやめよう。


 今は、今を生きるのが楽しくて、孤羽くんの居ない未来のことなんて考えられない。


 今日も言えなかった、明日もこれからも言うつもりのない、いつかは言いたいけど叶うなら永遠に言いたくない言葉を、その時はきっと過去形で言うのだろう。


 私は、ずっとあなたが好きでした。


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