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第111話「幻」


 小野の話を聞き終え、俺は改めて彼に向き直る。意見を求められた。軽率な発言は許されない。俺は深呼吸して、固く結んだ口を開いた。


「――俺はな、トロプリにおけるあざとキャラはあすか先輩だと思うんだ」


 みのりん先輩推しの小野は腕組みの姿勢を変えずに「その心は」と訊いてくる。


「姉御肌でスケバン風の頼れる先輩かと思いきや、ふたりの兄の末っ子の妹だから、いわゆる女の子らしい文化に慣れていなくて、可愛いものに対する反応がピュア、ってのが一番のあざとポイントだ。幼稚園の職業体験回でおままごと中に見せた迫真の赤ちゃんプレイの衝撃は今も鮮烈に残っている」


「第14話だね」


「そして、トロプリのモチーフでもある『メイク』に対する反応が実にあざとい。これが最大の理由だ。あとは、普段はやれやれって感じで後輩を見守る役のあすか先輩が、変身後の口上では『はためく翼ッ! キュアフラミンゴォ!』ってノリノリで名乗ってるのもギャップ萌えで破壊力すごいよな」


「孤羽君、君イイよ。実にイイ。よく判っている」


 小野と頷き合っていると、山根が「うわーオタクがプリキュアの話してるー」と茶々を入れてきた。


「トロプリねー、観てる観てる。衣装が開放的で目のやり場に困るよね。脇の過剰摂取で毎週幸せ」


「うっわ……最悪」


「プリキュアをそんな目で見てたなんて、君には失望したよ」


「っはぁー、お子さまかよ君たちは! あれを見て何も思わないんて! 理解に苦しむね! まぁ一番あざといのは桜川先生だけどな! にわか乙! 解散!」


「誰も鈴村さんごちゃんと言わないあたり、意地を感じるでござる……」


 トロプリさいあざ会議が解散し、なんとなくスマホを開くと、飴宮さんからLINEが届いていた。


 [今から少し話せますか]


 1階ロビーの、昨日トランプしたところで待っているらしい。ひとりで来てほしいと言われたが、言われるまでもなく単独で向かうと、うちの生徒のたまり場と化しているロビーの中に、飴宮さんと逸部の姿を見つけた。俺は着替えるタイミングを逃して制服のままだが、ふたりともラフな部屋着姿だった。


「お、来た来た。おーい」


 こっちに気づいた逸部が軽く手を振る。俺はそれに応じて、そのへんのソファに腰かけた。


「話って?」


 早速本題に切り込むと、飴宮さんは言いづらそうに俯いた。


「……その後、様子はどうですか。……木藻尾くん」


 いきなり木藻尾の近況報告を求められた。だが、飴宮さんは別に常日頃木藻尾と近況を交換するような親しい仲ではないので、彼女の求める情報は容易に察せられる。


「アイツはもうダメだ。百瀬さんがどうこうって完全に浮かれてる。いや、イカれてるな」


 小粋な言葉遊びを交えて返したが、彼女は今はそういうのは求めていないようだった。


「うぅ、やっぱりそうですか……あのですね……」


 しきりに言葉を選んで口ごもる飴宮さんに代わるように、逸部が横から口を挟んでくる。


「あたし、たまたま聞いちゃったんだけど――」




 * * *




『百瀬さん、木藻尾ってやつのことはもういいのか?』


『いいの。あれは、あんたがセコい手使って私をどうにかしようとしたから、逆に利用させてもらったの。どう、灰島。妬いちゃったでしょ?』


『そりゃそうだよ! 僕を差し置いてあんなやつのところに行っちゃうからさ。あーよかった』


『ふふ。そうそう、あのキモオタ、ホントにキモかったよね。鏡見たことあんのかよって感じ』




 * * *




「――見るからに他校生なのに木藻尾って苗字が出てきて、んっ? ってなったから覚えてたんだ。で、さっき、あーちゃんから木藻尾が逆ナンされた話聞いて、つじつまが合った。百瀬はともかく、木藻尾も灰島も珍しい苗字だから、人違いではないと思うけど」


「逸部さんが、そんな会話をたまたま小耳に挟んだようでして……」


 なるほど、そういうこと。百瀬さんは灰島の電車男作戦を見抜いていたのか。それで、仕返しのつもりでわざと木藻尾に思わせぶりな態度をとって、灰島を翻弄していたわけか。まぁ予想できた結末だな。


「ろくなものではないです、恋愛なんて。そんなことのために、見ず知らずの人を貶めるなんて……私には、よくわかりません」


「あーちゃんが木藻尾にホントのことを教えるべきか悩んでたから、孤羽に相談してみたんだけど……」


「教える必要ないだろ。どうせ二度と会わないんだし、美しい思い出のままにさせてやろう。向こうもそれを知ってて利用したんだから」


 簡潔にまとめて切り上げようと思ったが、飴宮さんは納得できない様子だった。


「友達に、嘘つくんですか。これから一生、木藻尾くんは、あんなひどい人の偽りの幻影を、大事に胸にしまって生きていくんですか」


 飴宮さんの言い分ももっともだけど、むやみやたらと現実を見せればみんなが幸せになるとは限らない。この現実は木藻尾には刺激が強すぎる。


「知らない方がいいこともある……ってのも、飴宮さんならわかると思うけど……あと別に友達じゃねえし」


 やんわり自分の意見を言うと、飴宮さんは意外とあっさり引き下がった。


「まぁ、私は、これを他の誰かと共有したかっただけなので、後のことはお任せします……孤羽くんなら、上手いことやってくれますよね」


 やれやれ、偽りの幻影を胸にしまってるのはどっちだよ。




 * * *




 部屋に戻ると、相変わらず何やら騒がしかった。木藻尾たちがスマホを見ながら大騒ぎしていた。


「ヌアアアアアア! し、信じない! 拙者は信じないでござるよおおおおお!」


「現実を受け入れるんや木藻尾ニキ! 正直ワイはそんな気はしてた!」


 木藻尾たちはギャーギャー発狂していて話を聞くどころではなかったので、そのへんにいた山根に事情を教えてもらう。


「あぁ、木藻尾がな、くだんのエルメスちゃんのインスタのアカウントを制服と会話内容から特定したんだけど」


「さらっとめちゃくちゃ怖いこと言うなよ」


「ついさっき、男との意味深なツーショット写真が投稿されていたらしいんだ。まぁ見た感じ彼氏――」


「ああああああああ! それ以上言うなぁ!」


 山根の決定打で脳を破壊された木藻尾が叫びながら山根に飛びかかる。心配してくれた飴宮さんには悪いが、誰が手を下すまでもなかったようだ。


「リア充……爆発しろ!」


 木藻尾が魂の叫びを上げる。彼の純愛は長崎の街に散ったのだった。


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