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第109話「電車男」

 

 茶髪とパーカーとゴリラの3人組が、取り囲むようにひとりの女子に絡んでいる。女子の方は、ナンパされる程度には整った容姿で、素直で良い子なんだろうなって感じの顔。女子の近くには同じ制服を着た気の弱そうな男がひとりいるが、おろおろするばかりで頼りない。


「もっと遠くに行って、観光なんかよりもっと刺激的なこと、しない?」


「!」


 パーカーの男が女子の肩を抱いた。女子はびくっと肩を震わせ、「やー、やめてくださいよー」と身をよじった。


「……治安悪そうな学校だな」


 狼月が小声で言った。


「修学旅行だってのに。誰か……木藻尾、止めにいけよ」


「孤羽氏……なぜ拙者を指名したのだ。てか、静かにしてようでござる……」


「なに、ビビってんの木藻尾ちゃん」


「平気なのは狼月氏くらいでござろう……修学旅行に行ってまで厄介ごとは御免でござるよ」


 小声で話していたら、茶髪の男にぎろりと睨まれる。


「うるせぇぞ、なに喋ってんだキモオタ」


「ファッ! す、すいません!」


 キモオタ、と言われて木藻尾が反射的に立ち上がった。ふと我に帰り、泣き出しそうな表情で俺たちに助けを求めてくる。立ち上がりまでしちゃって。損な苗字だ。


「……」


「文句あんのか」


「……」


「なんとか言えよ!」


 女子の肩を抱いたパーカー男が低い声で怒鳴る。空気がビリビリと振動して緊張を伝播する。会話していた乗客はしんと静まり返り、電車が走る音がうるさいほど聞こえる。


「えーと、その……その汚い手を放しやがれ」


 木藻尾……それさっきの電車男の妄想の台詞。


「あぁ⁉︎」


 激昂して立ち上がるパーカー男。


「ミ、ミスったでござるどうしよう孤羽氏」


 木藻尾が俺に助けを求めるが、俺にできることはせめて木藻尾のリンチを動画に撮ってSNSで炎上させることくらいだ。自分のふがいなさを嘆いていると、隣の狼月が立ち上がり、木藻尾を押しのけてパーカー男を睨みつける。


「さっきからギャーギャーうるせえんだよ」


「あ、やんのかコラ」


 ゴリラみたいなデカい男が狼月の前に立ちはだかり、互いの鼻と鼻がくっつきそうな至近距離で睨み合う。一触即発。俺たち以外の乗客は物音ひとつ立てずに遠巻きに見守っている。


「――まぁーまぁまぁまぁ! やめましょう! ね! せっかくの修学旅行なのに、お互いもったいないですよ!」


 すると、女子生徒の近くにいた気の弱そうなあいつが、ふたりの間に割って入った。爆発寸前だった緊張がふっと緩み、ゴリラ男の方から視線を外した。


 ゴリラは最後に狼月を思いきり睨みつけ、奥の座席に消えていった。そのとき、気の弱そうな男に小さな声で「悪い」と謝ったのが聞こえた。「あれはしょうがない」と気の弱そうな男が返したのも。


「……?」


 あいつらの相関図どうなってんだ? と疑問に思っていると、電車がナントカ駅に着いた。もっとあいつらを観察したいところだったが、俺たちはここで降りることになっている。


「なんだったんださっきの」


 電車を降りてひとりごとを呟く。学校が違うだけなのに、宇宙人でも見たような気分だった。


「大丈夫だったー? ふたりとも。なんか、絡まれてたけど」


 電車を降りるなり、餅月さんは木藻尾と狼月の心配をする。餅月さんに絡んでもらえてうれしそうな木藻尾。狼月はクールに視線を遠くに向けたまま。


「デュフフ、あんなの全然大したことなかったでござるよな、狼月氏?」


「……あぁ、全然」


 イキっているだけの木藻尾と、相変わらず本当か嘘かわからない狼月。女子たちも「狼月くんカッコよかったよね……」と、ヒソヒソと盛り上がっている。


 さて、一悶着あったものの、修学旅行2日目長崎自主研修の始まりだ。


 長崎の街を散策し、ナントカ館とかに寄ったが、興味がないのですぐに忘れてしまった。洒落たつもりはない。


 昼頃、修学旅行生向けに角煮まんの試食を勧める出店があった。俺たちはまんまとそれにはまり、角煮まんをお買い上げ。肉まんみたいなのを想像してたけど、薄い生地で角煮を挟んでいるだけなんだ。


 角煮まんうめーなーと思いながら班の連中とつかず離れず長崎の街を歩いていると、隣に飴宮さんが来た。


「よかったですね、おおごとにならなくて」


「別に……」


「心配したんですからね、ほんと……」


 飴宮さんはムスっとした目で、ちゃんとわかってるんですか? とでも言いたげに俺を見上げる。


「俺ってそんな心配されるほど頼りないのかな……」


「だって、喧嘩の終盤って、最後のひとりがフラフラになりながら折りたたみナイフを出して、叫びながら体当たりしてくるじゃないですか。あれの巻き添えを食らわないかと、心配で」


「漫画の読みすぎだろ」


「な、なにはともあれ、とても心配だったんです。あのときは、たまたま誰かが仲裁に入ってくれましたが……」


 飴宮さんに言われて、仲裁した男と不良の間で交わされた奇妙な会話を思い出した。


「そうだ、それなんだけど、ちょっと不思議なことがあってさ――」




「――ちょっと待て! そこのお前!」




 すると、知らない男に突然引き止められた。俺……というより、木藻尾が。


「……知り合い?」


「いや……」


 一応聞いてみるが、木藻尾は首を横に振る。


「さ、先ほど、電車に乗っていた者だ! あのときは……」


 あぁ、あの仲裁に入った気の弱そうな男か。忘れてた。


「あぁ。デュフ、別に礼なら――」


「あのときは、なんてことしてくれたんだ!」


「ファッ⁉︎」


「あのとき、なんで助けたんだ。あんたのおせっかいのせいで、僕の修学旅行はめちゃくちゃだ!」


「……話が見えてこないんだけど」


 俺が呟くと、男はこちらに視線を向けた。


「あなたたちなら、わかるでしょう。……『電車男』といえば」


「でっ……」


 電車男⁉︎


「それはつまり、女子生徒エルメスに絡んでいたならず者は、貴様の仕込みだったということでござるか……? もしそうなら、せ、拙者はなんてことを……」


「そう! せっかく別のクラスの友達に、バイト代まで払って演技させたのに……あんたは僕の緻密な計画を完璧にぶっ壊しやがったんだ!」


「それは済まぬでござる……と言いたいところでござるが、それならもうちょっと早くエルメスを助けてあげてほしかったでござる。いくらなんでも引っ張りすぎて、エルメスが可哀想でござったよ」


「あれはっ、助けるタイミングを見計らってたんだ! べっ、別に、本番で緊張したとかじゃなく!」


「いや、申し訳ないことをしたでござるが……見たところ同じ行動班のようだし、チャンスならこの先いくらでも――」


「ないんだよ」


 男は、悔しそうに木藻尾を睨む。すると。


「おーい! 灰島はいじま! どこ行くのよー!」


 ひとりの女子高生――よく見たらさっきの女子だ――が男に手を振りながらこっちに走ってきた。こいつの苗字は灰島というらしい。


「げっ」


 灰島は嫌そうな顔をする。愛しのエルメスが来た反応とはとても思えない。エルメスは灰島の隣の木藻尾に気づき、ぱっと表情を明るくする。


「あっ! あのとき助けてくれた人!」


 エルメスは木藻尾のもとに駆け寄ってくる。灰島は、はぁーあ、と頭を左右に振ってうなだれた。


「私、百瀬ももせっていいます。よければ、一緒にお昼食べませんか?」


 エルメスは百瀬さんというらしい。うちの学校とは違う柄のスカート、ゆるいネクタイ。腰に巻いているのはうちの学校では着用禁止のカーディガン。暴漢に絡まれていたときのこわばった表情より、笑った顔はなかなか美人だ。木藻尾を見上げる大きな瞳は、まっすぐで、きらきらしていて、まるで恋する乙女のようで――


「――ファッ⁉︎」


 え、マジで⁉︎


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