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第10話「登校」

 

 朝の廊下は騒がしくていけねぇ。


 遅刻ギリギリで教室に向かう道中。廊下全域にたむろしている、発情期のサルみたいにギャーギャーうるさいバカどもの群れを睨みつける。いやマジでうるせえな。その自分青春楽しんでますアピールいらねぇから。


「……」


 と、そんな憂鬱を分かってくれそうな人物を廊下の雑踏の中で発見した。早足で歩く小柄な後ろ姿を、歩調を早めて追いかける。


「おはよ、飴宮さん」


 飴宮さんの隣に並び、軽く挨拶した。向こうはこちらの存在に気付いていなかったようで、「ひっ」とか言いながら肩を震わせる。存在感なくてごめんね。


「お……おはよ、ございます……へ、変な人かと思って、驚いちゃいました……ごめんなさい」


 遠慮がちなはにかみ笑顔の後、飴宮さんはぺこりと頭を下げた。その仕草に、両眼を覆う長い前髪がふわっと揺れる。


「……あながち間違ってないからいいけど。それより、昨日イベントランキング発表されたじゃん? ついに俺2,000位以内にランクインできてさ」


「そ、そうですか。よかったですね」


「うんよかった。それで、報酬に『天才の履歴書』もらったんだけど、使うタイミングがイマイチ分かんないんだよな、あれ」


「育成に伸び悩んだ時か、経験値アップキャンペーン中に使うのがいいかと。……あの」


 飴宮さんは、じれったそうに俺を見上げた。なんだかあせっているように見える。このペースで歩けば教室には1分前に着くのに。そしてうちの担任は高確率で遅れて来るから、遅刻回避は実質確定なのだが……そういえば飴宮さんっていつも俺より早く教室にいるよな。もしや遅刻する時間のデッドライン事情を分かってないのか。


「この時間なら別に急ぐ必要はないぞ。毎日遅刻しそうでしてない俺が情報源ソースだ」


「そう、ですか」


 俺が信用出来ないのか、飴宮さんからは煮え切らない答えが返ってきた。歩調が緩むことはなく、呑気に歩いている俺は追い抜かされてしまう。そんなに遅刻したくないのか。真面目だね。


「……」


 頭をかき、歩調を早める。今は飴宮さんに合わせているが、そのへんの重要度は、無気力症候群の俺には到底理解できない。いくら遅刻カウントが付いても定期テストが散々でも、留年さえしなければそれでいい。その真理に気付いて以来、そんなものに労力を注ぐのがアホらしく――


「おはよー孤羽!」


 ――バカみたいに明るい声と共に、カバンのようなもので背中を叩かれた。


 面倒くせえと思いながら振り返ると、そこには逸部がいた。相変わらずのウェーブ金髪に、平常運転の超ミニスカート。俺を叩いた薄っぺらなカバンには、ふわふわした得体の知れないぬいぐるみみたいなキーホルダーがうじゃうじゃぶら下がっている。うーんこのナチュラルに生活指導部に喧嘩を売っていくスタイル。


「朝からテンション高いな」


 朝からテンション低い俺が適当にあしらうと、逸部は扱いに不満を感じたのか、前に回りこみ通せんぼしてきた。


「あ、飴宮さんもいたんだ。おはよー」


「お、おっおはよう、ござい、ます……」


「おはよー。おい孤羽挨拶くらいしろし」


 こんなナリした奴に説教されてしまった。……いや、おかしいだろ。


「どの面下げて戻ってきてんだよ」


「あれはホントごめんって。反省してるから、仲良くさせてよ」


 気づけば逸部が先頭に立ち、俺たちの前を歩いていた。さりげなく抜かそうとフェイントをしかけても、逸部は必死に対抗してきて、かたくなに俺を通そうとしない。数秒の格闘の後、振り切るのは諦めて奴と教室までの道を共にすることにした。


「なんなの? クラスに友達いないの?」


「は? う、うっさい。隣のクラスとか別の学校に友達めっちゃいるわ! ……このクラスにもつるんでる子はいるけど、やっぱ壁感じるっていうか……なんかちょっと浮くし」


 逸部は歯切れ悪く言い捨て、自慢の金髪を手で払う。その派手な髪色なら敬遠もされるだろう。逸部並みに派手な奴、つまり逸部の価値観を共有できうる奴はうちのクラスにはいないから、「ノリ」が合わずに微妙な居心地の悪さを感じるんだろう。


 友達を作るために、自分を捨てて周囲に迎合することをよしとしない。


 その姿勢には、俺と通じる所が――


「てか、アンタに友達うんぬん言われたくないんだけど? 自分の心配しろよボッチが」


「それは言えてる。まぁ心配はしてないけどな!」


 俺はひとりが楽しいんだよ、と続けようとすると、飴宮さんが俺の制服の裾を遠慮がちに引っ張ってきた。振り返ると、飴宮さんは何かに耐えるようにうつむいている。


「こ、孤羽くん……あの……私……」


 制服の裾を弱々しく握りながら、飴宮さんは何かもそもそと呟いた。みなまで言わずとも、あんなことがあったから、逸部と顔を合わせづらいのだろう。


「なんとかするよ」


 そう返し、体を半歩前に出した。せめてこれで、飴宮さんを庇う盾になれていたら幸いだ。


「いえ、あの――」


「まー確かにそうかー。孤羽には飴宮さんという友達がいるもんねー」


 飴宮さんは何か言いたげだったが、それに気づいていない逸部がかき消してしまった。逸部は飴宮さんの背後に回り込みフランクに肩に手を置く。


「――っ!」


 飴宮さんは短く叫び、肩を震わせた。


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