第103話「カステラ」
修学旅行を明日に控えた夜のこと。俺はリビングで双葉とドラマを観ていた。明日は始発電車に乗って空港に行くので、ドラマを観終わったら速攻で寝ないと明日起きられない。ロングスリーパーは生きづらい。
「お兄ちゃん、明日修学旅行なんだよね」
CM中に、双葉が話しかけてきた。
「なんだ、お土産のリクエストか? 悪いけど木刀は購入禁止なんだ」
「いや、いらんわ。あぁ、お土産はいるけど……うーん、長崎ってなにが有名?」
「たしか、カステラが定番ってパンフレットに書いてあったな。異国の文化にいち早く触れてきたからどうのこうの」
カステラという単語を聞き、双葉は目を輝かせる。
「カステラか。いいね、カステラ買ってきて。あぁでも、買うのは真面目なカステラね」
「ふざけたカステラがあるならぜひお目にかかりたいな」
「あるでしょ。なんか、チョコ味とかいちご味みたいなの。そういうチャラいのじゃなくて、ちゃんとしたの買ってきてよ」
マジか……プレーンのみか。ふざけカステラ楽しみにしてたんだけどな。
「お兄ちゃん、中学の修学旅行で京都行ったとき、変な味の生八つ橋ばっかり買ってきて、普通のやつひとつも買ってこなかったじゃん」
「ありきたりじゃつまらないだろ。スーパーカップのバニラ味買ったことあるのか?」
「そもそも八つ橋がありきたりじゃないんだよ……でも、あれだよね。カステラがスッと出てくるあたり、お兄ちゃんも成長したね。中学のときなんて興味なさすぎて、八つ橋が名物ってこと知らなかったもんね。なんなら前日に風邪引こうとしてたし」
「俺の話はいいよ……そういえば、双葉もそろそろ修学旅行か?」
「いや、双葉たちの中学は、修学旅行は3年だから。双葉まだ2年。お兄ちゃんほんっと興味ないんだね」
「いやー、中学の修学旅行なんて、神社巡るだけで退屈だったからなぁ。初日の奈良公園の鹿がピークだったやつ、俺だけじゃないと思うぞ」
「いや、お兄ちゃんだけだから。あと、退屈なのは友達いなかったからでしょ」
「友達は関係ないだろ」
「一番あるわ。……だから、そんなにはしゃいでるんでしょ」
双葉は静かにそう言い、ふいと視線を俺からテレビに移す。いつのまにか、CMは終わっていた。
「大丈夫だよ。向こう行っても毎日LINEで顔写真付きの近況報告してやるから」
「えーマジ? 即ブロ案件だわー」
テレビを見たままの双葉に適当にあしらわれた。このツンデレもしばらく見納めだ。
* * *
「……」
双葉とそんな会話をしたのは2時間ほど前のこと。布団にくるまった俺はベッドの中で呆然としていた。
眠れない。
体内時計を無視した要求に、修学旅行という精神的イレギュラーが加わり、早く寝ないとと焦りが募り、完全にドツボにはまってしまっていた。ほどよい笑いが副交感神経を活性化させるラジオ番組も、どんなに眠れなくても10分以内に寝てしまう奥の手の安眠系音声も試したが、冴えきった耳でエンディングまで聴き終えてしまった。世界史の教科書も読んでみたが、少し頭がよくなっただけだった。
やばい。マジで眠れない。あくびすら出ない。このシチュエーション、昔読んだ絵本の「あしたえんそく」に似てるな。いや、別に修学旅行が楽しみとかじゃないんだけど。
「……」
あーなんか急にめんどくなってきた。何で、たかが学校行事のためにこの俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。ただちょっと泊まるだけで何を大げさな……飴宮さんの私服見れるのか。あ、待て、俺の部屋着どんな服だったっけか。変な服じゃないよな……考えても無駄か。大荷物は今頃長距離トラックで輸送中だ。めんどくせえ、なにもかも。
「……」
急激にテンションが下がった。俺はため息をついて目を閉じ――次に目を開けるのは翌朝のことだった。




