第101話「謀」
「なんだよ……電車男作戦って」
疑問をありのままぶつけると、木藻尾は意外そうな顔をした。
「ファッ? 孤羽氏、電車男を知らないのか?」
「そうじゃねえけど……」
「電車男って、なんだ?」
本当に知らなそうな狼月が口を挟む。木藻尾は「最近の若い子は電車男知らないのか……」と同い年の狼月に対して呟き、眼鏡を押し上げた。
「『電車男』とは、もとは2ちゃんねるの毒男板……デュフ、独身男性板の書き込みからメディア化にまで発展した2ちゃんねる伝説のスレのひとつで、モテないオタクの主人公が、乗り合わせた電車の中で酔っ払いに絡まれている女性を助けたことで女性と接点を持ってしまい、服装やデートの誘い方などの相談をスレに書き込み、ほかのねらーからアドバイスを受けて成長していく話で、まぁ拙者は映画よりドラマ派なのだが……いや、それはよいとして、拙者もその伝説をなぞらせてもらうのでござる」
「へー」
狼月が納得したように腕を組む。だが、今の木藻尾の説明は俺を納得させられるものではない。
「話が見えてこないんだけど。俺が協力するってのは?」
「餅月氏がならず者に絡まれてるところを拙者が助けるシーンを演出してもらいたい。つまり、孤羽氏の最大の任務は、なんとかして餅月氏を連れてくることでござる。忌々しいが、拙者の知り合いで一番餅月氏と繋がりがあるのは貴様でござるからな。この作戦に貴様は不可欠なのだ」
「無茶苦茶言うなよ。どうやって連れてくるんだよ」
「それをなんとかできるのが、孤羽氏でござる。信じてるでござるよ」
「別に嬉しくねえよ。大体、俺がお前に付き合う義理がない」
すると、いつのまにかクラス全員が3人組を作り終わったようで、先生が組の代表者を決めるように、とかなにやら指示してきた。代表者は、配られる小さな紙切れに組員の名前を書いて、先生に提出するらしい。その紙切れを男女別に分けて、くじ引きの要領で男女混合班を作る気だろう。
「代表……どうする?」
狼月が口火を切ったので、俺は真っ先に意思を表明する。
「俺はパス。代表とかめんどい」
「じゃあ、公平にじゃんけんにするか」
まるで俺の答えを待っていたかのように狼月が言い、流れるように「じゃぁーんけぇーん」と拳を突き出す。なんだ……? この嫌な予感は。こいつは何を企んで――
「――待った! これ、もちろん、負けたやつが代表者だよな? こういうのは結果出る前にはっきりさせないと、後からどうとでもゴネられるからな。じゃんけんは公平でも、ルールの後出しはさせねえよ」
狙いに気づいて咄嗟にじゃんけんを止めると、狼月は「ちっ」と舌打ちをした。
「お前みたいなカンのいいガキは嫌いだよ」
「油断も隙もないな」
「狼月氏、こんな性格でござったのか……」
「じゃ、改めて、じゃぁーんけぇーん」
狼月のかけ声でじゃんけんしたら、俺がチョキ、狼月と木藻尾がグーで俺がひとり負けした。
「おかしい……『間延びしたかけ声ではパーを出しやすい効果』で、俺がパーを出すことを読んだ狼月がチョキを出すことを読んだ俺がグーを出すことを読んだ狼月がパーを出すことを読んで俺がチョキを……あれ?」
「お前のじゃんけん必勝法に『考える時間が長いとチョキを出しやすい効果』ってのも付け足しとけ」
「デュフフ、勝ったッ! 『運』はこの木藻尾たかしに味方してくれているんだッ!」
木藻尾がキラークイーンポーズで俺を煽り、それじゃよろしくリーダー、と狼月がヘラヘラと俺の肩を叩く。
「やれやれだぜ」
シャーペン片手に重い腰を上げ、教卓に向かい、もらった紙切れに3人の名前を書いた。
「すごいメンツだね、あんたの組」
すると、隣で書いていた逸部が俺の紙を覗きこんで言った。
「クセがすごいやつトップスリーじゃん」
「クセとか言うな。非凡とかユニークって言え」
「そんでひとりも女子と喋るやついないし。一緒になりたくない組第2位だなー」
「それは否定できないけど、なんで2位なんだよ」
定型的にツッコんだら、逸部が左右を見回して、そりゃ、と声をひそめた。
「倉科みたいなうっとおしいやつがダントツでやだ。てか、なんで男女混合なのよ。中学生じゃないんだから」
「ごもっとも」
「……よし、書き終わった。孤羽、ついでに出しといて」
短い会話が終わり、俺に紙を押しつけて逸部は去っていった。ナチュラルにパシられた俺はやるせない気持ちでそれを提出し、狼月と木藻尾が待つ自席に戻った。
「これから男女でドッキングでござるなぁ」
木藻尾がひとりごとのように呟く。前述したとおり、先生が男女の組から班を作るのを待つばかりになった。でも木藻尾、男女でドッキングとかよくないぞ。
「いや、言い方もっとあるだろ」
「ファ?」
「ん?」
木藻尾と狼月に真顔で聞き返される。瞬間、自分の失言に気づき、全身の血液が顔に集まってくるのを感じる。そしたら、狼月が俺の顔を指差しながら、笑いをこらえるようにわざとらしく口元を押さえてきやがった。
「え? なに? 孤羽くんそんな思春期の中学生みたいな反応しちゃうの? いい年してはっずかしー。このムッツリスケベー」
「黙れ黙れ。お前も実際思ってただろ」
「まぁまぁでござる。審判の刻でござるよ。あぁ神よ仏よ悪魔たちよ、どうか餅月氏と同じ班になれますように……」
「そんな上手くいくわけないだろ」
* * *
「よろしくね! 孤羽くん、木藻尾くん、狼月くん!」
班の顔合わせ。連れの女子ふたりを控えた餅月さんが、にっこり笑って俺たちに挨拶した。
「おっふ……神……向こう10年ぶんのガチャ運全部持ってかれたでござる……」
「……」
なんだろう、幸運の女神って頭おかしいのかな。




