第96話「花見」
花見日和の日曜日。俺と双葉は、この時期には街路樹の桜が咲き乱れることで有名のとある街道に来ていた。
街道をずっと行った先の公園に屋台が出ているらしい。桜の花びらが春風に乗って流れていく街をぷらぷらと練り歩きつつ、そこを目的地に設定していた。
「うわーキレー」
言いながら双葉は足を止め、目の前の風景をスマホで撮影した。数歩歩くたびにこれだ。久しぶりの花見ということもあり、眼前に広がる桜景色が彼女の感性を刺激しまくっているんだろうが、こう何度も足止めを食らっては前に進めない。
「何枚目だよ……」
「あーちょっとお兄ちゃんどいて。映り込んでるから」
「……」
まぁ、双葉なりに花見を楽しんでるっぽいから健全でいいんだけど。俺たちが歩く街道には、一般の人とは別に、俺たちと同じように花見散歩に来たような奴らがわいわいと闊歩している。大学が近くにあるからか、学生っぽい集団が目立つ。あとは家族連れだったり花見デート中のクソリア充共だったり。息苦しい。
「お兄ちゃん」
不意に双葉に名前を呼ばれた。隣を向くと、カメラのレンズと目が合い、シャッター音がした。
「おま、なに勝手に撮って」
今更前髪を直しながら言うと、双葉は画面を見ながら満足げに微笑んだ。
「桜ってすごいなー。桜のおかげで、お兄ちゃんという最悪の被写体のえぐみすら緩和してそこそこの写真にしちゃうんだもんなー」
「誰が最悪の被写体だ。あとさっきは顔を準備する暇がなくて――」
相変わらず思春期ツンデレな双葉にいいように言われつつ、でもこれ本当は好意の裏返しなんだよな、と勝手にご都合な妄想を繰り広げて楽しくなったりする。
「ツーショットでもしてやろうか」
「容量もったいないからいいや」
ぽつぽつと会話しながら歩いていくと、進行方向から向かってくる家族連れとすれ違った。皆どこか満ち足りた表情で、子供が水ヨーヨーを振り回していた。にわかに道の人口密度が上がり、綿あめのような甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「……おぉ」
屋台がいっぱい出ている、そこそこ広い公園に到着した。公園内にでかい桜の木があるだけでなく、外からも街路樹の桜が見られるのがポイント。
「屋台だよお兄ちゃん」
「なんか買ってくか」
双葉が焼き鳥、俺はみたらし団子を片手に公園をうろつく。休日なんて大抵は部屋にこもってゲームしてるから、たまにはブルーライトを忘れて自然と交流するのも悪くない。よく見ると桜綺麗だし。春の爽やかな匂いに屋台の綿あめの微粒子やら焦げた焼きそばソースやらが混ざった、この空間を体現したかのようなカオスな空気を肺いっぱいに取り込む。
「いい天気だね」
「花見日和だ」
そこそこの人混みの波に流されるままに桜を見ていると、向こうの方のりんご飴の屋台が目についた。やたらてかてかしたりんご飴やいちご飴なんてのを売っていて、客の女の人が個性豊かな商品たちを前ににらめっこしている。ちょうど屋台を通りすぎるとき、買い物を終えたらしい女の人がくるりと踵を返して、俺と目が合う。
「――飴宮さん?」
りんご飴の女の人は飴宮さんだった。飴宮さんは目を丸くして「わ、奇遇」と口元を押さえた。
「孤羽くん……と、その、そちらの方とは、ど、どういったご関係で?」
飴宮さんは恐る恐るといった感じで双葉を指して訊いてきた。そうか、飴宮さん双葉と初対面か。不安そうな彼女の様子を見た双葉は一瞬だけ意地悪く口角を釣り上げると、するりと自分の腕を俺のに絡ませた。
「こういう関係♡」
そう言って双葉が挑発的に笑うと、飴宮さんはたちまち顔を真っ赤にした。
「――み、みっ見損ないました! 孤羽くんがまさかそんな小さな子と、その、そういう関係だったなんて! 逮捕されちゃえ、こ、このロリコン!」
パニックのあまり涙目で俺を睨みつける飴宮さんの誤解を解くべく、柄にもない冗談を言って飴宮さんをおちょくる双葉を引きはがす。
「やめろ双葉。飴宮さん困らすんじゃないよ。あぁ、これ、妹の双葉」
「……妹?」
「はいそうです。面白そうだったんでちょっとイジっちゃいました。初めまして、双葉です。兄から話は聞いてます」
双葉は悪びれる様子もなく、無邪気な笑みを浮かべる。ふんわりまとった年下オーラに隠れて、ヒリヒリするような鋭い光が目の奥にあった。
「孤羽くんの妹さん、って感じですね……」
「おいおい、どこに出しても恥ずかしくない妹と俺なんかを比べるのはやめてくれ」
「褒めたつもりはなかったんですが……」
「それより、飴宮さんも花見?」
「えぇ、まぁ、このあたりに用事があって、帰りがけに。桜、きれいですね」
「そだな」
飴宮さんと言葉を交わしていると、その様子を横で見ていた双葉は露骨に不機嫌そうな顔をする。
「え、なに? ふーん、いんじゃね。双葉ひとりで遊んでくるから、ふたりで花見してきたら?」
すねたような口調から双葉の心情を敏感に感じ取った飴宮さんは、慌てて一歩下がって頭を下げた。
「わわ、その、すみません。兄妹水入らずを邪魔してしまいました。では……」
飴宮さんはそそくさと立ち去ってしまった。呼び戻そうと思ったときには人混みに紛れて姿を消してしまっていた。
「言いすぎだろ」
双葉を軽く咎めると、やつは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「双葉まだあの人のこと認めてないから」
「なんだよ。久しぶりのデート邪魔されて怒っちゃったのか?」
「……うるさい」
頰を染めて顔を背ける双葉に、俺はやれやれと肩をすくめる。
「!」
すると、飴宮さんが戻ってきた。なぜだかひどく狼狽した様子で俺の元に駆け寄ってくる。
「どしたの」
「ど、どうしましょう……」
わたわたする飴宮さんの背後から、小さな女の子がひょこっと顔を出した。
「この子、迷子らしいんです……」