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第9話「朝」

 

「起きろ! このやろう!」


 双葉の声と、背中を踏まれる感覚で目が醒めた。


「……」


 寝起きで頭と舌が回らない。とりあえず枕元の目覚まし時計を一瞥する。30分の寝坊か。


「……おはよ、双葉」


 うつ伏せのまま顔だけ双葉の方に向ける。制服のセーラー服を着た双葉は、俺を踏んづけたまま、ふんと鼻を鳴らした。俺が寝坊すると、朝が早い双葉が起こすことになっている。


「だらしないなぁ、ホントいい加減にしてよね。起こす双葉の身にもなってみてよ」


 双葉は小言を垂れ、おいきーてんのかと俺の背中をげしげしと踏みつける。兄の威厳も何もあったもんじゃないが、双葉に足蹴にされる感覚は悪くないので甘んじている。……あと、その格好だと……見えるんだよ。何がとは言わないけどさ。


「いつも済まんな……せめて気が済むまで踏んでくれ」


「ふん、そうさせてもらおうか……って、お兄ちゃんと遊んでるほど双葉もヒマじゃないから。双葉もう家出るし、お兄ちゃんも急いで支度した方がいいよ」


「はいはい……」


「……あ、そうだ。でも朝ごはんはちゃんと食べてよ。今日の目玉焼きはわざわざ双葉がお兄ちゃんの分作ってあげたんだから……別に、うまく作れたから、一緒に食べたかった、とかは全然考えてない、けど」


「え? お兄ちゃんと一緒に朝ごはん食べたかったって?」


 寝起きではっきりしない頭で聞き返すと、 双葉は頰を赤くした。


「は、はぁ⁉︎ 都合のいいセリフだけ切り取るな! このバカ!」


 双葉は俺をげしっと蹴飛ばし、逃げるように部屋から出ていった。そんなこんなで俺の1日は始まる。




 * * *




 時は動き出す。無味乾燥な一日はあっという間に終わり、気づけば夜中。時間の進みが早く感じる今日この頃。ボーッと生きてんじゃねぇよと叱られそうだ。


「……」


 時刻は夜の11時を回った。両親はとっくに就寝し、ソファでぼんやりとテレビを眺める双葉が隣に座っているリビングにて。


 俺はじゃがりこをつまみながら化学のレポートを書いていた。いやー、算出した実験値と理論値の誤差がなんで400%もあるんですかね。計算やり直しだな。


「うわー……めんどくさそ」


 俺のじゃがりこを食べついでに、双葉はレポートを覗いて顔をしかめた。実際面倒くさい。例えばちょうど今のように壁にぶつかったとき、相談したり知恵を貸してくれる友達がいない俺は、教科書やネットを総動員して、たったひとりで、合っているのかも分からない道を切り開き、ひたすらに突き進む他ないのだから。目隠ししてマラソンを走らされているようなもので、いくら頑張っていても、見当違いの方向に走っていては意味がない。


「もう寝ろよ。ドラマはとっくに終わっただろ」


「双葉も勉強するの。これから」


 そう言って双葉は、文字の書かれたルーズリーフと赤下敷きを取り出し、俺の隣に座ってきた。ちらりと覗くと、英単語と日本語訳が几帳面に並んでいた。ルーズリーフと言えば、中学生の頃はなぜか使うの禁止されてたよな、あれ。ルーズリーフのアウトロー感に憧れてた中二の頃の俺は、こっそりルーズリーフを使ってたら、国語のノート点で零点を取ったからみんなは気をつけようね。うーんこの理不尽。


「何だ、テストか?」


「そう。これ落ちたらヤバいやつだから、久々にガチ勉強してる。から話しかけないで」


「……悪い」


 双葉にガチトーンで怒られてしまった……。まぁ、どんな人間にも集中して勉強したい時はあるだろう。それを邪魔しては悪いよな。


 俺はレポートに目を移し、単位や計算式に間違いがないか確認作業に入る。あの計算値は双葉とドラマを観ながら適当に出した数字だから、真面目にやれば原因は見つかるはず。


 リビングは沈黙が支配し、時計の秒針の音だけが、かちりかちりとリズムを刻む。流れっぱなしのテレビのおかげで、息詰まるような静寂はなく、気兼ねなくじゃがりこを食べられる(ここ重要)。


 約20分に渡る試行錯誤の結果、誤差率をなんとか11%に抑えることに成功した。わずかな達成感を感じた俺は、双葉の勉強の調子を横目で確認した。


「…………すぅ」


 ……双葉は机に突っ伏して寝息をたてていた。撃沈するの早いな。ガチ勉強はどこ行ったんだよ。


「ふっ」


 こんな時間に寝てしまうとはまだまだ子供だな、と少し笑ってしまったが、双葉だって疲れているのだろう。俺なんかより早起きして、パワフルに1日を過ごし、放課後には部活だってあったはずだ。


 このあどけない寝顔を見ていると、そんなことを想像してしまう。願わくばこの寝顔をずっと鑑賞していたいが、そうもいくまい。


「……寝てるぞ」


 俺は双葉の肩を軽く揺すった。すると、双葉はゆっくりとまぶたを開けて、もぞもぞと動き出した。


「……や、やばい……勉強、しないと……」


 寝起きではっきりしていない頭で、双葉は寝言のようにぼやいた。


「無理するなよ……その状態で暗記は無理だ。もう寝て明日やるといい」


「余計な世話……ぐうたらなお兄ちゃんと一緒にしないで……ふあぁぁ……」


「もっと自分に優しくしても罰は当たらないと思うぞ」


「……んん……やっぱもう寝るわ……お兄ちゃんもそろそろ寝た方がいいよ……」


「そうだな……おやすみ」


「おやすみぃ……」


 双葉はあくびをしながらリビングを去っていった。俺もつられてあくびが出てしまう。


「……さて、やるか」


 あくびを出し切った俺は、代わりに気合いを入れた。まだまだ夜は長いが、さっさとレポートを書き終えてしまおう。双葉に早く寝ろと言われたばかりだからな。


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