第八十九話 錬金肥料
「ホルト王国軍の占領地が安定しているだと! どういうことだそれは? 滅んだバルト王国の王族たちが、愚かな反乱を企てて荒れたままではないのか? モンスターたちは?」
「それが……反乱はすべて鎮圧されました。モンスターたちも、どういわけか『狂暴化の秘術』の効果がなくなってしまいまして……」
「私の秘術が破られているだと!」
ようやく支配領域を大幅に縮小し、魔王城周辺の守りを固めることに成功した。
あとは、時間をかけて魔王軍を再建、強化していけば……。
どうせ愚かな人間どもは内輪揉めで忙しいはず。
統率はできないが、私の秘術で狂暴化させたモンスターたちがいい足止め役になってくれるはず……そう思ったのに。
「他国はどうなのだ?」
「暗黒魔導師様の秘術が効いており、 そのせいで本国は混乱し、マカー大陸派遣軍は撤退いたしました。ところが、ホルト王国のみがいち早く混乱を脱し、マカー大陸の旧バルト王国領を占領してしまったのです」
「他国は混乱しているのにか? おかしいではないか!」
私の秘術は完璧なはず……。
現に、ホルト王国以外はついに負担に耐えかねてマカー大陸派遣軍を中止した。
いったい、ホルト王国になにが……。
「例の錬金術師か?」
プラチナナイトとブラックイーグル公爵の死に関わった、ホルト王国の若過ぎる天才錬金術師。
奴ならば、私の秘術を……いや、いくらなんでもあんな子供に……だが、可能性は考える必要があるのか?
「どうなのだ?」
「監視は続けていますが、家に閉じ籠ったままです。錬金はしていないようです」
魔王軍から暗殺されることを怖れているのか。
完全に動きを封じているのなら、そいつの仕業ではないのか……。
「監視は続けさせろ。なにもできないようにな」
「はっ!」
本当はもう一度暗殺部隊を送りたいところだが、二回も失敗している以上、これ以上の犠牲が出るとこちらが逆に厳しくなってしまう。
天才錬金術師の錬金を封じられているのであれば、そうこちらに悪い話ではないのだから。
「今は守るしかない。耐えるしかない、ただそれだけだ」
どうしてこんなことになったのやら。
これなら、私がプラチナナイトとブラックイーグル公爵の代わりに暗殺に赴けばよかった。
とにかく今は守りを固めることと、戦力の回復、再編が急務だな。
「どうして『肥料』ばかり、こんなに錬金させられるんだ?」
「シリルは子供ね。そんなこともわからないなんて」
「ローザは見た目はともかく、中身はおばさんだな」
「おばさんで悪かったわね! 貴族令嬢だからって思いなさいよ。アーノルドのおかげで、ホルト王国と占領地から暴れるモンスターたちはほぼいなくなったわ。次のステップとして、民心を安定させなければいけないのだけど、今一番必要なのは食料ね。一刻も早く戦乱で荒廃した農地を回復させ、農作物の生産量を増やさないといけない。ホルト王国としても、マカー大陸の占領地だけで旧バルト王国の人たち全員を食べさせられるわけがないことは理解しているわ。そこで、モンスターに荒らされた占領地の農地を再生しつつ、本国の農業生産量も上げる必要があるのよ」
「マカー大陸の農地の再生はやっているじゃないか。本国は、本国の連中に任せればいいんじゃないか。肥料なんて、錬金術師なら作れるだろう?」
「再生したマカー大陸の農地で収穫が上がるまでには時間がかかるし、そうなると旧バルト王国の人たちを食べさせるため、ホルト王国が食料を提供しなければならない。でも、一国で二ヵ国分の食料生産するのは難しいわ。となると、しばらくはアーノルドの錬金でブーストするしかないってこと」
「なるほど」
「そうでなくても、ホルト王国には旧バルト王国からの難民もいるから、食料生産量の増大は急務ね。旧バルト王国を復興しなければ、彼らは帰還もできない。他国が逃げ出す理由がよくわかるってものよ」
「本国で暴れるモンスターたちの対処で精一杯かぁ」
「そういうことね」
裕子姉ちゃんは、頭はいいんだ。
たまにバカだけど。
俺たちは、肥料の錬金に勤しんでいた。
この世界にも当然堆肥などは存在しており、ちゃんと農業で使われていた。
これは錬金を用いない天然肥料であり、今俺たちが錬金しているのは、化学肥料プラス魔法的な効果もあるスーパーな肥料であった。
シャドウクエストだと、やはりただの換金アイテムなのだけど。
錬金術師しか作れないので高価だが、効果は抜群。
ダジャレが混じったけど、食わせる人間が増えてしまったホルト王国には必要な肥料であった。
土壌改良にも使えるので、戦乱で荒れたり、開墾したばかりの畑でもすぐに収穫が期待できるのが、『錬金肥料』のいいところであった。
「傷薬、回復薬、毒消し草、魔力回復ポーション、肥料、コンクリートばかり作ってるな」
「それだけ作っていれば、ほぼ問題ないとも言えるけどね」
シリルのボヤキに答えるように俺は言った。
「問題なのは、いつまでもここで足止めされて錬金をしていることだ。俺たちの目的はなんだ? それが目的でアーノルドは俺たちをパーティに加えて密かにホルト王国を出た。それなのにロッテ伯爵に拘束されているようなものだ」
「それはそうなんだけど……」
後方が安定しないと、魔王城に突入もできないからなぁ。
それに、ゲームとは違って暗黒魔導師は魔王軍の勢力圏を大分縮めた。
ホルト王国軍が占領した土地の安定化に目途がつけば、俺たちを解放してくれるはずだ。
他国と違って回避の水晶のおかげで、ホルト王国は暴れるモンスターの被害を受けなくなった。
占領地を支える余裕はあるはずだ。
「相変わらず冷静だな。アーノルド殿は」
「いっ! ロッテ伯爵様」
またもタイミングよく、ロッテ伯爵が姿を見せた。
密かに俺たちの様子を伺っていて、ちょうどいいタイミングで出現していたとしても俺はおかしいと思わない。
「シリル君の懸念はもっともだ。私とて、デラージュ公爵と陛下からの密書は見ているよ。だが、思わぬアクシンデントで計画が遅れることもある。バルト王国崩壊時に君たちが魔王城を目指していたら、後方を遮断されて死んでいたかもしれない。そう思わないか?」
「ええまあ……」
「おかげで、旧バルト王国領の情勢も落ち着いた。これまでご苦労だった。アーノルド殿たちは魔王城を目指してくれ」
ようやく解放されたかぁ。
とっくに新学期は始まってしまったが……留年はないみたいなので、魔王城を目指すとしよう。
「一つ聞いておきたいんだが、魔王相手に勝算はあるのか?」
「ただレベルを上げて囲んで殴るだけですけど?」
「なるほど。シンプルにして一番有効な戦法だな。明日から出発してくれていい」
「わかりました」
錬金三昧の日々も終わりか。
魔王を倒し、学校に戻っても同じだけど、これはちゃんと報酬になるからいいのか。
実は今もツケ払いということで報酬は出ているけど、どうせ国のためとかいう理由で名誉だけになりそうなので、レベル上げと同時に魔石と素材も確保してひと財産稼ぐか。
どうせモンスターを倒さないとレベルも上がらないしね。