第八十七話 内乱
「ホッフェンハイム子爵公子殿。錬金が順調でなによりだ」
「それはいいんですけど……なぜ注文量が徐々に増えているのですか?」
「需要が増えれば注文が増える。ただそれだけのことだ」
「それはわかっているんですけど(いかにも軍官僚らしい物言いだなぁ)……」
ホルト王国より遠く離れたマカー大陸の、さらに孤立した城塞都市において、俺たちは今日も真面目に錬金に勤しんでいた。
大陸のあちこちで内乱が発生して補給が完全に途絶えたため、俺たちが錬金しないと怪我人や病人が死んでしまうからだ。
先日の野戦で王を失ったバルト王国は、何人かよくわからない王族と、それを支持する軍人、貴族たちに分かれて小規模な戦闘を繰り返していた。
ホルト王国以外の国の軍勢は、暗黒魔導師のせいで狂暴化した国内の野良モンスターたちの対処に忙しく、ついにマカー大陸派遣軍自体を中止してしまった。
そして、最前線の城塞都市ヒンブルクに篭るホルト王国軍だが、ここで撤退するとマカー大陸が魔王軍によって占拠されてしまうので、退くに退けない状況に陥ってしまった。
俺たちも魔王討伐どころではなくなり、今では毎日錬金している。
そして、派遣軍のトップであるロッテ伯爵からの注文が増え続けていたのだ。
できなくはないが、俺たちは便利屋ではないのだ。
文句を言いに行ったところ、衝撃の事実を聞いてしまう。
「こんな時に内乱を起こす王族や貴族に呆れて、多くの軍人、貴族、平民たちが庇護を求めてきていてな……。まさか見捨てるわけにもいかずだ」
おかげで、徐々にヒンブルクの人口は増えていた。
領地を持つ貴族に、直轄地を治める代官などで、こちらに合流したいと連絡してくる人たちもいるようだ。
「バルト王国貴族なのにですか?」
「彼らは、自領や預かっている町に住む人たちに責任があるからな。庇護してくれるのなら、バルト王国でなくても構わないのであろう。そして、現在マカー大陸において最大規模を誇り、とりあえず補給に心配はない軍隊といったら我らホルト王国軍というわけだ」
内乱を続けている連中は分裂しすぎて、勢力としては小集団でしかないと聞くからな。
直系ではないが王族ではある正当性が怪しい人たちが、こぞって野心を露にしたようだ。
「この状況で、連中はバカなのかしら? ここで蓋をしている私たちが撤退したら、少しは利口になるのか興味あるわね」
「ローザ殿、その仮定は私にも興味があるが、試すわけにいかない」
俺たちがいなくなったら、マカー大陸は確実に魔王軍の手に落ちてしまう。
このところ失敗続きの魔王軍が、嬉々として侵略してくるはずだ。
「他国は、突如国内で暴れ出したモンスターへの対処に忙しく、派遣軍を廃止するそうだ」
マカー大陸に住む人たちの最後の希望が、このホルト王国派遣軍というわけか。
バルト王国の国民や、一部貴族たちまで頼りにしているというのが救いがない。
「ですが、我々って内乱をしている連中からすれば、侵略者みたいなものでしょう?」
「そうなるな。向こうが勝手にそう思って憎しみを募らせているであろうことは容易に想像できる」
「で、どうするのですか?」
「どうするも、こうするも。今は本国との補給路と連絡網の確保が最優先だ」
それができなければ、俺たちは遠い他国の城塞都市で結局飢え死にするだけか。
俺たちだけなら逃げ出せるが、味方を置いてか……これは、将来の破滅フラグに繋がるかもしれないな。
見捨てるのは危険だ。
ロッテ伯爵も意外と話がわかる人だと判明したので、協力すれば生き延びるくらいは可能か?
「絶賛内乱中のバルト王国の王族たちはどうしますか?」
「彼らは正式な王ではない。現在バルト王国が抑えている地域を安定させないと、アーノルド殿の真の目的も達成できないであろう」
確かに、魔王討伐は安定した後方があってのことだ。
排除する……討つか捕らえるしかないわけで……でもそれって、バルト王国の滅亡とホルト王国領への併合ってことになるのでは?
おかしいな?
俺たちは密かに魔王を討つ予定だったのに、どうしてこうなったんだ?
「他国はなにも言わないのですか? 介入とかもあり得るのでは?」
「アーノルド殿は、子供とは思えないな。今の他国にそんな余裕はないし、その前に既成事実化してしまえばいい。なにより、他国には派遣軍を廃止してしまったという咎がある」
たとえ少数でも派遣軍を維持していれば、戦後、マカー大陸分割に加わる権利があった。
だが、今はどの国も国内で暴れているモンスターへの対処で忙しい。
それどころではないというわけだ。
「ホルト王国もそうだけどね」
「ローザ殿、確かに本国からの援軍は期待できません。この戦力でやるしかないのですよ。ですが、補給は受けられます」
魔王軍の侵攻に、内乱。
バルト王国の食料事情は一気に最悪になった。
後方の内乱を平定し、急ぎホルト王国との補給路を確保しなければならないというわけだ。
「人員の増援はないが、食料の補給はしてくれるはずです。補給がなければその時考えるにしても、我らが反乱軍を排除し、港を抑える必要があるのです」
港を抑えなければ船が入って来れないから、荷が届かないのは子供にでも理解できた。
「従軍かぁ……」
見た目十歳で、戦の初陣を迎えるとはなぁ……。
モンスターと人間は違うから、ちゃんと戦えるか不安になるな。
「アーノルド殿はなにを仰っているのです? 我ら誇り高きホルト王国軍が、子供を戦に繰り出すわけなどないではないですか。我らにも矜持というものがあるのです」
軍政畑で現実家であるロッテ伯爵の言葉とは思えないな。
それにしても子供を戦に出さないなんて、珍しくいいことを言うではないか。
今、初めてロッテ伯爵を褒めたくなってきた。
「アーノルド殿は戦闘でも強いのでしょうが、戦場で個人の武勇など無意味です。それよりも、この城塞都市を守りつつ、傷薬を沢山錬金してください。あっそうだ! 我らに庇護を求めてきたバルト王国の錬金術師たちもいるので、一緒に錬金してください。アーノルド殿たちが、一個でも多くの傷薬を錬金すれば、それだけ犠牲者も少なくなるのです。わかりましたか?」
「うん、知ってた」
「この人も、大概現実家よね……」
「夢想家に戦など任せられませんので」
訂正。
ロッテ伯爵は、やはりいい性格をしていた。
彼は主力を率いて後方の反乱を鎮圧に向かい、俺たちは傷薬を作り続けることになったのであった。