第八十六話 破綻
「幹部クラスのモンスターたちがこんなに殺されたのか……酷いありさまではないか」
「申し訳ございません」
「なぜ対策を立てなかった?」
「当然警備などは増やしたのですが、暗黒魔導師様が主力を率いて出陣していたので数を揃えられず……。さらに、どうしても暗殺者たちの行動パターンが読めなくて……どうやら、『縮地』を使える冒険者がいるようでして……」
「『縮地』……。人間のみに与えられた祝福の魔法か……」
なにをやっても上手くいかない。
人間を萎縮させるために脅しで出兵したら、なぜか全力で決戦を挑んできた。
こうなるともう、血の気の多いモンスターたちを抑えるなど不可能だ。
なし崩し的に血みどろの決戦となり、魔王軍側は致命的な損害を被ってしまったが、それは人間側も同じであろう。
多くの貴族たちを討ち取ったし、なんと言ってもバルト王という一番の手柄首を上げたのだから。
随分と勇んで出陣したようだが、一国の王が前線に出るなど、まさに猪武者の所業だ。
元々奴は国土の過半を我ら魔王軍に奪われ、他国からの支援でどうにか生き永らえていたので、焦りもあったのであろう。
他国の貴族も沢山討った。
これで人間のマカー大陸派遣軍は、しばらく機能しないはずだ。
とはいえそれは、我ら魔王軍とて同じこと。
とても勝利したとはいえず、痛み分けという判定がせいぜいであろう。
そしてなにより困ったのが、私が魔王軍の主力率いて出陣している間に、例の冒険者たちが魔王軍の幹部クラスを多数暗殺して回ったことだ。
各地に分散配置していた彼らは、戦力再編の要となるはずだったのに……。
どうせ人間が軍勢を侵入させることがないだろうと、私は機動性のある軍団をいくつか作って勢力圏を巡回させる予定だった……。
その目論見が一気に崩れてしまったのだ。
「暗黒魔導師様?」
「こうなれば、一時占領地の大半を放棄する!」
今の戦力では、魔王城にいる魔王様を守りきれないかもしれない。
一時大半の占領地を放棄し、各所に配置したモンスターたちを引き揚げて魔王軍を再編する。
魔王城の周囲にある拠点を防衛の要とする戦略だ。
魔王様さえ無事ならば、時間はかかるが戦力は再建できる。
別世界より強力なモンスターを呼び寄せ、この世界の野良モンスターたちを力で従えて魔王軍を増強する。
今度こそ、防衛主体でいこうと思う。
どうせ血の気の多い奴らの大半は、やはり功名心に駆られた人間たちと相討ちになってしまったので、皮肉にもこれで軍団としての魔王軍はコントロールしやすくなったがな。
「占領地の縮小ですか……」
「ちょうどいい機会だ。とにかく、死んだ三人の四天王に近い連中が言うことを聞かないからこの様という現実もあったのだ。連中の大半は人間たちと相討ちになったようだし、今は耐える時期だと思うことにしよう」
どうせ我らは、永遠に近い時間を生きられるのだ。
優れた冒険者が出たのなら、そいつらが寿命で死ぬまで待つのも策というものだ。
「引き揚げるぞ。この場に残ってもいいが、人間に襲われても救援は出さない。自己責任でやれと言っておけ」
「はっ!」
とにかく、魔王様のいる魔王城の防衛を強固にしなければ。
数が減った分、仕事は楽になるはずなのだから。
それと、新しい四天王はちゃんと育てよう。
ちゃんと私の言うことを理解できるように。
「えっ? バルト王国王家の直系が断絶ですか?」
「そうだ」
「それってまずいですよね?」
「まずいなんてもんじゃない。今バルト王国では、後継者を巡って内乱寸前の状態だ」
「頭おかしいんじゃないの? 魔王軍の脅威があるのに?」
「ローザ嬢。世の中にはそんなこともわからない連中がいるのだ。しかも、それが王族や貴族だったりして、ある日突然それが判明したりする。まさに今だがな」
「はあ……」
城塞都市に戻ったが、城壁や出城などに被害はなかった。
それはそうだ。
ホルト王国軍以外、すべて外に出て派手に野戦をおこなったのだから。
そして、魔王軍も派遣軍もバルト王国軍も壊滅したそうだ。
完全なる相討ち、痛み分け。
魔王軍の損害は、推定で八割を超えたらしい。
酷い有様だが、安心してほしい。
派遣軍の損害も、めでたく八割を超えた。
ちなみに八割は、死んでしまった数だ。
この世界だと兵士が負傷しても、『治癒魔法』や傷薬があるので、負傷者を損害にカウントする機会というか時間が短かった。
傷が癒えれば、それは負傷者じゃなくなるからだ。
「あの……どうしてまともに戦って死者が八割も出るんですか?」
確か、軍隊は死傷者が三割を超えると全滅判定だったよな。
前にやったスマホゲームが教えてくれた。
本物の人間と魔物が、死者が八割を超えるまで戦う。
俺たちの誰もが、彼らを正気とは思えなかった。
「互いに退くに退けなくなった……案外、戦っていた連中も正確な理由はわからないのだと思う。結果として、この城塞都市はほぼホルト王国軍のみで守っている。傷薬は、生き残った連中に使ってしまってないのだ。ホッフェンハイム子爵公子殿、また協力を頼む」
「はい」
最初はイレギュラーである俺たちを煙たがっていたが、よくよく考えるとロッテ伯爵がこの性格だったからこそ、余計な冒険などせずホルト王国軍は救われたようなものだ。
血の気が多くて一緒に野戦に臨んでいたら、他の国の派遣軍みたいに司令部が全滅なんて事態になっていただろう。
「傷薬の錬金は任せてください」
「すまない、材料は優先的に回そう」
そういうところも、ロッテ伯爵は軍政官出身だから得意なのだと思う。
「実は、困った話がある」
「困った話ですか?」
まだこれ以上、とんでもない話があるのかよ。
「各国のマカー大陸派遣軍だが、これにて全軍撤退となった。我がホルト王国軍以外は」
「ここでですか?」
確かに魔王軍も大損害を受け、とうてい攻勢などできない状態だけど……。
まだ侮りがたい力を持っている。
しかも肝心のバルト王国は……ゲームではこんな状況になっていないから笑うしかないな。
「派遣軍で生き残った連中は、全員撤収するそうだ。ホルト王国軍を除いてだが」
「止められないんですよね? もしくは新規の援軍とかは?」
「無理だな。予算的に」
派遣軍が壊滅しただけでも、各国からすれば大損害だろうからな。
新しい援軍を派遣する余裕はないか……。
「しかも、魔王軍はもう手を打ってきた。なんでも、昨晩から急に世界中でモンスターたちの行動が活発、狂暴化したそうだ。それに対処せねばならない以上、各国に新たな派遣軍を送る余裕はないということになる。実はホルト王国も厳しい状況だ。それでも、他国よりは圧倒的にマシだが……」
なるほど。
それは、ゲームでもイベントとしてあった。
多くの魔王軍に所属するモンスターたちが討たれると、暗黒魔導師が野良モンスターたちを狂暴化させるのだ。
あまりコントロールは効かないが、見境なしに人間を襲うようになるので、後方かく乱策の一つというわけだ。
ゲームだとマカー大陸しかマップがないので、テキストでの描写と、無意味なエンカウント率アップで余計にクソゲー扱いされるわけだが。
「ホルト王国軍は撤退しないのですか?」
「我らはここを動けないのだ。ここを放棄すると、マカー大陸が魔王軍の手に落ちてしまうからな」
先日の野戦では、バルト王国軍は王様と共にほぼ壊滅したそうだ。
なぜそこまで戦ってしまうのか……正直、意味がわからない。
「バルト軍は壊滅。無事な軍人は一割もいない。そして、討たれた王に跡継ぎはいない。ここを我々が離れると、それぞれ王位を主張する王族たちとそれを支持するバルト王国軍人、貴族たちが争いを始めてしまうのだ。守りやすく、ここはいい拠点なのでな」
「あのぅ……それって……」
ホルト王国軍は、もはや撤退できない状況に追い込まれているのでは?
魔王軍も、バルト王国がそんなバカなことをしていると聞けば、当然マカー大陸の制圧に乗り出すはずだ。
「……」
「そうなのだ。いかに天才錬金術師といえど、ホッフェンハイム子爵公子殿は十歳の子供。その子供が呆れる状況になっているのが、このマカー大陸というわけだ。そんな状況なので、しばらくは協力してくれるとありがたい」
「はい……」
ここで断って再び魔王城を目指すと、最悪後方を遮断されて孤立無縁になってしまう。
本当に、とんでもない事態になってきたな。
RPGとか、恋愛シミュレーションとか全然関係ないし!