第八十二話 勘違い
新しい仲間オードリーを加え、俺たちは魔王討伐の旅を続けるのと同時に、オードリーの強化を急ぐこととした。
一日でも早く戦力化できれば、それだけ俺たちが有利になるのだから。
「ええっ! ボクに魔法の才能があるんですか?」
「あるから、この特技の書で覚醒させることにする」
「何冊あるんですか? 特技の書なんて、ボクじゃあ一生働いても……」
「僕が勝手にやっていることだから、オードリーは気にしないでいいよ」
「オードリー? アーノルド、お前はなにを?」
「ああ、実はダストンって女性で、本名はオードリーなんだ」
「どうしてそんなことが……アーノルドだからなぁ。そういうものなんだろう」
不思議なことが続きすぎると、人は推察を放棄するらしい。
シリルは、俺が本人と両親しか知らないはずのダストンの本名オードリーを知っている事実に、なにも言わなかった。
もう諦めの境地のようだ。
「火、水、風、土、聖の全部ね。全部で十五冊」
『博才』で、カジノから強奪、もとい獲得してきたものだ。
おかげで俺は、カジノに出入り禁止となってしまったけど。
魔王軍の襲撃を受けてしまったから、暫くカジノは休業中なので影響はないけどね。
「五系統全部上級って……そんな人いるのかしら?」
アンナさんが訝しむけど、本当にいるのだから仕方がない。
しかもオードリーは、故郷の村では農民兼猟師、冒険者だった。
村の周りでモンスターを狩りながら、自分の畑を耕していた。
自分に魔法の才能があるという自覚がまるでないのだ。
つまり、誰もオードリーの凄さに気がついていない。
となれば、パーティメンバーにするだけではなく、ホッフェンハイム子爵家に仕官させてしまった方が、魔王討伐後も色々と有利になる。
ゲームの知識を利用したヘッドハンティングというわけだ。
「遠慮なく使ってくれ。主君命令だから」
「わかりました」
まだ半信半疑のようだが、意を決してオードリーが特技の書十五冊を次々と使った。
「どうだ?」
「あっ! 本当に五系統全部上級です! アーノルド様は人の才能を見抜く天才なんですね!」
オードリーが俺を尊敬の眼差しで見つめるが、俺に人を見抜く才能なんてあるわけがない。
ただ事前にゲームからの知識で知っていただけだ。
「アーノルド様、ボク、一生アーノルド様についていきますね!」
感極まったオードリーが俺に抱き着いてくる。
聞けば彼女は十三歳だそうで、しかも男装を解けば美少年から美少女に簡単にジョブチェンジできるのが凄い。
胸は……サラシを巻いているようなのでまだわからないけど、美少女に抱き着かれるのって嬉しいアクシデントだよね!
「デレデレしない!」
「痛い! 理不尽だぁーーー!」
ただの主君と家臣の微笑ましい交流なのに、なぜか裕子姉ちゃんから尻に蹴りを入れられた。
理不尽と俺は思う。
「暫くはモンスターを狩りまくって経験値稼ぎだな」
「不味いよぉ……」
「アーノルド、この新しい鞭はいいわね」
「不味いよぉ……」
「アーノルド君、この弓も素晴らしいわ。ミスリル製なのがいいのかしら?」
「不味いよぉ……」
「この槌、調子いいよぉ」
「不味いよぉ……」
「あっはっはっ! 我こそはホッフェンハイム子爵家の先駆けビックスなり!」
「不味いよぉ……」
「なあ、アーノルド。オードリーはいいのか?」
「不味いよぉ……」
「シリルさん、これはみんなが通った道ではないですか!」
「リルルって、案外現実的なのな……」
「不味いよぉ……」
ここ数日、魔王軍の支配地を縦断しながら雑魚モンスターを討伐し続けていた。
みんな、新しい特技に武器と防具を用いて大活躍していた。
一人、ずっと各種基礎ステータスアップアイテムの摂取に苦労しているオードリーがいるが、ノルマを達成しなければ戦闘に出せない。
今は我慢して、クソ不味いものが多いアイテムを摂取し続けてほしい。
基礎ステータスがカンストしたら、早速戦闘に参加してもらう予定だからだ。
「確かに不味いからな」
「思い出すだけでも『うぇ!』ってなるわよ」
裕子姉ちゃんの言うとおり、俺たちもそうなったのを思い出す。
だが、その試練を乗り越えてこそ、オードリーは暗黒魔導師に勝てる大魔法使いへの一歩を歩み出せるのだ。
それに、不味いからと言って死ぬわけではないし。
「ボク、頑張ります」
長年、家族の前以外では男のフリをしていたせいであろう。
オードリーは、『ボクっ娘』であった。
今は胸のサラシを取り、魔法使いらしく霊糸のローブを装着しているが、意外と胸が大きい……。
「痛っ!」
「どこ見てるのよ?」
裕子姉ちゃん、これは男性の本能なので勘弁してほしい。
それに、今体が十歳のローザの胸を見てもねぇ……。
「アーノルドの考えていることは、大体お見通しよ!」
「痛いよ、ゆ……ローザ」
順調に雑魚モンスター狩りは続き、さらにオードリーも。
「ようやく飲み終わりました……」
「これが魔法の書ね」
「ありがとうございます。精進します」
オードリーの基礎ステータスも運以外はカンストしたので、これからはレベルを上げていこう。
目指すは四天王最後の一人、暗黒魔導師の首であった。
「暗黒魔導師様、最近モンスターたちの損害が大きいような……特に、我が勢力圏内に分散配置されている奴らが次々と討たれています」
「冒険者に侵入されたのか? 我らの支配も万全とは言えないからな。各地に配置した幹部クラスに犠牲者はいるのか?」
「いえ、一人もいません」
「ならば、それほど大きな問題ではないのか?」
四天王で唯一生き残り、魔王様より魔王軍の差配を任された私は忙しい。
常に魔王軍の全体の状況を確認し、適切な指示を出さねばならぬ。
以前は憧れていた魔王軍ナンバー2の地位だが、次第に負担になってきた。
夢見ている頃が幸せだったな。
とはいえ、やめるわけにもいかない。
他の奴に任せたら、魔王軍全体がとんでもないことになってしまうからだ。
別世界への侵略が、こうも難しいとは……。
まさか、あの不毛な元の世界に戻るわけにいかないし、この自然に溢れた世界からの撤退など、多くの配下たちが認めないであろう。
それなら、マカー大陸のみで我慢して世界征服は将来の課題に……くらいの柔軟性は……私とアンデッド公爵くらいにしかなかったな。
どいつもこいつも現実を見ないで、攻撃しか脳のない脳筋ばかりなので困ってしまう。
「いや、待てよ……いくら雑魚でも、犠牲が多い点は許容できないか……」
となると、この魔王城に詰めているモンスターたちを刺客として差し向けるか?
だが、冒険者たちが常に移動を続けていたら、捕捉も困難であろう。
刺客作戦の確実性を上げるためには、多くのモンスターを使っても効果は薄い。
返り討ちを防ぐため、幹部クラスの派遣が必要であった。
「空いている奴いるか?」
「ひゃひゃひゃひゃ、オイラに任せてくれっす!」
「貴様は、『魔猿ウィッキー子爵』!」
私の前に現れて冒険者抹殺の任務に志願したのは、猿の魔物たちを率いる魔猿ウィッキー子爵であった。
四天王には届かないが、その実力は侮れないものがあった。
「弱い味方ばかり殺し続けて、卑怯にもほどがあるっす。でも、オイラが追いかければ安心っす」
「そうだな。お前に任せよう」
「その冒険者たちのクビを持って帰るっす」
「待てい!」
「貴様は……『サイボーン伯爵』か!」
「その任務、俺に任せてくれ!」
もう一人、アンデッド公爵の配下にして、かなりの強さを誇る骨格だけのサイのモンスター、サイボーン伯爵も任務に志願した。
この二人なら大丈夫か?
「オレもだ!」
「私も立候補するわ」
さらに、元はブラックイーグル公爵の配下であった鳶のモンスター『黒鳶男爵』に、古代の女性武将のゾンビ『ララーゾンビ子爵夫人』も立候補してくれた。
これで四人。
全員が実力派揃いなので、まず負けることはないはずだ。
「よくぞ立候補してくれた。では、私はその恩に報いるとしよう。もしその冒険者のリーダーの首を手に入れた者には、今空席である三つの四天王枠に推薦しようと思う」
「へへへっ、太っ腹っすね」
「必ずや、そいつらの首をねじ切ってやろう」
「オレがその冒険者たちの首をねじ切ってやる!」
「お任せあれ、暗黒魔導師様」
「おおっ、任せたぞ」
いくら雑魚モンスターばかりとはいえ、数を狩られてしまうと、抑えている地域の支配力が落ちてしまう。
早いうちに駆除するに越したことはないのだ。
「どうせ、中級に毛が生えた程度の連中だろうな」
雑魚相手なら沢山モンスターを倒せるだろうと考えた、小賢しい連中であろう。
私が送り出した精鋭幹部四人に殺されて後悔するがいい。
「じゃあ、行ってくるっす」
「頼むぞ」
私の任務を引き受けた四人は、魔王城をあとにした。
彼らなら、必ずや冒険者たちを始末してくれるはず。
私は魔王様に進言して、四天王の残り三つの枠を(仮)でもいいので、埋めた方がいいと進言するとしようか。
四天王が一人だと仕事が四倍に増えてしまうから、このままだと過労死してしまいそうだ。
この状態をなんとか改善せねば。