第七十話 始まりの港町
「寂しい港町ですね、アーノルド様」
「元々田舎の港町なのだけど、魔王軍の影響もあるのかな?」
「しかし、どうしてこの港町なのですか? 他にも目立たない港はいくつかあるでしょうに」
「目立たず上陸できる……以外はなんとなく勘で選んだ」
「勘ですか……」
俺、裕子姉ちゃん、リルル、ビックス、シリル、アンナさん、エステルさんの合計七名のパーティは、クソゲーとの呼び声も高い、RPGシャドウクエストの冒頭部分と同じく、マカー大陸南端の寂れた港町に上陸した。
元々寂れているのか、魔王軍のせいで人と物の流れが滞っているせいか。
どちらもかもしれないが、ゲームで言うところの『始まりの港町』は過疎の港そのものだった。
昼間なのに、町の大通りにはほとんど人が歩いていないのだから。
「ここならあまり人の目にもつかないから、ここに上陸して正解なのかもな」
「ですかね? シリルさん」
「俺たちは、目立たないに越したことはないんだからさ」
シリルとビックスの会話を聞きながら、俺たちは港町の中心にある大通りを歩いていく。
大通りというほど大通りではないし第一村人にもいまだ遭遇しないが、この港町の名誉のためにもここは大通りなのだと。
「あのぅ……アーノルド様には、なにか目的があるのですか?」
「当然ある。少しつき合ってくれ」
初めてであるはずの港町なのに、迷うことなく目的地に向かって歩いて行く俺に対し、リルルは疑問に感じたのであろう。
なにか具体的な目的があるのかと訪ねてきた。
彼女の推察は正しく、俺はこの始まりの港町でやることがあった。
「(シャドウクエストでは、この始まりの港町に重要なものがあるんだ)ええと……見えたな」
町の中心にある大きな家。
俺はその家に見覚えがあった。
ゲームの画面でだけど。
この港町の町長の家であり、ゲームだと主人公が魔王軍に関する初期的な情報を聞く場所でもあった。
それは俺たちには必要ないんだが、実は別のことで町長の許可を取らなければいけなかったのだ。
「失礼。僕はホルト王国のホッフェンハイム子爵公子と申します。この町の町長は御在宅でしょうか?」
「これはご丁寧に。私がこの町の町長です」
十歳の子供が他国の貴族の子供だと名乗り、町長は最初驚くのと同時に疑ってもいた。
急ぎホッフェンハイム子爵家の紋章を見せると、すぐに納得してくれたようだ。
この世界で、貴族でもない者が貴族を名乗ると死刑だし、紋章は父から預かっているものだ。
町長なら、紋章が本物か偽物かすぐに気がつくはずだ。
「ホッフェンハイム子爵公子様、このような田舎の港にどのようなご用件でしょうか?」
「実は、魔王軍との戦いにおいて有利になるものがこの町の、さらにこの家の敷地にあると聞いたのだ。その発掘許可をいただきたい」
「うちの敷地内にですか? そんなものあったかな?」
ゲームの設定だと大昔に埋められたものなので、町長も知らなかったから首を傾げるのも無理はない。
「正確にいうと、そのままでは大して役にも立たないものだが、錬金で仕上げれば魔王討伐の切り札に変わるというわけだ。許可をいただけるだろうか?」
「ええ、それは勿論。魔王軍のせいでこの町は寂れる一方ですから、魔王を倒していただけるのなら」
「では、早速探させていただく」
町長から許可を得ると、俺は庭に埋まった一番大きな木の根元を指差した。
「ビックス、シリル。ここを掘るよ」
「ここをか? なにもなさそうだけどなぁ……」
確かに、ただの木の根元ではあるが……。
『収納カバン』から取り出したチタン製のスコップを用い、三人で大木の根元を掘っていく。
一メートルほど掘ると、そこから一抱えほどありそうな箱が出てきた。
「本当に出てきた……アーノルド、お前……まあいいか」
シリルは、俺が『鑑定』持ちなのに気がついたようだ。
ただ、『鑑定』は他のどんな特技よりも希少性があって、無責任に周囲に漏らすとトラブルが多い。
だからシリルはなにも言わなかったのであろう。
実は『鑑定』がなくても、俺はここに箱が埋まっているのを知っていたけど。
シャドウクエストの知識として。
「アーノルド様、なにが入っているんですかね?」
「ビックス、開けてみて」
「わかりました」
ビックスが箱を開けると、そこにはローブが一着、金属製の長い杖が一本だけ入っていた。
共にとても古びていて、あまり高性能なものには見えなかった。
「本当に埋まっていたんですね。ですが……」
町長から見ても、ローブと杖は大した性能がないように見えるようだ。
経年劣化でボロボロとまではいかないが、古臭いのは確かであった。
「使い道はあるのさ。迷惑をかけた。これを受け取ってほしい」
俺は、町長にある程度纏まったお金の入った皮袋を渡した。
いくらボロでも、あとで所有権を主張されると面倒だ。
お金を渡しておけば、あとで文句を言っても無駄になる。
ある種の予防処置だな。
ゲームでは、終盤にならないと町長が木の根元を掘らせてくれない。
序盤で手に入れようと思って木の下を調べると、町長が『勝手にうちの庭を掘るな!』と駆け寄って来るから、終盤のイベントを発生させないと手に入らないようになっていたのだ。
俺は、お金と身分の力で乗り越えたけど。
「そこまでお気を使われなくても……」
とは言いつつも、町長は素直にお金を受け取った。
これで売買交渉は成立というわけだ。
「では、俺たちはこれで」
「それにしても、ボロいわね」
裕子姉ちゃんのみならず、俺たち全員がそう思っているさ。
でも、これがシャドウクエストで一番強力な武器と防具に化けるとは、誰も思わないはずだ。
実はこんなお古でも、ビックスたちが装備しているミスリルメイルとそう防御力に違いはなかった。
洗濯もしていないので、俺はまだ着ないけど。
「アーノルド君、これを錬金するんだ。『置換』じゃなくて」
「錬金ですよ」
『置換』は、武具の素材を入れ替える錬金の一種だ。
このシャドウクエストだと『古代王のローブ』は、長年誰も使わず地面の下に埋められていたので力を失っている。
これを取り戻すため、『古いローブ』、『純水』、『霊糸』×3、『プリン玉』×10で錬金する。
さすれば、『古代王のローブ』は全盛期の力を取り戻すのだ。
「本当に荘厳な作りのローブになったわね」
町の外れで錬金を行って、まずは最強装備『古代王のローブ』を手に入れた。
そして俺は、それを身に纏う。
これでもう、最後まで防具の変更はしなくてもいい。
「アーノルド君、杖の方は?」
「これは、強化するための素材が全てそろっていないのでそのまま持ちます」
古い杖だけど下手な武器よりも攻撃力があるし、強化するための素材がすべて手に入るまではそのまま使うとしよう。
なによりこの杖には、魔法の効果が上昇するという利点もあった。
強化する前でも二十パーセントで、『古代王の杖』になったらなんと五十パーセント増しである。
俺は『治癒魔法(中)』を持っているので、とても役に立つ武器というわけだ。
なお、錬金も魔法扱いなので、持って錬金すると俺なら失敗するのが奇跡という状態にもなる。
さすがに材料の種類や配合量を間違えたら駄目だけど。
「アーノルド君、魔法使いみたいだね。攻撃魔法は取らないんだ」
「運がよくて中級ですから、取るなら断然他の特技ですよ」
そうエステルさんに説明しつつも、この世界って本当に攻撃魔法が不遇……いや、選ばれし上級が取れれば非常に重宝される。
だがその数はとても少なくて、しかも派遣軍などにいると消耗も激しい。
なかなか人数が増えないのが現状であった。
雑魚モンスター相手なら中級でも薙ぎ払えるから中級でも頼りにはされているが、四天王クラスや高級幹部相手だと辛いのも事実であった。
「アーノルド、もういいのか?」
「もうこの町に用事はないよ。北の『アービー』の町に向かおう」
「お前、マカー大陸の地理に詳しいのな」
「事前に地図を見ておいたんだ」
「相変わらず、勉強熱心なのな」
本当は、ゲームをやり尽くしているから知っているだけなのだけど。
マカー大陸に無事上陸し、まずは最強装備の入手に成功した。
とはいえ、まだ先は長い。
次の目的地であるアービーの町で宿を取るべく、俺たちは始まりの港町をあとにするのであった。