第六十九話 魔王討伐準備
「随分と大きなカジノだな。初めて来たけど凄いものだ。姉貴から話は聞いていたんだが……」
「シリルさんもですか。俺たち一般庶民にはあまり縁がないですけどね」
「言えてる」
「アーノルド様、カジノって豪華なんですね。前にお母さんがお館様のお供をしたそうです。お館様は大負けしたそうですが……」
「リルル、ギャンブルって胴元が一番儲かるものなのよ」
「アンナが夢も希望もないことを……あっでも私、運が悪いから勝てなさそう」
みんながワイワイと楽しそうに話していた。
ゲームの世界だからか。
カジノは魔王軍の恐怖があってもまだ、多くの人たちで賑わっている。
魔王軍はマカー大陸のみでしか活動していないので、気にならない人が多いのかもしれない。
もしくは、魔王軍の恐怖を忘れるため?
とにかく大いに賑わっており、俺たちはその入り口の前に立っていた。
ああ、あと。
父はカジノで大負けしたことがあるのか……。
意外というか、それで凝りてギャンブルをしなくなったのかもしれないけど。
「カジノで遊ぶのか?」
「いや、チップで交換できる景品が目当て」
「遊ばないとチップは増えないから、結局遊ぶんじゃないか」
「シリル、これは目的を達成するための仕事。遊びなら負けてもいいけど、仕事で負けたらだめだよ」
「カジノで、勝てる自信があるって凄いけどな」
シャドウクエストでは、カジノでしか手に入らないアイテムがいくつも存在した。
特に重宝されるのが、『特技の書』と『能力値の種』であろう。
これを入手するのに、共にチップで二百万枚、二億シグ必要であった。
これで基礎能力値をすべて100にするなんて物理的に不可能……とまでは言わないが、莫大な金がかかってしまう。
武具や他のアイテムにもお金がかかるゲームなので、カジノの景品にまで手を出せないプレイヤーが多かった。
では、ギャンブルに勝てばいいと簡単に考える人たちも多いけど、シャドウクエストのカジノはとにかく勝てなかった。
アリゴリズムやランダム係数がおかしいという苦情が殺到したのだが、それには理由があった。
『博才』という特技の存在である。
最初、こんな特技は必要じゃないと誰も取らなかったし、実際に言うほどカジノで勝てなかった。
ところが、基礎能力値の運を100にすると、あとはレベルが上がる度に簡単にカジノで勝てるようになったのだ。
というわけで、俺は以前に得た『博才』の特技でカジノを攻略しようと思う。
「大量に『特技の書』を入手しよう。『能力値の種』もか」
「それはいいけど、カジノって未成年者は入れないんじゃあ……」
「貴族なら入れるよ」
大人の事情で、貴族なら子供でもカジノに入れてしまう。
上客だから配慮したのであろうか?
とにかく、入れれば俺の勝ちは決まりだ。
「じゃあ、行ってくる」
「俺たちはいいのか?」
「悪いけど、いない方が勝率が上がるんだ」
パーティでカジノに入ってしまうと、全員分の運の数値が平均化されてしまうのだ。
だから、運の基礎値もカンストしている俺だけで勝負した方が勝率は高いわけだ。
「すぐに戻るから」
詳しい描写は割愛させていただくが、俺はカジノで歴史的と言われるほど大勝し、チップで交換できる限りの景品を手に入れることに成功したのであった。
カジノのオーナーは、そんな俺を見ながら涙目だったけど。
「はい、ローザ」
「ありがとう」
まずは、運の基礎値が98の裕子姉ちゃんに能力値の種を二つ渡した。
これで運の基礎値がカンストしたわけだ。
ゲームだと無限に手に入る能力値の種だけど、実際にカジノで手に入れたのが十二個だったのは現実的だなと思ったりして。
それもそのはずで、カジノが上手く仕入れられなければ、そうそう能力値の種なんて手に入らないのだから。
ゲームとは違って、在庫の量にちゃんと理由と背景があるわけだ。
特技の書に関しては、それなりの数が手に入ってよかった。
「新しい特技を覚えてもらいます。まずはビックスね」
「俺ですか?」
「『剣神』を手に入れてくれ」
「今さらだから隠しませんけど、二つ必要ですよ」
「それでもだ」
武術関連の特技は、剣技だと『初級』、『中級』、『上級』、『剣聖』、『剣神』の五段階がある。
それほど才能がなくても、少し剣を練習したり、モンスターを倒せば『初級』は容易に得られる。
『初級』に限って言えば、二つの特技持ちの片方に入っても珍しいと思われないくらいだ。
そして、中級、上級と、上に行けば行くほど特技を得られる人の数が減っていく。
実はこの世界で剣の達人と呼ばれている人たちの大半が上級であり、剣聖も滅多に出ず、ましてや剣神なんて歴史上の人物でしかない……という設定で、実はゲームでは綿密に上昇限界の割合が決められている。
初級止まりが三十パーセントで、中級止まりが六十パーセント。
そして、上級止まりが五パーセントだ。
ここまでで合計九十五パーセント。
剣聖止まりが五パーセントで、剣神になれるのはコンマ以下十億分の一パーセントしかいない。
なるほど、剣神は伝説扱いされるわけだ。
「僕は、今のビックスが剣術上級だと踏んでいる。よって、これを用いて剣聖になれればいいなと思うわけだ」
「ですが、もし失敗したら……」
上がらないのに特技の書を使ってしまうと、数億シグが無駄になってしまう。
ビックスとしては、剣聖になれるかわからないのに高価なアイテムを使われるのは……と思っているようだ。
「そんなことをビックスが気にする必要はないよ。これは、魔王をぶっ殺すための経費なんだから。早速使ってみてくれ」
「わかりました……あっ、『剣聖』になりました」
「もう一度、特技の書を」
「はい……駄目です。『剣聖』のままです」
ビックスは、『剣聖』の才能を持つわけか。
『剣神』が出なかったのは残念だけど、あれは滅多に出ないからなぁ……。
「次は、『気配探知』を覚えてくれ」
俺は、もう一冊特技の書をビックスに渡した。
「よりにもよって、『気配探知』ですか? 他の武器の特技とかの方がよくないですか?」
シャドウクエストでは、よほど気合を入れて長時間プレイするか、俺のように裏技を駆使しなければ特技の書などそう得られるものではない。
せっかく手に入れた特技の書で、『気配探知』なんて特技をビックスは取りたくないのであろう。
だが俺は、断固として『気配探知』を取れと命令した。
なぜなら、シャドウクエストにおいて武芸系上級以上と『気配探知』を組み合わせると、かなり有利にゲームを進められたからだ。
「(攻撃回避率三十パーセント、クリティカルヒット率三十パーセント上昇は美味しい)」
上級以上でないと、『気配探知』など取ってもあまり意味はないけど。
その前に、『気配探知』自体がゲームだとなかなか覚えられないのだ。
しかもなぜか、武芸系上級以上になれる人ほど取れない。
きっと二つを組み合わせると強くなり過ぎだとゲーム会社に判断され、レアな存在に設定されていたのであろう。
特技の書がそう簡単に手に入らないせいで作られた、ある種の裏技的組み合わせなのだ。
「魔王討伐においては役割を固定する」
某有名RPGのように転職みたいなことをさせると、かなり効率が悪かったからだ。
基礎ステータスさえカンストさせておけば、一つの役割に拘った方が無駄がなくていいのだ。
「ビックスは、剣を使った『剣士』で最後までいく」
「いつもと同じなので、慣れていていいですね」
「次は、リルルだ」
リルルには、どうも格闘技のセンスがあるようであった。
『格闘技中級』くらいはありそうな気がする。
武芸系特技の初級は特技二つ持ちにカウントされないが、『パティシエ』と『格闘技中級』なら、リルルはかなり貴重な存在であった。
『パティシエ』と『格闘技中級』の組み合わせってどうかと思うけど。
「『拳聖』まで上がるといいな」
「頑張ります!」
特技の書を使わせ、リルルは俺の予想どおり『拳聖』まで上がった。
彼女にも『気配探知』を取らせる。
これで前衛の『武闘家』が一人。
「アーノルド、俺にはそんなに期待するなよ」
とはいいつつも、特技の書を使ってみたら『槍術上級』まで上がった。
元々お姉さんに訓練を受けていて、『槍術中級』ではあったそうだ。
これで『純化』も持っているのだから、シリルも才能ある人というわけだ。
冒険者にも、錬金術師にもなれるのだから。
当然シリルにも、『気配探知』を取らせておく。
「私たちは?」
「まず、アンナさんとエステルさんには『純化』を取ってもらう」
『補助魔法』以外が微妙なシャドウクエストなので、下手に『治癒魔法』に頼るよりも、錬金した傷薬を多用した方が効率がよかったりした。
だから、アンナさんとエステルさんにも『純化』を取らせたのだ。
「これあると、品質と成功率が全然違うわよね。儲かっちゃった」
「ありがとう、アーノルド君」
二人の美少女にお礼を言われる。
悪い気分ではないな。
「その代わり、魔王退治に加わるわけですが」
「アーノルド君は自信があるみたいだね。なら大丈夫よ」
「アーノルド君は普段全然自信満々じゃないから、逆に安心できるかも」
そこは、謙譲が美徳の元日本人だから仕方がないのだけど。
「ただ、念のため『治癒魔法』は取ってもらいます」
中級でも十九パーセントだけど。
俺もそうだったし……。
俺は二人に特技の書を渡した。
「あっ! 私、上級になったよ」
「マジで?」
まさか、一パーセントを引くとは……。
さすがは、いつもほんわかしている天然のエステルさんだ……あまり関係ないか。
「げっ! 私は中級だったけど」
「中級でも十分凄いです」
これは幸先好い。
無理に、よく知りもしない冒険者を仲間にしないでよかった。
アンナさんが治癒魔法中級で、エステルさんは上級というのが凄い。
「で、ローザもね」
「わかったわ。できれば中級……初級……運が悪いわね……」
基礎ステータスがカンストしているので、レベルが上がれば傷薬(小)の品質A,Sの代わりになるはず。
無駄ではないし、元々魔法ランクの上限は運の数字が関係ないから、基礎値を100にしても駄目なものは駄目なのだ
「あとは、ローザ以外は『補助魔法』の習得ね」
ローザは元々覚えているから当然除外である。
「アーノルド様の仰っていたとおり、役に立ちましたものね。『補助魔法』」
魔王軍四天王に中級魔法を放つなら、『補助魔法』の重ね掛けで能力を落として殴った方が効率的だからなぁ……。
そのくらい、シャドウクエストでは攻撃魔法が役に立たないのだ。
それこそ上級を覚えられれば別だが、なにしろ1パーセントの確率だ。
ゲームでも、キャラメイキングを繰り返した結果絶望し、脱落する人が多かった。
「『補助魔法』があれば、自分に能力アップかけながら戦うこともできる」
敵を弱体化し、自分を強化する。
それは攻撃魔法よりも有利なわけだ。
「あとは?」
「今のところはこれでいいかな?」
まだ特技の書は残っているので、あとは臨機応変にというわけだ。
そしてもう一つ、全員の装備の問題があった。
「カジノの景品でオリハルコンの塊があって、これを用いて武具を強化すればいいのだけど……」
相応の武具を『置換』しないと意味がないので、まずは全員ミスリル製の装備と、これまで墓場で集めた『霊糸』を用いた防具を全員に提供した。
とはいえ、リルルはメイド服のままで、アンナさんとエステルさん、裕子姉ちゃんはローブ姿だけど。
ローブの下は動きやすい装備になっているが、上着やズボンも霊糸に『置換』して装備を強化していた。
武器は、ビックスがミスリルの剣、リルルはミスリルの爪、シリルはミスリルの槍。
アンナさん、エステルさん、ローザも一応ミスリルの槍を装備している。
三人とも後衛なので、上手くやればそう接近戦になることはないはずだ。
「アーノルド君の武器は?」
「これです」
「なにこれ?」
「『火炎放射器』といいます」
RPGに火炎放射器って思う人もいるかもしれないが、実際に作れるのだから仕方がない。
少しくらい敵が多くても、これで簡単に焼き払うことができる。
火炎放射器も、その燃料も、錬金で作れるので補給にも問題はなかった。
実はこの火炎放射器。
シャドウクエストだと錬金で作れるようになるのは後半であり、その頃に手に入れても大して役に立たないという、困った武器であった。
だがその攻撃範囲の広さは魅力的で、ゲームで前半に手に入れば中盤まで十分に使えるので、俺は惜しいと思っていたのだ。
この世界ではゲームのような制限はないので、ジキタンに材料を頼んで作ることができたけど。
「暫くはこれを使う」
「なあ、アーノルド」
「なにかな? シリル」
「パーティって、七人いてもいいのか?」
「えっ? どういうこと?」
「姉貴のパーティは四人で、冒険者はみんな言うんだよ。パーティは四人だって」
「意味がわからない」
ゲームとは違って、四人以上でパーティを組めないということもないからだ。
それなら四人以上でパーティを組んだ方が余裕ができるのに、なぜかみんな四人でパーティを組みたがる。
もしかして、『パーティが四人でなければ死んでしまう病』なのか?
「今のところ、このメンバーで不都合はないよね? ならいいんじゃないの?」
「俺も正式な冒険者ってわけじゃないから変だとは思ったんだけど、姉貴ほどの冒険者が頑なに守っているんだぜ」
この世界はゲームの設定に似ているが、まったく同じわけではない。
実際に、それはいくつか確認してきた。
それにしても、冒険者パーティは四人までなんて、肝心の冒険者が古いルールに縛られるなんて……。
「(呪いかなにかなのかな?)」
「シリルさん、どうして四人なんですか?」
「それが俺もよくわからないんだよ。みんな先輩の冒険者から言われるんだってさ。『冒険者ってのは、四人パーティが決まりだ』って」
「四人以上にすると、なにかペナルティーでもあるんですか?」
「いやあ、今のところはないな」
俺たちは七人パーティだけど、なにも不都合は起こっていない。
まあ、どこの世界でもよくある話だ。
先人がこうだと決めると、以降もずっと『昔からそういう決まりだ!』と言って、それを頑なに守ろうとする人たちが。
「多分、四人くらいが一番収まりがいいというか、大人数のパーティは色々と大変だからかもしれない」
「アーノルド君、パーティはこれで固定なの?」
「状況によっては、新しい人をスカウトするかもしれません」
「じゃあ、八人で四人パーティ二つとも言い張れるね」
まさか、『なんで四人パーティじゃないんだ!』とか文句を言ってくる人はいないと思うけど、そう言い返すのも手ではある。
エステルさん、よく思いついたな。
「準備はこんなものかな? では出発しよう」
裕子姉ちゃんが拘っていた運の基礎値も100になったし、特技、装備、アイテムと。
すべてが万端に整った。
あとは、魔王を倒すだけだ。
これも、要はチャートどおりにやっていけばいい。
ゲームと現実との齟齬がなくもないが、今のところはそこまでのものではない。
十分にいけるはずだ。
「自由を取り戻すんだ! 魔王を倒せ!」
「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」
俺たちはルクセン島から、マカー大陸へと向かう船に乗る。
最初の目的地は、シャドウクエストのスタート地点でもある寂れた港町だ。
マカー大陸南方には大きな港があり、派遣軍もよく利用しているが、こちらは魔王軍の監視の目につきやすい。
シャドウクエストのスタート地点なら、魔王軍の監視も緩いはず。
なにしろシャドウクエストの主人公はまったくの無名で、誰も魔王を倒せるなんて思われていなかったという設定なのだから。
「弘樹、実は不安?」
「まあね。ゲームと現実は違うから。でも、やらなきゃねぇ……」
このまま一生、錬金工房に閉じ籠って錬金を続けるのもどうかと思う。
錬金は続けるけど、せめて行動の自由は欲しいところだ。
だが、今のホルト王国や他の国では魔王を倒せないであろう。
ならば、有利な情報を持つ俺がやらなければ。
結局、他人様はなにもしてくれないのだから。
「きっと大丈夫よ。私もいるし」
「そうだね」
裕子姉ちゃんは俺よりも頭がいいし、こうやってついて来たということは魔王討伐に成功すると確信しているのであろう。
「あっ、でも」
「なに? 裕子姉ちゃん?」
「恋愛シミュレーションゲームの世界なのに、魔王とか、錬金とか。もう意味がわからなくなってきたわ」
「それは俺も思った……」
「そうよねぇ」
船はマカー大陸へと進んでいく。
一旦上陸したら、あとは時間との勝負にもなる。
魔王を倒すまでは気を抜けず、俺と裕子姉ちゃんは船の舳先で二人きりで暫く話を続けるのであった。