第六十五話 対ブラックイーグル公爵
「外が騒がしくないかな?」
「ええ、王都を警備している兵たちが動いているようです。ほら、金属鎧の音が聞こえます」
「ビックスは耳がいいな」
「生まれつきなんですよ」
学校が夏休みに入り、俺たちは錬金工房で増え続ける注文に応えるべく毎日奮闘していた。
とにかくマカー大陸への補給が沢山必要だとかで、魔法薬以外にも、『干し草(錬金で作る、保存可能なうえ少ない量で馬のお腹が満たせるもの)』、『ブロック(クズ鉱石を使った頑丈な建築資材)』、『コンクリート(やはり、錬金でクズ鉱石から作る建築資材)』、『ブロック食(某〇ロリーメイトみたいな携帯食料。長期間保存できてソコソコ美味しい)』などなど。
シャドウクエストでは死に設定で換金するくらいしか用途がない錬金物の注文が殺到しており、俺たちは毎日忙しかったのだ。
今日も仕事が終わり、もうそろそろ帰宅しようと思ったその時。
外が騒がしいことに気がついたのだけど、ビックスが兵士たちが動いていることを教えてくれた。
確かに耳をすませば、多数の兵士たちが駆け回る音と、金属鎧が擦り合って音を立てていることが確認できる。
「なんだろうな? 訓練か?」
「敵襲かな?」
「エステル、ここは王都よ。あり得……なくはないのか……」
同じく帰宅しようとしていたシリル、エステルさん、アンナさんも、何事かと騒ぎ始めた。
つい先日、俺たちはプラチナナイトに襲われたばかりだ。
狼男男爵の件もあるので、二度あることは三度あるのか?
「モンスターだぁーーー!」
「全員、完全武装で!」
モンスターが出たという叫び声が外から聞こえたので、俺たちは急ぎ武装してから工房の外に出た。
すでに暗くなった空を見ると、確認できるだけで十数体のデスバットが飛び回っていた。
兵士たちに急降下して攻撃を加えている個体もいる。
すでに死んでいるのか、デスバットにやられて動かない兵士たちも複数倒れていた。
「これは酷いな」
「どこから来たのかしら? まさかマカー大陸から?」
「見つけたぞ! ホルト王国の錬金術師よ! 本当に子供ではないか!」
「ちっ! こいつか!」
遥か上空の暗闇から、黒い鷲人が降り立った。
体型は人間ながらも、全身が羽に包まれ、顔は鷲そのもので、両腕が翼になっている。
俺はこいつを知っている。
よく知っているゲームのボスキャラというカテゴリーであったが。
魔王四天王の中では末席ながらも、飛行可能なモンスターたちを率いて自ら前線に立つ武闘派。
これまでの功績により、魔王より公爵の爵位を与えられたブラックイーグル公爵であった。
先日のプラチナナイトよりは席次が低いが、それほど強さに変わりはない。
またも魔王の四天王が、ゲームのフローチャートを無視して俺を攻撃してきたのだ。
「(不運にもほどがある)」
「(魔王軍って、全然脳筋じゃないのね。弘樹を重要視するんだから)」
確かに裕子姉ちゃんの言うとおりだ。
マカー大陸の最前線で暴れていればいいのに、最近派遣軍への補給で貢献している俺を狙ってくる。
戦争では補給こそが重要だと、理解している証拠なのだから。
「(どうするの?)」
「(こいつ、強さでいうと、この前のプラチナナイトと同じくらいなんだよね……)」
「(不利なんてもんじゃないじゃない!)」
まずまともに戦ったら勝てないだろうな。
それをブラックイーグル公爵に聞かれると余計不利になるので、絶対に口にしないが。
「逃げ出す算段か? まさか飛べる俺から逃げ出せると思ってはいないよな? それとも、プラチナナイトの時のように俺を倒せるだなんて思っていないよな?」
「あの時に絶大な効果を発揮した、アレの準備をしなければなと思ったのだ」
「……絶大な効果?」
勿論大嘘である。
アレに該当するものなど実在しない。
結局プラチナナイトは、高名な冒険者有志たちによって倒された。
俺たちは、彼らが到着するまで時間を稼いだだけだ。
だがこのブラックイーグル公爵は、対プラチナナイト戦の真相を知らないはず。
なぜなら、プラチナナイトは単独で王都に潜入して俺を狙ったからだ。
魔王軍はプラチナナイトが戻らなかったことで、奴が討たれたことに気がついたに過ぎないのだから。
「(ハッタリで時間稼ぎか?)」
「(実はそれだけじゃないんだよね……)」
シリルは、俺が再び高名な冒険者有志たちが助っ人として来るまで時間稼ぎをすると思っているはず。
実はとっくにレミーとリルルに同じ指示は出してあるのだが、今回は二段構えの作戦で行く予定だ。
「(どういうこと? アーノルド君)」
「(彼は強いけど、先日のプラチナナイトに比べれば弱点があるってこと)
俺はアンナさんに、時間稼ぎと弱体化の両方を同時に行うと説明した。
「(自信があるんだ。アーノルド君は)」
「(かなりの高確率で)」
エステルさんに説明したとおり、かなり自信はある。
たとえ倒しきれなくても、助っ人たちが来た時にはボロボロになっているはずだ。
「(でも、プラチナナイトと同じくらいの強さなんでしょう? 無理じゃないかしら?)」
生き延びるため、ただ時間稼ぎに徹したプラチナナイトとほぼ同じ強さのブラックイーグル公爵を、今度は撃破できると断言する俺。
確かに矛盾した発言ではあり、裕子姉ちゃんが疑問に思っても当然というか。
「(ようは、RPGの低レベルボスクリアーみたいなものさ)」
「(なるほど)」
俺は裕子姉ちゃんにだけ、そっと小声で説明した。
確かにステータスで言えば、ブラックイーグル公爵はプラチナナイトと遜色ない強さだ。
だが弱点がいくつかあって、実はレベルなど関係なしに倒す方法が発見されていたのだ。
「(調子に乗っていると駄目なんじゃないの?)」
「(この方法は、同時にブラックイーグル公爵の動きも封じることができるのさ)」
この方法で倒しきれなくても、ブラックイーグル公爵の動きを封じられるので、助っ人が来るまでの時間も稼げる。
つまり、実行した方が俺たちの生存率が上がるわけだ。
「(みんな、作戦を説明する)」
戦闘メンバーは、俺、裕子姉ちゃん、ビックス、シリル、アンナさん、エステルさんの合計六名。
まずは、俺、ビックス、シリルの三人が前衛に。
裕子姉ちゃん、アンナさん、エステルさんの三人が後衛に移動した。
「『ウィークン』重ね掛け!」
「えいっ!」
「やあ!」
裕子姉ちゃんは、ブラックイーグル公爵に『ウィークン』重ね掛けを。
これはプラチナナイトの時と同じだ。
そしてアンナさんとエステルさんは、自分の収納カバンの中から取り出した小さな壺を次々とブラックイーグル公爵に投げつけた。
「こんなもの!」
ブラックイーグル公爵は壺を次々と両腕の翼で振り払っていくが、一つだけ誤算があった。
壺が非常に脆い造りで、翼で振り払うと同時に割れてしまい、中身の液体がブラックイーグル公爵の体にかかってしまったのだ。
「毒か? それとも『火炎壺』か? だがそんなものは、俺には効かないぞ」
ブラックイーグル公爵は、俺たちの作戦を鼻で笑った。
このような単純な策が、魔王軍四天王である自分に通用するものかと。
確かに奴の言うとおりで、四天王には状態異常攻撃『毒』、『麻痺』、『石化』などがほぼ通用しなかった。
耐性が高いという設定なのだ。
「しかしなんだこれは? そのうち乾くか」
壺の中に入った液体を浴びてしまったブラックイーグル公爵だが、少し濡れた程度で影響はないと判断したようだ。
唯一の懸念であった着火の可能性もなく、『ウィークン』重ね掛けの影響も気にせず、前衛に攻撃を仕掛けてきた。
「ビックス! シリル! 今だ!」
「「おおっ!」」
ブラックイーグル公爵の狙いは俺だけだ。
プラチナナイトと違って、奴は単純な性格をしている。
見事なまでに俺しか狙わず、だからこそシリルとビックスも阻止することが容易かった。
ただ、ステータス万能薬とプラチナナイト撃破で手に入った経験値を用いてのレベルアップがあってなお、二人はブラックイーグル公爵の攻撃を受けて大ダメージを受けてしまった。
悪いが、二人には耐えてもらうしかない。
俺は躊躇なく、二人に傷薬(大)を振りかけた。
二人の傷はすぐに全快する。
なお、その間にも裕子姉ちゃんによる『ウィークン』重ね掛けと、アンナさんとエステルさんによる謎の液体が入った壺が投擲され続けた。
ブラックイーグル公爵は、完全にずぶ濡れになってしまう。
「なんなんだよ! この液体はよ!」
無色透明でただの水のようだけど、なにかが違うのは感じているようだ。
着火しやすい液体で、自分を火達磨にするつもりかと疑っていたようだが、この液体に火などかけても無意味だ。
狙いはまだそこじゃない。
「次!」
「「はいっ!」」
ブラックイーグル公爵は、頑ななまでに俺しか狙わない。
実はゲームでも、ブラックイーグル公爵は標的と定めた一人しか攻撃しないのだ。
そのプレイキャラが戦闘不能になると、ようやく標的を変える。
この世界でも、一度標的と定めた俺しか狙わないわけだ。
ただゲームと違って、ビックスとシリルがその攻撃を防いでくれていた。
奴は強いので一撃で大ダメージを受けるが、俺は惜しみなく傷薬(大)を使って二人を回復させていく。
品質がAかSなので、一人に一個ふりかければほぼ全快してしまう。
同時に金も……自分で作っているからそこまででもないのか。
「与えているダメージが減った?」
それは当然であろう。
『ウィークン』の重ね掛けを食らっているのだから。
ゲームでも、ブラックイーグル公爵は『ウィークン』の重ね掛けにとても弱かった。
そして、ついに状況が大きく動いた。
「あれ? 段々と動きが……翼が動かせない! なぜただの水がこんなにも……俺の羽が固まっているぞ!」
「『硬直液』の効果はなかなかのものだろう?」
俺が、アンナさんとエステルさんに壺ごと投げさせていたもの。
それは、『硬直液』と呼ばれる戦闘用アイテムであった。
二種類の液体を二ターンで投げつけると、液体が凝固して同時にモンスターの関節や体毛を固めてしまう……のだが、実はこのアイテムはボス戦ではブラックイーグル公爵以外には役に立たなかった。
飛行系モンスターには絶大な効果があったが、何分使いにくいのだ。
普通に攻撃するか、攻撃魔法を使えば倒せるモンスターを、わざわざ二ターン使って液体の入った壺を投擲、そのあと攻撃する手間を考えれば……使う意味がないというわけだ。
しかもボスモンスターの場合、効果がない奴が大半であった。
特にプラチナナイトみたいな、無機物に生命体が宿っているようなタイプ。
ああいうのには、まったく効果がなかった。
関節部分に隙間があるのに、なぜか動くのだから当然か。
だがブラックイーグル公爵は、可哀想なことに鳥型のモンスターであった。
翼と羽に硬直液が纏わりついて固まれば、まず飛行することができなくなる。
動きもかなり抑えらえてしまうのだ。
ゲームだと、こうなったあと敏捷と攻撃力にかなりのマイナス補正が入る。
ブラックイーグル公爵の攻撃は、なかなか当たらなくなり、ダメージも大幅に減少。
低レベルだと倒すのに時間がかかるが、まずボス戦で負けて死ぬことはなくなってしまうのだ。
随分と簡単な策というか……多分、ゲームバランスの設定をミスったのだと思う。
四天王クラスのボスが固められて動けなくなるなんて、普通は考えられないからだ。
「そして!」
俺はすかさず、『火炎壺』をブラックイーグル公爵の足元に投げつけた。
「どこを狙って……がぁーーー!」
ブラックイーグル公爵は、俺の狙いが外れたと思ったらしいが、ちゃんと目的は達したさ。
硬直液は、それぞれが混ざっていない状態では火などつかない。
混ざって固まり、さらに強固に硬直する途中で揮発する気体に火がつきやすいのだ。
足元で火炎壺の火柱が立てば、容易に着火してしまうほどに。
全身を炎に包まれたブラックイーグル公爵は、大きな悲鳴をあげた。
ゲームでいえば、毎ターンごとにダメージを受け続けるような状態だから当然か。
「クソォーーー!」
それにしても、さすがは魔王軍の四天王。
全身を固められ、火達磨になっても、俺に攻撃しようとするのだから。
そして、それを防ぐビックスとシリルはいまだにかなりの傷を負ってしまっていた。
「熱っ!」
「少し火傷したが、ダメージ自体は減ったな」
とはいえ、全身火達磨なのに、以前と同じ攻撃力を保てるわけがない。
ブラックイーグル公爵からの攻撃を受けた二人は少し火傷をしていたが、ダメージの総量は大分減っており、負傷にも余裕をもって対応できた。
「舐めやがって!」
炎に包まれたブラックイーグル公爵は、徐々に蓄積されるダメージのせいで羽が燃え始めた。
このままだと全身が燃え尽きてしまうだろう。
通常なら空を飛んで炎を振り払うはずだが、今は硬直液のせいで翼が動かず、懸命にもがいていた。
ただ体もよく動かないので、徐々に体の奥まで燃えてきたようだ。
「最後の仕上げだ!」
「「了解!」」
俺の合図で、アンナさんとエステルさんはさらに硬直液の入った壺を複数ブラックイーグル公爵に投げつけた。
割れた壺から漏れた硬直液がブラックイーグル公爵の体を覆い、追加で揮発した気体が炎上、さらに体の表面が固まって余計に動きが鈍くなった。
「ここで、『パワーアップ』に『スピードアップ』よ! さらに重ね掛け!」
裕子姉ちゃんは、ビックスとシリルに力と敏捷が増える魔法を何度かかけ、その間に俺は二人に収納カバンから取り出したチタンの槍を渡した。
「トドメだ!」
「「おおっ!」」
「『パワーアップ』、『スピードアップ』、『パワーアップ』、『スピードアップ』、『パワーアップ』、『スピードアップ』……補給しましょう……『パワーアップ』、『スピードアップ』、『パワーアップ』、『スピードアップ』」
「それ以上はやめろぉーーー!」
「やめろと言われてやめる奴がいるものか。覚悟しな! ブラックイーグル公爵!」
「これで終わりだ!」
「魔王四天王の俺が、こんなところでぇーーー!」
魔法で能力を落とされ、硬直液のせいで飛べず、全身火達磨、大火傷で動きも鈍ったブラックイーグル公爵に、裕子姉ちゃんが魔力ポーションを飲みながら連続掛けした『補助魔法』のおかげで能力が爆発的に上がったビックスとシリルによる攻撃を防ぐ手立ては存在しなかった。
その腹部にチタンの槍が深く突き刺さり、ブラックイーグル公爵は金切り声のような悲鳴をあげながら絶命、虹色に輝く最高品質の魔石と大量の羽と羽毛を残し、そのまま消滅してしまうのであった。
「おおっ! やりましたな! 錬金術師殿」
「我らも負けるな!」
ブラックイーグル公爵が倒されたあとは、出動していた冒険者有志、ホルト王国軍により、生き残っていたデスバットたちが次々と倒され、少数の犠牲者は出たが、魔王軍四天王の一人と彼が率いていた精鋭部隊を全滅させることに成功したのであった。