第六十二話 可愛い義妹
「初めまして、お義兄様。私はセーラと申します」
「アーノルドです、よろしく」
なるほど。
これは裕子姉ちゃんの言ったとおりだな。
久々に実家に戻ったら、いつのまにか義妹ができていた。
そして俺を、嬉しそうにお義兄様と呼ぶ少女の名がセーラという偶然。
以前、裕子姉ちゃんが俺に力説していた女性向け恋愛シミュレーションゲーム『ドキッ! 君の瞳に乾杯しつつ、ツマミにスルメとかは止めてよね!』の主人公の名と同じであった。
艶やかな黒い髪に、セーラも主人公なので美少女だな。
ローザはゴージャス系の美人になるらしいけど……今もゴージャス系美少女ではあるか。
ゲームと違ってドリルヘアーにはしていないし、学校や錬金工房ではローブ姿だからそこまでゴージャスに見えないけど……。
一方セーラは、純朴で儚げな感じのする美少女だな。
こういう女性を守ってあげたくなる世の男性たちは、かなり多いのではないだろうか。
「父が戦で亡くなり、ラーベ子爵家が改易となったところをお義父様に助けていただきました。感謝の言葉もありません」
「お父上が。ご冥福をお祈りします」
ねえ。
こういう時、俺はなにを言えばいいんだ?
よりにもよって、魔王軍への情報漏洩の咎で改易されたラーベ子爵の娘が、ゲームの主人公であるセーラだったとは。
彼女は俺にも引き取ってもらったお礼を言っているが、よくよく考えたらラーベ子爵家改易の原因が俺にまったくないとは言えない。
俺が戦死したラーベ子爵家を庇えば、もしかしたらラーベ子爵家の改易は避けられたかもしれないからだ。
「(もしや、俺は恨まれている?)」
裕子姉ちゃん、ゲームの主人公であるセーラの家名がラーベなのを忘れたのか?
先に教えてくれればよかったのに……。
「よく戻ったな、アーノルド」
「父上、ただいま戻りました」
大切な用事とは、セーラを我が家に引き取ったことか……。
しかも正式に養女にしてしまうとは……アーノルドはセーラの『兄的ポジション』なだけで、で正式な義兄妹ではないはずなのに……。
裕子姉ちゃんの知識と大分違うな。
もしかして、俺が派遣軍にチタンとアルミの武具を供給した時点で、未来が色々と変わってしまったとか?
とにかく、情報を集めなければ。
「セーラ、お義父さんはちょっとアーノルドとお仕事の話があるんだ。二人だけにしてくれないかな?」
「わかりました」
「セーラはいい子だな」
セーラが俺たちの下を辞すと、父は自分の書斎に俺を案内した。
書斎で話すということは、秘密の話というわけか。
「アーノルドはまだ十歳だが、すでに大人以上の活躍をしている。だから正直にすべてを話そう……」
父は俺に、デラージュ公爵との密談の内容をすべて話してくれた。
理不尽ながらも、色々な事情が重なってラーベ子爵家を改易しなければならなかったこと。
彼女の父ラーベ子爵は父の恩人であり、だから彼女を引き取ることにしたこと。
正式に養子にしたのは、今後ラーベの家名を名乗ることで、彼女に不都合が出ないようにするためだということ。
セーラには、貴族に嫁いで普通に幸せになってほしいこと。
ラーベ子爵家の復興は、将来の状況次第だということ。
以上の話を、俺は父から聞いた。
「構わないよな? アーノルド」
「別に反対はしませんが、僕は彼女に恨まれているのでは?」
ラーベ子爵家が改易になったのは。戦死した彼の死体がアンデッド公爵によって確保され、アンデッドにされた挙句、俺のことを喋ってしまったからだ。
今後俺は魔王軍の標的となるだろうし、実は軍部は俺の錬金工房が傷薬、毒消し草などの大量生産を始めたので、それをかなりあてにしているというものもあった。
派遣軍への補給は、それぞれの国の責任であった。
現地で調達しようにも、バルト王国が国土のかなりの部分を魔王軍に占領され、多くの難民の抱えて財政的にも、食糧事情的にも、治安的にも詰んでいる状態だ。
買い取れる食料や錬金物がないわけだ。
各国がそれぞれに本国から運ぶしかないのだが、武具と錬金物はかなり不足気味らしい。
その改善に貢献し始めた俺の情報を魔王軍に流してしまったラーベ子爵は、むしろ同じ軍人たちからこそ責任を追及されていた。
先日の大会戦は大勝利だったので、そこで唯一貴族なのに討ち死にしてしまったのも不幸だったかもしれない。
これまでの、名将としての評価が地に落ちてしまったからだ。
「僕は、セーラさんに恨まれているような気がしてならないのです」
となると、俺は実家に戻らない方がいいかもしれない。
セーラを我が家で庇護するのは賛成だ。
彼女の面倒を見れないほどお金に困っていないし、これはラーベ子爵家に配慮できなかった俺の責任でもあるからだ。
だが、恨まれているのに一緒にいても、お互いが辛いだけだと思うのだ。
どうせ俺は錬金学校を卒業するまで……いや、学園もそうか。
王都で暮らさなければいけない以上、暫く実家に戻らない方がいいかもしれない。
「それなんだが、セーラはお前を恨んでいないぞ。むしろ、今日お前に会うのを楽しみにしていたぞ」
「どうしてですか?」
わけがわからん。
普通、俺は恨まれるよね?
「本人から本音を聞いてみたらどうだ? いつまでもお互いにモヤモヤしたものを抱え込んでいても仕方があるまい」
「そうですね」
俺は父の勧めに従い、彼女に正直な気持ちを聞いてみることにした。
ちょうどオヤツの時間だったので、お茶を飲みながらセーラの話を聞く。
「お父さんが亡くなる少し前、休暇を取って家に戻ってきたんです。その時、父はお義兄様をとても褒めていました。感謝もしていました」
「僕は、戦場に出たわけじゃないんだけど……」
十歳だから当たり前と言われればそれまでだが……。
「でも、お義兄様が多くの兵士の人たちに優れた武具を用意してくれました。父はよく言っていました。毎日多くの部下たちが魔王軍との戦いで死んでいく。ああ、せめてもう少しいい装備があったら、彼らを死なせずに済んだのに……と。試作品のチタンとアルミの武具を自分で試して、これなら死ぬ兵士が減るって。これを発明したお義兄様は凄いって言っていました。父が戦死したのは辛いけど、でも父はお義兄様に感謝していたから。私は、お義兄様を恨んでなんていませんよ」
「そう言ってもらえると、僕も胸の閊えが取れた気分だ」
「よかったですね、お義兄様」
この子、とてもいい子じゃないか。
それはゲームの主人公になるし、イケメン王子や貴族の子弟たちが攻略可能になるわけだわ。
「アーノルド、今日は泊まっていくのだろう?」
「はい。学校の試験も終わりましたし、夏休みは錬金工房が忙しくなるので、その前に顔を出したのです」
「お義兄様はとても優れた錬金術師で、みんなが色々と作ってほしいと押し寄せていると聞きました」
「なかなか依頼を捌けなくてね」
あの大勝以降、派遣軍の標準装備がチタンとアルミの装備に完全に切り替わった。
他国からの引き合いが多く、俺はチタンとアルミの錬金でも忙しかったのだ。
これに加えて、派遣軍向けの傷薬、毒消し薬、魔力回復ポーションの需要も多く、これの増産に、うちの錬金工房には品質がAとSの品ばかりだ。
多くのお客さんが押し寄せていて、夏休みが全然夏休みではなくなっていた。
シリルたちは、錬金の練習になるので構わないと言っていたけど。
ただ順番に休暇を取ってもらい、さすがに夏休み中に一週間ほどの長期休暇は確保する予定であった。
俺たちが疲労で倒れてしまえば、余計に生産量が落ちてしまう。
そのくらいの休みは必要だろう。
「お義兄様は私と同じ年なのに、やっぱり凄いです」
俺はセーラよりも数ヵ月早く生まれているので、お義兄様というわけだ。
しかしローザとはタイプが違うとはいえ、美少女に褒められるのは悪くないな。
「お義兄様、今度遊びに行ってもいいですか?」
「勿論だとも」
いやあ、俺は思うんだよね。
きっとこの世界はゲームとは違う部分もあるから、ローザがセーラのせいで没落するなんてことはないのではないかと。
それに、きっとセーラもお父さんを亡くしたばかりで辛いはずなんだ。
ここは俺が、『お義兄様』として彼女をフォローしていかなければ。
アーノルドの中身は、もういい大人なのだから。
「お義兄様、必ず遊びに行きますね」
「待ってるよぉ」
セーラと食事を共にし、一緒にゲームなどで遊んだ翌朝。
俺は王都の家に戻るべく屋敷を出た。
そんな俺の姿が見えなくなるまで手を振るセーラ。
この子はもの凄くいい子で、ローザが没落する心配はない。
そう確信しながら、王都へと戻っていく俺であった。