第六十話 ついにか?
「わざわざ呼び出してすまぬな、ホッフェンハイム子爵」
「いえ、お気になさらずに」
「貴殿の大切な跡取り、アーノルド君が大変な目に遭ったというのに済まないと思っているのだ」
「それが、本人は意外とケロっとしておりまして……」
「剛毅な性格なのか? それとも生き残れる自信があったのか?」
「詳細な事情を聞きましたが、時間稼ぎに徹していたので、貴族としては威張れる話でもないと」
「大したものだ。ローザの婿に相応しいというもの」
「お褒めいただき光栄に思います。それでご用件とは?」
「ラーベ子爵家だが、これは改易しなければ多くの貴族たちが納得しないであろう」
「そうですか……」
「恩があったと聞くが」
「はい。私はご覧のとおり、腕っ節はその辺の子供にも負けてしまうほどです。初陣の時、ラーベ子爵……当時はまだ子爵公子でしたが、助けてもらいました。できれば改易は阻止したいのですが……」
「それは難しかろう。情報漏洩の件が漏れてしまったのだ」
「しかし、殺されてアンデッドにされた者から、これまで情報などいくらでも漏れていますが……」
「これまでの事例では、明確な我が国の不利益がわかりにくかった。勿論これまで不利益がなかったわけでないが……マカー大陸で討ち死にする貴族など定期的に発生するわけで、多少戦況が不利になったとしても、彼らの情報が原因なのか決定的な証拠もなかったというわけだ。だが、今回はラーベ子爵からアーノルド君の情報が魔王軍に漏れたことは明白。さらに先日の大会戦で、彼がレシピを開発したチタンとアルミ製の武具の大量配備が勝因となったことも魔王軍に知られてしまった。
彼を狙ったモンスターは、魔王軍四天王の次席プラチナナイトだったそうだ。あきらかにアーノルド君が魔王軍の脅威となると感じ、とてつもない刺客を送ってきたとしか思えない。その原因を作ったラーベ子爵はすでに討ち死にしており、爵位を取り上げるしかないという結論になりそうだ。処分ナシでは、死に物狂いで戦った派遣軍の他の貴族たちと軍部が納得せぬよ」
「そうですか……」
「チタンとアルミの件で、先に錬金学校と軍部と揉めた話は聞いている。だが、軍部の連中も必死だったのだ。もしマカー大陸から人間が叩き出されれば、次の標的はホルト王国かもしれない。それを防ぐのに貢献したアーノルド君に恩義を感じている」
「しかしながら、ラーベ子爵も軍人です」
「身内なればこそかもな……私も軍人とは言い難い。彼らの流儀に口を挟みにくいのだ」
確かに、デラージュ公爵のおっしゃるとおりだ。
私は、アーノルドの件で彼に呼び出された。
なんでも軍部では、先日の魔王軍との大会戦でホルト王国貴族として唯一戦死してしまったラーベ子爵を改易する話が進んでいるそうだ。
ただラーベ子爵が戦死しただけなら、当然改易などされない。
むしろ名誉の討ち死にと評価されるはずだった。
それに討ち死にはしてしまったが、先日の大会戦におけるラーベ子爵の功績は大きいと聞いた。
撤退する魔王軍に最初の楔を打ち込み、敗走させて味方の追撃を有利にさせたのは彼だったからだ。
あそこで多数の魔王軍を討ち取っていなければ、魔王軍を行動不能にはできなかったし、城塞都市の奪還も困難だったはず。
だが、彼の死体が魔王軍によって奪われ、魔王軍四天王の三席『アンデッド公爵』によりアンデッドにされ、色々と情報を漏らしたことが判明したのがよくなかった。
アンデッドにされた味方が情報を漏らすなど、マカー大陸に軍を派遣している国ならどこでも経験していることだが、これまでにその件で罰せられた者などいない。
そんなことをしたらおちおち戦死もできず、派遣軍の士気が落ちてしまうからだ。
今回、ラーベ子爵は運が悪かった。
まず、先日の大会戦で討ち死にした我が国の貴族はラーベ子爵だけだった。
そのあとすぐ、アーノルドがプラチナナイトに襲われたため、情報を漏らしたのがラーベ子爵だと確定されてしまったのだ。
兵、将校程度では、チタン、アルミ製の武具の供給でアーノルドが主導的な役割を果たしたなどという機密情報を知りようがないからだ。
結果、この件ではラーベ子爵を処罰をした方がいいという意見に傾き、陛下もデラージュ公爵もそれを防ぐことができなかった。
一子爵を救うために、大勢の貴族を敵に回すわけにいかない。
いくら王とて、貴族がいなければ国の統治などできないのだから。
「確か、ラーベ子爵には……」
「娘さんがいます」
ラーベ子爵は愛妻家だった。
病死した奥さんと仲睦まじく、彼女の死後も再婚をしていなかったのだ。
貴族としては珍しいことではあるが、彼はここ数年派遣軍で活躍していた。
定期的に娘さんに会いに戻る以外は、マカー大陸でずっと戦っていたのだ。
ホルト王国軍マカー大陸派遣軍内において、ラーベ子爵の武勇は他国にも知れ渡っており、そんな彼を改易……改易かぁ……。
「せめて男爵に爵位を落とすとか……」
「私と陛下もその方針を模索したのだが、軍部の怒りが酷いのだ」
「これまで、ラーベ子爵の活躍に頼っていたくせに……」
確かに、派遣軍はいつも魔王軍相手に押されていた。
それでも犠牲を最低限とし、戦線が崩壊していないのは、前線で戦っていたラーベ子爵のおかげだというのに……。
討ち死にしたら手の平を返すのか……。
「人間とは、都合のいい情報しか見ない生き物なのだ。『ラーベ子爵の奮闘で、これまで負けなかった』よりも『アーノルドが供給した武具のおかげで勝てた』の方が大きいというわけだ。なにより悪いのが、アーノルド君は武具の供給はしたが戦ってはいない点だ。命がけで戦ったのは派遣軍の者たちだ。自分たちもアーノルド君並に頑張った。そう思っているからこそ、こんな時に唯一討ち死にしてしまったラーベ子爵は余計に悪く見られてしまう。これまでの、彼の活躍に対する嫉妬もあるのであろうな。実際に咎がある以上、陛下としてもラーベ子爵を処罰せねばならない。ここで助けると、他の事例で悪事を働いた貴族が生き残ってしまうのでな」
「わかりました。では一つお願いが」
「娘さんのことか?」
「はい。彼女まで見捨てたら、私は忘恩の徒となってしまいます。彼女を養女として学園にも通わせ、どこかの貴族に嫁がせたく思います」
今の私にできることといえば、それくらいしかない。
ラーベ子爵の娘さんを路頭に迷わせない。
それが私の絶対に譲れない線であった。
幸い、うちには余裕がある。
私は必要ないと言っているのに、アーノルドが毎月多額のお金を仕送りしてくれるからだ。
「そうだな。それしかない。ところで、ラーベ子爵の娘さんはいくつなのだ?」
「アーノルドとローザ様と同じ年です」
「そうか……学園に入学するまであと五年。悪評が消えてくれるといいがな」
五年は長い。
人の噂も七十五日というので大丈夫だとは思うが……。
アーノルドがいるから大丈夫かな?
「というわけでして、彼女を引き取りたく思います」
「わかった。はあ……ラーベ子爵家が将来復興できればいいのだが……」
「そうですね」
とはいえ、一度失った爵位と家名を取り戻すのは難しい。
せめてラーベ子爵の娘さんが、いい家に嫁げるように私は骨を折ろうと思う。
それがラーベ子爵にできる、私の唯一の恩返しなのだから。