表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/107

第五十六話 英雄? 

「残念、不合格です」


「クソッ! 駄目だったか!」


「俺も駄目だ」


「採用試験は毎月行われておりますので、何回受けてもらっても問題ないです」


「わかった。次こそは!」


「俺も次こそは!」



 俺がオープンさせたホッフェンハイム工房は、毎日多くのお客さんが詰めかけ、売り上げも利益も十分に確保できていた。

 当然ここに入って経験と経歴を稼ごうとする学生は沢山出てくるわけだ。

 そこで俺は、採用試験の内容を校内の掲示板で公開していた。

 採用試験も毎月開催し、錬金学校の生徒なら何度受けても構わないと通達を出している。

 公表されている試験をクリアーすれば合格。

 できなければ不合格。

 まさに錬金術師は、実力本位というわけだ。

 この方法にしたら、あまり大きなトラブルは起きなくなった。

 最初は貴族の子弟が、『同じ貴族なのだから』という理由で無理やり入れろと言ってきて大変だった。

 あれだけレブラント校長が、錬金術は実力本位で身分は関係ないと言っているのに、それを理解できない……そんなことを言う奴に理解できるわけはないか。

 正攻法で学生が経営する錬金工房に入れないから、コネを利用しようと思いついたわけだ。

 コネというほど、俺はその貴族出身の学生と親しくはなかったわけだが。


「今回も合格者は出ずですか……」


 やはりトラブルを防ぐため、採用試験につき合ってくれたシルビア先生が、これまで一人も合格者が出ていない事実を嘆くでもなく、こんなものかという感じで呟いていた。


「厳し過ぎますかね? 採用試験の条件」


「他の学生が経営する錬金工房よりも厳しいですが、問題はないと考えます」


「そうですか」


「学生が経営する錬金工房の質は、それぞれまったく違います。求められる人材のレベルがまるで違い、その工房で黒字が出せる働き方ができるのなら採用されますし、できなければ不採用です」


 多分、傷薬(小)とか、比較的簡単に作れるものだけを取り扱う錬金工房なら、今日の採用希望者たちのかなりの人数が合格していたはずだ。

 だが、俺の工房で求められる基準はかなり高い。

 その分報酬もいいし、学生時代にうちで働いていたという経歴は卒業後にも大いに役に立つはずだ。

 だから希望者が殺到……というほど殺到はしていないか。

 それには理由があるのだが……。


「みんな一年生ですからね。多分、来年の後半くらいにならないと、合格者は出ないと思います。そんなものです」


 一年生が学校から錬金工房を経営する許可を貰えるなど、そう滅多にある話ではない。

 それにいくら錬金術師が実力本位とはいえ、一年生の、それもわずか十歳の子供に使われるのが嫌な学生が大半のはず。

 だから、うちの採用試験にはほぼ一年生しか来なかった。

 うちでは合格できなくても、他の学生が経営する錬金工房なら合格できる成績優秀者も存在するからだ。

 うちの採用基準だと、一年生で合格するのは難しいからなぁ。

 シリルたちは、二年生になれば錬金工房を経営できるだけの才能があるわけだし。


「錬金術師は実力本位。それは守られていますが、やはり人間とは感情を持つ生き物なのです。わずか十歳のアーノルド君に使われることに抵抗がないわけではない」


 上級生の錬金工房なら、特に抵抗はないわけか。

 その気持ちは理解できなくもない。


「別にいいですけどね」


 わざわざうちの錬金工房の採用試験の内容を公開し、何度でも受けられるようにしたのは、逆に十歳の子供が経営している錬金工房なので、楽して甘い汁を吸ったり、乗っ取ってしまえと思っているような輩を排除するためのものなのだから。


「人が増えませんね。アーノルド君、なにか対策は?」


「人数が増えない以上は、今いる人材の底上げですよ」


「底上げですか? 時間がかかるでしょうに」


「それは覚悟しています」


 とは言うものの、実はとっくに策は講じてあった。

 ステータス万能薬を摂取させれば基礎能力値が上がるので、この二ヵ月でみんなの基礎ステータス値は五~六は上がっていた。

 ステータス万能薬は一日に一回しか効果が出ないという、無駄に詳細な裏設定があるので、三度の食事に混ぜる方法は使えなかったが、仕事のあとの夕食に上手く混入できたからだ。

 この二ヵ月と少し。

 基礎ステータス値の成長に比例して、シリルたちも大分錬金の精度と腕前を上げていた。

 人は増えていないけど、そこまで困っていなかったのだ。


「そうですか。なにかあったら私に相談してくださいね。私は、アーノルド君の担任ですから」


「ありがとうございます。僕は錬金工房に戻りますね」


 採用試験につき合ってくれたシルビア先生にお礼を言い、俺は校内の教室を出て錬金工房に出勤するのであった。




「……おかしい……なにかが変だ」


 夜寝る前に、念のため手の甲からカードを出してステータス値を確認してみる。

 すると、すべての数値が六ずつ上がっていた。

 確かに今の俺の年齢なら、基礎ステータスは成長する。

 むしろ、しない奴の方が珍しい。

 だが、運以外がこの二ヵ月で六ずつ上がるなんてことはまずない。

 となると、やはり俺がアーノルドの錬金工房に入ったことが原因なのか。

 しかし、いくらアーノルドの錬金工房での仕事のレベルが高く、いい経験を積めたとしても、知力と器用以外が上がるのはおかしいよな。

 たまにモンスターを一緒に倒しているが、あの頻度で力や敏捷が二ヵ月で六も上がるわけがない。

 そんなに簡単にステータスが上がったら、冒険者は誰も苦労なんてしないはずだ。

 となると、やはりアーノルドか?

 しかし、ステータスの数値を上げる錬金物なんて存在しないはずだ。

 少なくとも俺は聞いたことがない。

 ならば、能力値のタネか?

 いや、あれは一個数億シグで出回る代物だ。

 しかも、一個で一しかステータスの数字が増えない。

 アーノルドが俺たちに能力値のタネを密かに食べさせているとは考えにくかった。


「となると、もしや! あいつは英雄系の特技を持つのか?」


 噂には聞いたことがある。

 その特技を持つ者の家臣、使われている者たちのステータス値が、徐々に増えていく特技が存在するのだと。

 歴史に名を残すような英雄がそのような特技を持っていた可能性が高い……あまり人に教えないので、なかなか証拠が見つからないそうだが……。

 アーノルドはあの年齢で錬金工房を営み、すでに多くの顧客もいる。

 新しい錬金レシピを次々と開発しているし、婚約者はこの国の王様の姪だ。

 可能性はゼロでは……いや、ここで大騒ぎをしては駄目だ。

 アーノルドほどの才能が潰されてしまう。

 それに、あいつは悪いやつじゃない。

 少し年が離れているが、いい友達だしな。

 ステータス値が増えていくことだって、なんら不都合はない。

 むしろメリットしかないのだから。

 このまま卒業するまでアーノルドの錬金工房で働いて、卒業後に独立するのがいいな。

 隣に妹が経営する食堂も開こう。

 姉貴もいつまで冒険者ができるかわからないので、働く場所があった方がいい。

 結婚して、妹の食堂で働くという手もあるか。

 ならば俺は、アーノルドの秘密を守ることこそがなによりも大切になってくるというわけか。

 アンナとエステルもわかっているとは思うが、わかっていなかったら密かに忠告しないとな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 死ぬほど不味い薬を飲んでステータスを上げるよりも 美味しい料理に混ぜても気が付かれない薬でステータスを上げた方が楽だったのでは? 前者のほうが効果が早く得られるのは確かでしょうが そこ…
[良い点] 英雄系の特技、そんなものもあるんですね。 その正体がステータス万能薬だったりして…… [気になる点] 試験を学校でしていることは『俺は校内の教室を出て』でわかるのですが、このお話の冒頭で『…
[一言] まぁ、そらそんな頻度で上げたらバレるよな コインで表が出ることは別に珍しくないとは言っても、10回連続で表が出れば異常だし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ