第五十五話 オープン初日
「弘樹」
「なに? 裕子姉ちゃん」
「ゲーム、違くない? 別にいいけど」
「そこは、ゲームとリアルには大きな差があるってことで」
「それもそうね」
「おーーーい、二人とも! 開店前から凄いお客さんだぞ!」
「本当に?」
「沢山並んでるぞ」
錬金工房と、作られた錬金物を販売するお店のオープンの初日となった。
裕子姉ちゃんが俺にこっそりと、この世界の設定がゲームと違うのではないかと言っているが、ここはゲームっぽい世界ではあるけど、現実である。
必ずしもゲームのようにはいかないし、裕子姉ちゃんが好きなゲームと、俺の好きなRPGの世界が混じったような世界だから、これはもう対策だけは怠らずに臨機応変にやるしかない。
もしローザが没落しても、錬金術があれば他国でも十分に食べて行けるのだから。
「本当だ。もの凄いお客さんの数」
放課後から日暮れまでしか錬金できないのに、これだと商品が足りないかも。
「これは、店番をレミーとリルルとビックスに任せて、みんなで錬金を続けよう」
大変だけど、ある程度商品を確保しなければ。
シリルたちには、成果報酬を出せばいいだろう。
「それでいいぜ。元々俺たちがこの工房に入ったのは、ここなら沢山錬金できるからだ」
「錬金術師は、錬金してナンボなのよ」
「沢山錬金すればするほど、上手になるから」
ゲームだと熟練度という表示になるのだけど、別にゲームじゃなくても、錬金はやればやるほど手馴れて失敗が減り、品質の平均も上がっていく。
在学中に学校から錬金工房の経営許可が出ると、そこで働きたいという生徒たちが殺到するのが恒例行事だと、シルビア先生が教えてくれた。
学校と工房で錬金を続ければ、それだけ上達が早くなるからだ。
手馴れることが、特技や数値と同じく錬金物の良し悪しに直結するわけだ。
ぶっちゃけ錬金術師は、傷薬(小)品質Eを失敗ナシで量産できれば、かなり裕福な暮らしができるからなぁ……。
他の錬金物への挑戦とか、新しい錬金レシピの開発とか、そういうのをすべて捨て去るという条件はあるけど。
これまで作れなかったものが作れるようになる。
新たなレシピを発見して、世間から評価されたい。
錬金術師としての本能だろう。
そこまで割り切れる錬金術師は滅多にいなかったけど。
錬金術師を志す以上、そういう手堅いというか保守的すぎる人は、元々向かないってのもあるからなぁ……。
「失敗しちゃった!」
「エステルさん、焦らなくてもいいよ」
五人で作れるだけ作って販売し、売り切れたらそれで終わり。
それ以上はキャパがパンクしてしまうので、作れる分は作るけど、あとはもう仕方がないだろう。
「どうだ? アーノルド。傷薬(小)だが」
「Cだね」
「お前、よくわかるな」
「だって、何度も作ってきたからね」
錬金された傷薬を『鑑定』して品質を特定するのは俺の仕事だ。
シリルには作り慣れていてよく見ているからと言っているが、実はただ『鑑定』しているだけという。
もしかしたら、俺が『鑑定』持ちだと気がつかれているかもしれないが、あまり他人の特技を深く詮索したり、ましてや他人に教えるのはタブーとされていて、実際間違ってもいないので、シリルも深くは詮索してこなかった。
「俺たち、大分傷薬(小)の錬金にも慣れてきたが、成功率の上昇が止まってきたな」
「そうね……今の時点だと、自分で錬金工房を開くのは難しいかも」
「まだまだ時間がかかるね」
学校での実習や、他人に雇われるのとは違って、自分で錬金工房を開くと成功率はとても重要になる。
たとえ傷薬(大)が作れても、十回に一回しか成功できなければ、作れば作るほど赤字なので経営的に難しくなってしまう。
傷薬(小)だけ作って黒字を稼ぎ、それを使って傷薬(大)の錬金成功率を上げていく、みたいな経営指針が必要となっていくのだ。
それができず、破産する錬金術師もいるけど。
つまり、錬金の腕と経営の才能が必ずしも並立できる保障はないというわけだ。
「慣れるまで作るしかないんじゃないのかしら?」
「そうだよね、ローザさん」
熟練度に関しては、実際に錬金を繰り返すしか上げる方法がない。
となると、密かに実験していたアレで従業員たちの底上げが必要かな?
「アーノルド様、もう店仕舞いにします」
レミーからの提案を受け入れ、早めに店仕舞いとした。
どうせ売る商品もないからな。
「そうだね。キリがないし、明日以降もあるから」
俺の『ホッフェンハイム錬金工房』はオープン初日から大盛況で、商品が売り切れてしまったため、早仕舞いとなったのだ。
「アーノルド君の作る傷薬(小)の品質AとS。これが特に人気なのよね。下手な傷薬(中)よりも効果があるし、原材料費が抑えられている分、価格も抑えめで使い勝手がいいから」
アンナさんによると、俺の作る傷薬(小)はコスパがいいので、中堅の冒険者たちに大人気なのだそうだ。
「魔力回復ポーション、毒消し薬や他の錬金物も、品質AやSが必ず並ぶしね。商人も仕入れに来ているわよ」
品質A、Sは、あまり市場に出回らないからなぁ……。
ステータスの器用と知力が高く、『純化』と『錬金術』の特技を持ち、作り慣れている。
シャドウクエストのシステムを上手く利用した俺だからこそ、ほぼ品質AとSの錬金物が作れるんだけど。
「そのうち生産量を増やさないと駄目か。レミーが夕食を作ったから食べて帰ってよ。いわゆる賄だね」
「悪いな」
「助かるぅ」
「これから作るの面倒だものね」
俺は、シリルたちを夕食に誘った。
俺の錬金工房はオープン初日から大忙しだったので、みんなもこれから忙しくなる。
自炊の時間が賄で節約できるとなれば、俺からの提案を受け入れて当然であろう。
食費も節約できるし。
「このシチュー、変わった味だけど美味しいな」
「初めて食べる味……あれ? これはどこかで?」
「ミソを使ったシチューだね」
今夜の賄は、俺が錬金した味噌を用いたシチューであった。
味噌は旨味が多いので、どのような料理にも合わせやすい。
レミーに作ってといったら、プロ並の料理の腕前を持つ彼女が上手く調理してくれたのだ。
そして、このシチューにはもう一つ仕掛けがあった。
「(ちゃらららっちゃらーーー、ステータス万能薬)」
シャドウクエストにおいて、基礎ステータスを上げるアイテムは、前に俺が実際に作って使用したものが有名……シャドウクエストはマイナーゲームだからなぁ……有名とは言い難いかも……。
とにかく、体力上昇青汁、糞の知力増強剤、豆な行動薬、最後の力、快速の羽、は沢山作った。
ただ、これを他人に用いるのはどうかと思うのだ。
こんなアイテムが世間に出回ったら、某少年週刊漫画のパワーインフレどころの話ではないからな。
俺と裕子姉ちゃんの優位がなくなり……裕子姉ちゃんが没落する可能性を考慮すると、他人には使わない方がいいか。
とはいえ、今の俺たちが不確定な未来……本当に恋愛シミュレーション的な感じになるのか?……のために、味方は増やしておいた方がいい。
あと、僕は知ってるよ。
どんな世界でも、お金があれば大抵のトラブルは回避できるって。
そこで、密かに食事の中に錬金しておいたステータス万能薬を混ぜておいた。
他の基礎ステータス上昇用アイテムは、単独で摂取しなければ効果がない。
だがこのステータス万能薬は、一度に必要摂取量がとれていればなにかに混ぜても効果があった。
飲料や食事に混ぜられて、しかも無味無臭なのだ。
その代わり、体力上昇青汁、糞の知力増強剤、豆な行動薬、最後の力、快速の羽で使う材料すべてで錬金して、上昇率は各ステータスが0.1ずつしか上がらないという微妙なものであったが。
ゲームでも作れるけど、効率を考えたら基礎ステータスが一上がるものを錬金した方が得なので、お試し以外では誰も作る人はいなかった。
しかも、基礎ステータスは小数点表示されない。
ステータス万能薬を最低でも十回摂取しなければ、基礎ステータスは一上がらないのだ。
実際には0.1ずつ上がっているけど、自分でも確認できないクソ仕様。
それが、シャドウクエストというゲームである。
ただ、この世界では使い道がある。
みんなに、ステータス万能薬を混ぜた食事を賄いとして提供する。
さすれば、徐々にみんな基礎ステータスが上がっていくという。
十回食事をとらないと基礎ステータスの上昇が確認できないところもいいな。
レミー以外は若いので、みんな自然にステータスが成長したと思うであろう。
若い頃は、レベルアップしなくても基礎ステータスは多かれ少なかれ、みんな上がるものなのだから。
「ビックスとリルルとレミーも、あとで食べるといいよ」
「ありがとうございます、アーノルド様」
これで、俺の家臣であるビックスたちも、錬金工房の貴重な戦力であり、年上の友人たちも上手く強化できる。
見ていろよ。
必ずや俺は、主人公補正に負けず、この世界で錬金術師としての名声を生かして上手に生き抜いてやるのだから。
将来、裕子姉ちゃんの言うとおり、ゲームの主人公が敵になる可能性は……俺は大丈夫だよな?
裕子姉ちゃんについては、未確定な部分が多すぎるけど。