第五十四話 工房経営
「これまでの君の功績を考慮し、アーノルド君には工房を貸与しようと思う」
「工房ですか? 早くないですか?」
「これだけの功績があれば、文句を言う奴はいない。いい物件を紹介しよう」
五の月の下旬。
俺はまた、レブラント校長に呼び出されていた。
用事の内容は、俺に赤いローブが授与されることが決まったことと、錬金工房の経営を許可され、早速物件を推薦してくれることになったという事実であった。
「まだ前期の期末考査まで大分ありますよ」
通常は、少なくとも定期試験の結果も踏まえての、赤いローブの支給や錬金工房の経営許可だと聞いていたのに、まさか試験前に許可が出るとは思わなかった。
「君のこれまでの功績を考えれば当然だと思う。試験はほどほどに点数を取ってくれればいい」
錬金における筆記試験の重要度は微妙だ。
いくら筆記の点数がよくても、実習が全然駄目という人も多いからだ。
なによりも、錬金されたものの評価が重要というわけだ。
「別に過去に例がなかったわけではない。優れた錬金術師が、一日でも早く錬金工房を営む。それこそが、この国全体の利益になるのだから」
「わかりました」
「すぐに物件を案内させよう」
こうして俺は、錬金学校に入学してわずか二ヵ月弱ほどで自前の工房を営むことになったのであった。
「ここですよ」
「アーノルド、家に随分と近いじゃない」
「通勤も通学も便利でいいな」
「うわぁ、結構大きな錬金工房ね」
「お店もついているんですね」
毎度のことだが、俺、裕子姉ちゃん、シリル、アンナさん、エステルさんの五人は、シルビア先生の案内で空き家になっている錬金工房に到着した。
実はここが空き家なのは、俺も裕子姉ちゃんも知っていた。
なぜなら、俺の家から目と鼻の先にあって目視可能だったからだ。
「あれ? アーノルド様ではないですか。この空き家でなにを?」
「ビックスか。ここで錬金工房を営む許可をもらったんだよ」
「それは凄いですね……って! レミー様! リルル!」
ビックスは家にレミーとリルルを呼びに行き、わずか数分で二人を連れて空き家の前に戻ってきた。
「アーノルド様、ここは私の出番ですね」
家のことは大抵レミーがやってしまうので、リルルは少し不満があったようだ。
錬金工房が始まれば、自分にも仕事が増えるはずだと。
それを喜ぶなんて、リルルは真面目だよな。
俺なら、仕事が減った方が嬉しいのに。
「道具の類は残っているんだな。シルビア先生、どうしてですか?」
シリルが、錬金工房に多くの設備や道具が残っている理由を案内役であったシルビア先生に尋ねた。
普通なら、錬金工房を閉めた時に設備や道具を持ち出しているはずだからだ。
「実は、前にこの錬金工房を経営していた生徒が夜逃げをしてしまいまして……」
錬金術師としては優秀だった……錬金工房の経営許可が出ているのだから当然か……のだが、お金にだらしない性格なうえ、博打に嵌って大借金を作り、そのまま夜逃げしてしまったそうだ。
「学校にまで借金取りが押し寄せまして。結局、学校が立て替えたのです」
その結果、空き店舗に残された設備や道具の所有権は学校に移ったそうだ。
「レブラント校長はアーノルド君に色々と借りがあるというわけで、設備と道具に関しては所有権をアーノルド君に移します。物件は学校のものなので、渡せませんけど」
それはそうだ。
学校から貸与された物件で錬金工房を営めるのは、あくまでも在学中のみ。
卒業すれば、別の場所に錬金工房を移すのが決まりであった。
「在学中のみでも近いからいいけどね。で……シリルたちはどうしてついて来たの?」
「アーノルドは冷たいな。これだけの規模の工房だ。俺たちを雇えって」
「でもさぁ……」
シリルも、アンナさんも、エステルさんも、在学中に錬金工房の経営許可が確実に出る成績優秀者だ。
なにも俺に雇われなくても、自分で錬金工房をやればいいのだから。
「それは卒業後には独立を目指すが、今はアーノルドの錬金を身近で見ていた方が勉強になるからな」
「そうね。独立は卒業後でいいわね」
「アーノルド君、私たちを雇えばお得だよ」
成績優秀者三人なので、雇えれば有利……エステルさんの胸を見ていると、確かにお得に……。
「痛てっ!」
「どこ見てるのよ?」
どこを見ているかって?
それは、裕子姉ちゃんの今の体にはまだ存在しない大きな膨らみってやつさ。
「とにかく、まずは掃除ですね」
さすがは、我が家の上級メイド。
レミーがちょうどいいタイミングで、まずは長らく空き家だった錬金工房の掃除を提案した。
まったくもって正しいので、まずはみんなで掃除をすることになった。
「アーノルド、あれはなんだろうな?」
シリルは、見慣れないなにかタンクのようなものを工房の端に見つけていた。
なにかを貯蔵するタンクのように見える。
「これは……ああ。純水用のタンクだと思う」
どうやら、この錬金工房の前の経営者は、『純化』が使えたのだと思う。
『純化』した水をタンクに貯蔵し、好きな時に使っていたのであろう。
「結構頭いいんじゃないの? 前の経営者は」
裕子姉ちゃんの言うとおりで、仕事を効率化しようとしていたのは確かかな。
もしかしたら『純化』が使えない錬金術師のために、純水のタンクを設置したのかもしれない。
「でも、博打で借金を作って逃げたからねぇ……」
いくら錬金の才能があっても、錬金工房を上手く経営できなければ意味がないのだから。
「アーノルドが失敗しなければいいのよ」
大丈夫だと思う。
『博才』の特技は取ったけど、それはあくまでもこの世界で有利に生きていくためだから。
元高校生だから、ギャンブルってゲーム中でしかやったことないしね。
「早くお店をオープンできるように頑張ろう!」
「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」
人数が多いし、家事名人のレミーの指示がいいおかげであろう。
埃っぽかった錬金工房とお店の掃除は一日で終わり、それから三日ほど開店準備にかけ、俺の錬金工房は無事オープンを迎えたのであった。