第五十一話 すき焼き
「夜のうちに倒すんじゃないのね」
「夜は他のモンスターたちも狂暴化するし、下準備というものが必要だったから」
「それが、この『干し草』なわけね。干し草も錬金アイテムとはね」
「錬金で作った干し草は、草食の魔物を効率よく呼び寄せるのさ」
「ふーーーん、そうなんだ」
バラバトイの森に出現したヌゥーーーを倒すべく、翌日の早朝、俺、シリル、裕子姉ちゃんの三人は森の入り口にある巨木の根元に、昨晩寝る前に作った『干し草』を大量に撒いていた。
干し草は錬金アイテムであり、これはあちこちに生えている『柔らか草』を主原料としている。
柔らか草は草食性の動物やモンスターが好む雑草であり、栽培も容易で畜産をしているところなら自家栽培していた。
この草を材料に干し草を錬金すると、草食性のモンスターをおびき寄せられるのだ。
水牛型のモンスターであるヌゥーーーはこの干し草が大好物であり、これを撒けばヌゥーーーが寄ってくるというわけだ。
「ヌゥーーーを呼び寄せられるわけか。アーノルドは詳しいな」
「本で見たんだ」
ゲームの設定だから知っていただけで、勿論嘘だけど。
それともう一つ。
これも死に設定なのだが、シャドウクエストでは干し草を使ってヌゥーーーをおびき寄せて狩るプレイヤーが多かった。
別に獲得経験値が多いとか、貴重なアイテムをドロップするわけではないのだが、面白いアイテムをドロップするのだ。
ヌゥーーーの『霜降り肉ブロック』は貴重な食材ではある。
別に、霜降り肉ブロックがゲームクリアーに絶対必要とか、ボス戦において有効なアイテムになるわけではない。
霜降り肉イコール高価な肉というわけで、遊びで集めている人が一定数いたのだ。
料理にも使え、その場合普通のモンスターの肉を使用した料理よりも効果が高かった。
ただ戦闘中に使用するのなら、やはり傷薬や魔力回復薬の方がいいのだけど。
ましてや現実であるこの世界で、戦闘時のダメージ回復のために料理を食べるのはどうかと思う。
隙ができてモンスターに攻撃されそうだし、戦闘中に食事をとるのは面倒だからだ。
単純に食材に興味があるのと、錬金調理の素材として欲しいというのが正直な感想であった。
「私とシリルはどうするの?」
「まずは、この干し草を大木の根元に撒きます。そして俺たちは木の上で待機です」
「なるほど。餌で呼び寄せるわけね。ヌーを」
「ヌゥーーーだから」
「はいはい」
こちらからヌゥーーーを探して動くと他のモンスターと遭遇してしまうので、この方法を用いるわけだ。
ヌゥーーーは気まぐれなので、いざこちらから探すと見つからないケースもある。
そんな事情も存在した。
「ワーラビットばかりね」
「最初は仕方がないさ」
三人で大木に登って様子を見ていると、まずはワーラビットたちが集まって干し草を食べ始めた。
ワーラビットは食欲旺盛なので、干し草をアンナさんとエステルさんに手伝ってもらって大量に作ったのだ。
「来たぞ」
暫くすると、そこに巨大な水牛型のモンスターが現れ、干し草を食んでいるワーラビットたちを追い散らした。
ワーラビットたちも、本能で巨大な水牛に勝てないと思ったのであろう。
そのまますごすごと逃げ出してしまう。
自分だけになった水牛型のモンスターは、一匹でノンビリと干し草を食み始めた。
「なるほどな。それでどうやって倒すんだ?」
「そんなに複雑なことはしないでも倒せるから。ローザ、補助魔法の『ウィークン』を」
「なるほど。先に能力値を落とすのね」
ここで、裕子姉ちゃんが取得して密かに練習していた『補助魔法』の出番だ。
『補助魔法』のいいところは、それが効かないモンスターがほとんど存在しない点であろう。
当然、ヌゥーーーには効果がある。
攻撃魔法だと、そのモンスターの属性によっては効果がなかったり、あまりダメージを与えられなかったりするので、『補助魔法』でモンスターの能力値を落としてから攻撃した方が手っ取り早いし失敗しなかった。
『ウィークン』は、すべての修正ステータス値を10パーセント落とす魔法で、しかも重ねがけができる。
裕子姉ちゃんは、このまま木の上でヌゥーーーに『ウィークン』を掛け続ける役目というわけだ。
ヌゥーーーとの戦闘に参加はするが、直接は戦わない。
これが、アンナさんに言ったとんちの正体であった。
とんちというほどでもないか。
「『ウィークン』! これで二回目! でも逃げないのね……」
「そこは悲しいモンスターの本能というべきか……」
ヌゥーーーは逃走することもあるのだが、このように干し草でおびき寄せると逃げないのだ。
つまり一方的に弱体化させられてしまう。
命の危険よりも食欲。
モンスターの悲しい性であった。
「『ウィークン』! 五回目!」
「そろそろいいかな? シリル、さっき教えたとおりに。しくじらないでね」
「俺もヌゥーーーの突進に轢かれたくないからな」
「「せぇーーーの!」」
裕子姉ちゃんがかけた『ウィークン』が五回を超えたので、俺とシリルは武器を構え、木の上から一斉に飛び降りてヌゥーーーを攻撃した。
その標的はヌゥーーーの頭部であり、使用する武器は昨日使ったチタン製のツルハシであった。
これを、ヌゥーーーの脳天に振り下ろすのだ。
『ウィークン』による防御力の低下と、落下時のエネルギーも加算され、二本のチタン製ツルハシで脳天を直撃されたヌゥーーーは、一撃で消え去ってしまった。
そして、そのあとに大きな肉の塊が残った。
「肉か。脂肪分が大理石のようだな」
「これが美味いんだよ」
肉が悪くならないよう、俺は急ぎ霜降り肉を収納カバンに仕舞い、俺たちによるヌゥーーーの討伐は無事成功を収めたのであった。
「アーノルド君たちが倒したのですか? ヌゥーーーを?」
「はい」
「ですが、ヌゥーーーは中級冒険者でないと討伐が難しいモンスターですよ」
「証拠です」
朝食後、シルビア先生に俺たちがヌゥーーーを討伐した事実を報告すると、最初はそれを信じてくれなかった。
そこでドロップした霜降り肉ブロックを見せると、ようやく信じてくれたのだ。
「噂に違わぬ、美味しそうなお肉ですね。しかしどうやって?」
冒険者として実績がゼロに等しい俺たちがヌゥーーーを倒したので、シルビア先生はとても不思議に思っているようだ。
そこで俺は、ヌゥーーーを倒した方法を彼女に説明した。
「餌で呼び寄せ、ローザさんの『補助魔法』で能力値を落とし、最後に頭上からの一撃ですか。非常に合理的な作戦ですが、アーノルド君たちは学生なのです。なにかあれば私たちの責任になるところだったのを忘れないでください」
一つだけ、もし俺たちがヌゥーーーとの戦いで死ねば大問題だったので、それだけは注意されてしまった。
とはいえ、このまま安全策をとってヌゥーーーを倒せる冒険者を呼ぶまで待機ということになっていれば、それも問題になっていたはず。
ヌゥーーー討伐の成功で、今日はバラバトイの森での素材採集が可能になったことは確か。
一応釘を刺しておいて、この件は黙認するというわけだ。
「ですが……」
「ですがなんでしょうか?」
「私も講師ではあれど人の子でもあります。規則違反を見逃す以上、対価がほしいですね」
「はあ……」
そしてその日の夜。
今日は他の学生たちも無事、バラバトイの森で素材を存分に採集できた。
これで、前期期末試験に向けて十分に自習することができるはずだ。
俺たちも昨日に続き、ベクの廃坑で鉱石を沢山採取できた。
夕方になりキャンプ地に戻ってきた俺たちは、早速今朝入手した霜降り肉を食べることにしたのだが、その場にはシルビア先生も同席していた。
彼女の言う対価とは、ヌゥーーーがドロップした霜降り肉というわけだ。
「今夜はすき焼き!」
「いいわね」
せっかく霜降り肉があるので、今夜はすき焼きをつくることになった。
鍋に調味料を入れて作った割り下を入れ、用意したネギ、白菜、森で採取した食べられるキノコ、豆腐などを入れて煮ていく。
すき焼きは調理錬金するまでもないので普通に作っているが、豆腐はコマ豆と塩、純水で錬金できるので先に作っておいた。
あとは卵だが、この世界には鶏卵やモンスターの卵が普及していたが、当然生食は不可であった。
ところが、ある方法を用いると卵が生で食べられるのだ。
シャドウクエストだと、調理錬金のレシピにすき焼きがあり、その材料にある方法を用いた卵を使うという風になっていたけど。
「卵を『純化』すると、生食可の卵になるのか」
シリルが恐る恐る食べているが、『純化』ですべての細菌を取り除いてあるので、古くなければお腹を壊す心配はない。
『純化』はこんなことにも使えるので、実は結構使える特技であった。
調理錬金のレシピには『卵かけご飯』も存在し、さすがは日本人が作ったゲームの設定だと感心してしまうほどだ。
「肉、とろけるぅーーー」
「噂には聞いていたけど、これは美味しいわね」
アンナさんとエステルさんも、霜降り肉のすき焼きを堪能していた。
「これは高価な肉だ!」
「そうね!」
俺と裕子姉ちゃんも、貪るように霜降り肉を煮て食べ続けていた。
体が子供なので、成長するために必要というわけだ。
「やっぱり美味しいですね」
シルビア先生は、以前霜降り肉を食べたことがあるようだ。
この味だと、霜降り肉を絶賛していた。
「ヌゥーーーは、滅多に出現しませんからね。ドロップする霜降り肉は貴重なのです」
確かに、シャドウクエストでも滅多にエンカウントしないからな。
しかも決まった生息地もなく、ランダムで出現するモンスターなのだ。
ゲームだと無理に倒さなくてもいいかなと思うけど、この世界だと高級和牛の肉のような霜降り肉は貴重である。
また遭遇したら、是非倒しておきたいところだ。
「そういえば、アーノルド君は他にも色々と新しい錬金レシピを開発したようですね」
「ええまあ……」
クズ鉱石から作るチタンとアルミだが、これはどう権利化するか悩むところであり、これまで秘匿していた錬金レシピであった。
「その辺の相談は、通常の授業に戻ってからにしましょう」
そう言いながら、シルビア先生は大量の霜降り肉を食べてしまう。
アンナさんとエステルさんも同様で、霜降り肉ブロックはわずか一夜で半分ほどなくなってしまったのであった。
げに恐ろしきは女性の食欲。
ただ、それを口に出して平時に乱を呼ぶほど俺は無謀ではないのだけど。