第四十九話 ロックスライムとツルハシ
「ここがベクの廃坑か……」
「坑道が、まるで迷路のようだな」
「アーノルド君、シリル君。この地図をちゃんと持って行動してね。万が一はぐれた時には、その地図を使って外に出るの」
「用意がいいな。アンナさんは」
「あのねぇ……シリルが用意しなさすぎなのよ」
「ローザ、お前も同じだろうが!」
「でも、もし一人ではぐれた時にロックスライムの大群に襲われたらどうするのかしら?」
「倒すか、逃げるか。それができなければ死ぬと思うな」
「エステルさん、ぶっちゃけてますね」
「ローザさん、だってそれが事実だもの」
翌日。
遠足という名の素材採集が始まった。
俺たちは、単価が高い鉱物狙いでベクの廃坑の入り口に立っていた。
他にも、上の学年の生徒たちが、他の入り口からすでに廃坑へと入っているはずだ。
一年生でいきなり廃坑に向かったのは俺たちだけ。
普通は、ドレイク湖の水の採集から始めるのが定番らしいけど、俺たちには必要ないので省略することにした。
収納カバンの容量を、水の入った樽ではなく鉱物で満たした方がコスパがいいのだから当然だ。
「で、この武器を俺たちに貸してくれたわけか」
「見たことない金属だね」
「鋼よりも硬そう」
俺は、事前に購入しておいたツルハシの素材をチタンに置換して、それをシリルたちに貸していた。
「ロックスライムに剣を振り下ろすと効率が悪いので、このツルハシを振り下ろすんです。狙いは、核がある中心部分を狙って」
ロックスライムの体は、ゼリー状と岩石、両方の性質を兼ね備えた不思議な体をしている。
そのため、剣や槍で倒すと刃が欠けたり、最悪折れてしまうのだ。
ミスリル製の武器ならそんなこともないのだが、現時点では入手できようはずもなく、というかロックスライム相手にミスリル製の武器など使うのは勿体ない。
それよりも有効なのは、この素材をチタンに変えたツルハシというわけだ。
ゲームでも、ロックスライムと戦う時に鋼製以下の武器を使うと、毎回武器が壊れるかどうか判定が行われてしまう。
それがツルハシだと、鋼製以下でも通常の武器よりも壊れる確率は圧倒的に低く、チタン製だと絶対に壊れなかった。
鉱石集めに最適な装備、武器というわけだ。
現実だとツルハシの先の摩耗や欠けくらいはあると思うけど、それは簡単に補修できるので問題なかった。
チタンは、クズ鉱石から精製できるので問題ないというわけだ。
「ロックスライムの攻撃方法は、体当たりです。体当たりの前に体をブルブルと振るわせるので、その前にツルハシを真上から落としてください」
坑道は狭いので、まずはシリル、アンナさん、エステルさんの三人が横並びになり、出現したロックスライムを倒すことになった。
坑道を歩いて行くと、早速十匹以上のロックスライムの姿が確認できた。
「後ろのロックスライムは攻撃してこないので、自分から一番近い場所にいるロックスライムから攻撃してください」
「アーノルド、お前詳しいな」
「書物で調べたんだ」
その書物は、シャドウクエスト裏設定集という他人には言えないものだという事情があるけど。
「つまり、効率よく近くにいる奴にツルハシを振り下ろせばいいんだなっと!」
「本当だ、一撃で倒せる」
「剣や槍だと、なかなか一撃で倒せないって聞くけど」
シリル、アンナさん、エステルさんは進路上に出現したロックスライムにツルハシを振り下ろし、まるで作業のように倒しながら坑道の奥を目指した。
「ローザは、ひたすら拾い続けてくれ」
「任せて」
裕子姉ちゃんはシリルたちの分の収納カバンも肩に下げ、シリルたちが倒したロックスライムがドロップした魔石と岩を拾っていく。
岩にはハズレも多いのだが、それはあとで分別すればいい。
試しに一個鑑定したらクズ鉱石扱いだったが、アルミやチタンに精製できるから持ち帰っても問題ない。
五人パーティ扱いなのでロックスライムの経験値は頭割りになるし、集めた魔石と鉱石はあとで均等に割ればいいのだから、今はとにかく効率重視であった。
「この方法だと、簡単に廃坑の奥に行けるのね」
アンナさんは、廃坑は得られるものが多い分、ロックスライムの大群の始末が大変だという情報を得ていたようだ。
ところが予想していた以上に簡単に坑道の奥に進めるので、驚きを隠せないようであった。
この手の廃坑の決まりというか、ゲーム設定の常識とでもいうべきか、当然廃坑の奥に行けば行くほどお得な鉱石が手に入りやすかった。
同じロックスライムでも、入り口付近と奥の個体では、落とす鉱石の質に大きな差が出るのだ。
「上の学年の人たちでも、入り口付近で鉱石を集めるのが精々だから」
いくら上の学年でも、冒険者基準でいえば初級でしかない。
ロックスライムの大群の処理に苦戦し、入り口付近でドロップアイテムを集めるのが限界というのが現状であった。
「おっ、やはり坑道の奥だな」
もう一つ、ここは廃坑とはいえ、完全に鉱物がなくなったわけではない。
錬金術師が個人的に使える量の鉱物はまだ残っていた。
廃坑とは言っても、埋蔵量が商業ベースに乗らないという理由で閉鎖されたのだから。
だが、入り口付近の残存鉱石はすでに取り尽くされており、やはり美味しい思いをできるのは廃坑の奥というわけだ。
坑道の岩壁を『鑑定』すると、あちこちに鉱石の反応があった。
ゲームの設定を引きずっているからであろうか?
俺がチタン製のツルハシを使って鉱石を採集すると、すべてその大きさは拳大くらいであった。
「これは銅で、これは銀。おおっ! 金を発見! 鉄鉱石もあるな」
ロックスライムの大群のせいで、あまり人が入らないのであろう。
数名の錬金術師なら大満足させる量の鉱石が、坑道の壁のあちこちに埋まっていた。
俺は、採取した鉱石を次々と『収納カバン』に放り込んでいく。
分別や分配は、あとでやればいいのだ。
「アーノルド君、もうすぐお昼だけど戻る?」
「いえ、せっかくかなり奥まで進めたので戻りません。俺が用意した対策に問題がなければですが」
昼食の時間となり、休憩も取らなければいけないのでエステルさんが坑道から出ることを提案してきたが、戻ってしまうとまた一からロックスライムの大群を倒して進まなければならなくなる。
坑道の奥に行けば行くほどドロップアイテムも、採取できる鉱石のランクも上がっているのが確認できたので、俺の試みが失敗しなければ戻らないことを宣言した。
「この辺でいいかな?」
坑道の少し広い場所に辿り着くと、俺は収納カバンから事前に錬金していたアイテムを取り出して使用した。
薬品:魔除け香
品質:A
効果:これを焚くと、自分よりも弱い魔物が寄ってこなくなる
価値:50000シグ
「アーノルド君、魔除け香を作れるんだ」
魔除け香とは、その名のとおり焚くとモンスターが寄ってこなくなるお香であった。
ただし、自分よりも弱いモンスターのみという条件はつく。
それでも冒険者からは重宝されるアイテムであった。
自分よりも弱いモンスターがいる場所なら、これを焚きながら野宿すればモンスターは寄ってこないからだ。
素材として特殊な毒草が必要なのだが、これは店で買えるし、そこまで高価というわけでもない。
事前に購入して作っておいたわけだ。
早速魔除け香を焚くと、視界からロックスライムは一匹残らず消えてしまった。
「ロックスライムはそんなに強くないからね」
数が異常に多いのと、武器を傷めてしまうので厄介だと思われているが、一体なら弱い方のモンスターだ。
それを虐殺している俺たちなら、魔除け香を焚けば寄ってこなくなるのも当たり前というわけだ。
「昼も調理錬金鍋で作るかな」
いくらモンスターが寄って来ないとはいえ、坑道の中で煮炊きをするのはどうかと思うからだ。
一酸化炭素中毒になるかもしれないというのもあった。
「今度はなにを作ってくれるんだ?」
「できてからのお楽しみってことで」
やはり最初は、調理錬金鍋に深皿を入れてから、一人前分の米、醤油、塩、砂糖、酒、玉ねぎ、卵、ワイルドバードの肉を入れる。
調味料は店で購入したもので、実は錬金で作ることも可能なんだが、コストや手間を考えると店で購入した方が安いので自作はしていない。
醤油は外国からの輸入品で、関税もあるので非常に高価な調味料のため、これは自分で錬金していた。
材料は、以前錬金に使ったコマ豆、塩、純水、プリン玉である。
実は味噌も作れるのだが、使う材料は醤油とまったく同じであった。
材料の配分比に差があり、味噌の場合純水の配合量を減らす必要があるのが大きな違いであろう。
どちらを作るにしても、材料の配合比を間違えるとゴミが完成するけど。
あと、コマ豆ではなく小麦を使うと『白醤油』が作れるのだが、料理に詳しくない俺からすれば、作ってもどんな料理に使えばいいのかわからないので困っている。
他にも、塩分濃度を上げると『淡口醤油』に、一度完成した醤油を材料に『再仕込み醤油』が作れたりする。
それを作ったところで、『ゲーム進行になんの利益があるのか?』という無駄錬金レシピが多いシャドウクエストならではの事情があった。
「完成したな」
錬金すると、調理錬金鍋の蓋の穴から湯気が上がり、料理は無事完成した。
材料で容易に想像がつくと思うが、完成した料理は親子丼であった。
丼ではなく深皿に盛られ、箸ではなくスプーンで食べる親子丼であったが。
「これも美味いな」
「美味しいけど、アーノルド君の実家の特別料理なのかしら?」
「いえ、自分で思いつきました」
ゲームの錬金レシピを覚えていただけなので嘘だけど。
アンナさんは、貴族家が代々伝えている伝統の料理だと勘違いしたようだ。
「ダンジョンというか、坑道の中で温かいものが食べられるのはいいですね」
エステルさんの言うとおりで、冒険者でも素材集めの錬金術師でも、坑道の奥や、古代のダンジョンに潜っていると食事は保存食がメインになってしまう。
そう簡単に、モンスターが蔓延る場所で自炊なんてできないからだ。
「じゃあ、続きを始めるか」
食事後に休憩も取れたので、ロックスライム退治と鉱石の収集を再開する。
午前中と同じ役割分担で、夕方まで効率最重視で作業を続けた。
「アーノルド、さすがに収納カバンが一杯になってきたぞ」
「もうすぐ夜だし戻ろうか?」
「そうだな。あまり欲をかいても仕方があるまい」
夜はモンスターが狂暴化して危険なので、シルビア先生から夜になるまでにモンスターがいないドレイク湖畔に戻るようにと強く言われていたのもあった。
「今日一日だけだったけど、大収穫ね」
「暫くは、金属を使った錬金を沢山できるわ」
多くの鉱石を収納バック一杯に集められたので、アンナさんとエステルさんは満足げに話をしていた。
あとは、俺が鉱石を鑑定し、五人で均等に分ければいいだけだ。
「このツルハシいいな。新しい金属だよな?」
「他に作っている人がいなければ?」
今のところ、この世界でチタンを錬金できた人は俺だけだと思うけど、もしかしたら外国とかにいるかもしれず、確信が持てなかったのは事実であった。
「チタンとかいう金属は聞いたことがないぞ。ゴミの還元に続いて二つめの新レシピか。アーノルドは本当に天才だな」
そんな話をしながら、ドレイク湖畔にあるキャンプ地に到着すると、シルビア先生たちが神妙な表情で話をしていた。
なにかあったのであろうか?