第四十八話 調理錬金
「みなさん、班ごとに食事をとって就寝してくださいね」
朝に出て夜に到着なので、今日はこのまま就寝して、明日の朝から素材の採取ということになる。
シルビア先生は、班ごとに夜営をするようにと指示を出した。
錬金術師は素材採取で何日も野宿することが多く、学生のうちに効率的な夜営の方法を覚えておけというわけだ。
「お昼は弁当があったけど、夕飯は自分で作らないとな」
俺たちは五人で焚火を囲いながら、夕食をどうするか相談した。
料理は錬金に通じる部分があるので、学校としては自炊を推奨しており、班ごとでなにかを作るというわけだ。
「アーノルド、面倒だから『調理錬金鍋』を使いなさいよ」
「そうだね」
出先なのでいちいち調理するのが面倒であり、それがいいかもしれない。
俺は、収納カバンから錬金鍋を取り出した。
「変わった形の鍋ね。蓋が随分とぶ厚いじゃないの」
「どういうお鍋なの? アーノルド君」
「錬金の力を利用して料理を作る鍋なんです」
これもシャドウクエストの設定なのだが、このゲームで錬金を合計一万回以上行うと、様々な料理が錬金できるようになるのだ。
その種類は豊富で、錬金で作った料理を消費すると、HPやMPが回復したり、時間限定でステータスに補正が入ったり、他にも特殊な効果がある料理も存在した。
ところが、この料理の設定ですら完全に死に設定だったというのがシャドウクエストであった。
戦闘中に料理を消費するなら、他の錬金で作った傷薬などを使った方が早いし、効果も大きいからだ。
現実においても、まさかモンスターとの戦闘中に食事をするわけにいかず、俺は普段料理をする時にしか使っていない。
ゲームだと錬金鍋を買い替える操作はないので、錬金の回数で錬金鍋が調理錬金鍋に進化する。
ところがこの世界では、同じ錬金鍋で一万回錬金を成功させないと調理錬金鍋に進化しない。
そこまでして錬金鍋を進化させてもあまり得はないし、この設定は俺しか知らないので、みんな同じ鍋で一万回錬金する前に鍋を替えてしまったりする。
別に錬金を用いないで普通に調理すればいいわけで、やはりこの世界でも大半の人たちからすれば、調理錬金鍋にそれほどの価値があるわけではなかった。
俺からすれば、とても大切なアイテムなのだけど。
「これで自炊の手間が省けるのが素晴らしい」
調理錬金鍋に深皿を入れ、その上に一人前分の米……他国からの輸入品で高価だが、個人的に消費するくらいなら問題ない……に、純水、香辛料、唐辛子、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ワーウルフの肉を入れる。
注意するのは素材の量くらいで、野菜の皮を剥いたり、ちょうどいい大きさに切る必要はない。
なぜならこれは錬金なので、調理ではない、不思議な現象が鍋の中で発生するからだ。
「蓋を閉めてから、錬金します」
魔力を送り込みながら錬金すると、調理錬金鍋の蓋に空いた小さな穴から水蒸気と日本では定番のあの香りが漂ってきた。
蓋を開けると、深皿の上にはちゃんと一人前のカレーライスが完成していた。
「カレーライスの完成」
遠足というよりもキャンプに近いので、やはりカレーライスは定番であろう。
この世界では、まだ登場していない設定の料理だけど。
「こんな料理初めて見たな。辛いけど美味い!」
「調理の手間が省けるのがいいわね」
「錬金で料理なんてできるんだ。よく気がついたね」
エステルさんに感心されてしまったが、そういうゲームの設定を踏襲している世界だからとしか言えない。
一つの鍋で一万回錬金しないと調理錬金鍋にならないので、気がつかなくて当然というのもあった。
ハードルが異常なまでに高いのに、その成果が微妙というのもあるな。
錬金で作れる料理の数はとても多いので、シャドウクエスト最大の死に設定と言われても仕方がないのも事実であった。
ゲームで色々な料理を作れても、味見できたりお腹が膨れるわけではないからなぁ……。
「同じ錬金鍋で、一万回以上って……アーノルドは凄いな」
「まあね」
この世界には娯楽が少ないし、モンスターがいて、従姉の裕子姉ちゃんは没落するかもしれない悪役令嬢に転生というか憑依してしまった。
錬金が楽しいというのもあり、毎日色々と錬金していただけとも言える。
料理に関しては、この世界はゲーム世界基準なので食材や調味料は揃っているし、俺は貴族の跡取りなので自分で調理する必要などない。
それでも、材料を鍋に入れて錬金するだけで料理ができるという便利技術を覚えておけば、このように外に出た時に便利だし、のちのち裕子姉ちゃんの没落に巻き込まれても安心というわけだ。
「同じ鍋で一万回……鍋、壊れない?」
「それは、そのままなら壊れるよ」
ゲームだと壊れないんだけど、現実では錬金に使用する器具も武器だって当然使えば壊れる。
その補修は必要で、俺も当然錬金鍋は定期的に補修していた。
補修も『置換』の応用で可能だからだ。
もっと大きな錬金鍋を所有しており、これに調理錬金鍋を入れて補修するのだ。
「アーノルド君は、色々なことができるんだね。凄いなぁ」
「いやあ、それほどでも」
やはり普通の男性としては、綺麗なお姉さんに褒められると嬉しいものだ。
特にエステルさんは天然というか、裏がないように見えるので、素直に褒められているように感じられる。
胸が大きいというのも大きいな。
「ふんっ!」
「痛っ!」
裕子姉ちゃん、脛を蹴るのはやめてくれないかな?
地味に痛いんだ……。
「ローザさん、こういう時は婚約者の余裕というものを見せないと駄目よ。過剰な嫉妬は、男性を他の女性に走らせるから」
アンナさん、多分そういうのではないと思うんだけど……。
とにかく夕食も終わったので、俺たちは明日に備えて就寝することにしたのであった。