第四十三話 俺は単純で、彼女は誤魔化す
「そっか。いくらレベルやステータスが高くても、実際に体を動かしてモンスターを倒せるかは別問題なのね」
「生物を殺すことに忌避感を抱く人は多いからね。思わず身が竦むこともあるというわけ」
「なにしろ、私たちは元日本人。平和に慣れきっているというわけね」
「裕子姉ちゃんは、なんの躊躇いもなくモンスターを倒していたみたいけど……」
「こういう時には、むしろ女の方が度胸があるものよ。モンスターは倒すと消えてしまうのもいいわね。血が噴き出したり、死体が残ると嫌だもの」
シリルのお姉さんで優秀な冒険者であるエミーさんから指導を受けた俺たちは、家に戻ってから自室で話をしていた。
二人だけの秘密を抱えている間柄のため、他の人に聞かれるとまずい話は、すべて俺の自室のベッドの上でヒソヒソと話をするようになっている。
『そうか! 二人は今から仲がよくていいな』
『いい夫婦になるな。それはいいことだ』
父とデラージュ公爵は、俺と裕子姉ちゃんがいつも一緒に生活しているのを見て満足気であった。
このまま俺たちが結婚すればいいと思っているからだ。
同じ家で生活し、同じ学校に通い、家に戻っても一緒に錬金したり、レイス退治なども行っている。
外野はそういう風に判断するのであろう。
十歳でも、男と女が同じ部屋のベッドで寝たりとかしているからな。
今さらやっぱり結婚しないというのはありえない。
元々貴族だから、親同士が結婚を決めてしまえばまず覆せないか。
「弘樹、なにを考えているの?」
ちょっとそんなことを考えていたら、裕子姉ちゃんに気がつかれてしまったようだ。
「いやさ、このまま俺たちが結婚してもいいのかな?」
「いいじゃない」
随分とアッサリした答えだな。
「でも、裕子姉ちゃんは他の攻略キャラたちも好きなんじゃないの?」
攻略キャラっていうか、このホルト王国の王子様とか、大商会の跡取りとか、天がすべてを与えたイケメンたちだな。
初めて出会ったのは八歳の時だが、彼らはすでに多くの貴族の娘たちに囲まれていた。
ゲーム開始時の年齢に達したら、もっとモテモテ街道を驀進するであろう。
俺からしたら、まあ別世界の人たちなのである。
「確かに彼らはイケメンよ。でもああいうのは、ちょっと離れたところで見ているのがいいのよ。ああいうのと実際につき合うと疲れるから」
「そうなの?」
というか、俺の記憶の限りでは裕子姉ちゃんが男性とつき合っていた事実を知らないので、いかにも過去の恋愛経験から得たような法則を話されても困る。
いまいち信ぴょう性に欠けるからだ。
「それに、彼らは攻略キャラよ。主人公と被ってみなさい。元々悪役令嬢役の私が排除されるに決まっているわ。主人公補正って知らないの?」
「それもあるね」
今の裕子姉ちゃんイコールローザは悪役令嬢じゃないけど、シナリオの関係で嫌なライバル役にされてしまう危険があるのか。
つまり、距離を置いた方が安全だと。
「だから、私はこのままでいいのよ。むしろラッキーね」
「ラッキー?」
「だって、中身は弘樹だからつき合いやすいし、外見はアーノルドって理想的じゃない」
「……」
悪かったな。
元の弘樹はフツメンで。
「そんな風に拗ねないの。今はイケメンだからいいじゃない」
「イマイチ腑に落ちない……」
なんだろう?
このモヤっとした感覚は……。
「男が細かいことを気にしては駄目よ」
「錬金術師なんだから、細かいことを気にして当然なんだけどね」
ある種の職業病だし、そこを気にしないと錬金の成功率が下がるんだけどね。
「心構えの問題よ。そんなことを言っていると、女の子にモテないわよ」
「それもそうか……って! 俺が他の女性にモテたら怒るくせに! あれれ? もう寝てる。相変わらずの寝つきの早さ……」
気がついたらすでに裕子姉ちゃんは寝てしまったが、本当にこれでいいのだろうか?
しかしながら、今の俺は十歳の子供でしかない。
もう少し後で考えようと、明日の学校に備えて寝てしまうのであった。