第四十二話 初心者冒険者講習
今日は錬金学校がお休みの日であり、俺たちは王都郊外にあるリーフの森にいた。
この森は、初心者冒険者が経験値と素材を稼ぐための場所である。
出現するモンスターや落とす素材に差はないようだが、俺はリーフの森を知らなかった。
シャドウクエストで設定と地図があったのは、魔王軍の侵攻が激しいマカー大陸だけであったからだ。
本来ここは、恋愛シミュレーションゲームの舞台だからな。
裕子姉ちゃんに聞いてみたけど、当然恋愛シミュレーションゲーム……正式な題材は恥ずかしいから言わないが……ステータスや特技、経験値、モンスターとの戦闘なんてあるわけがない。
やはりこの世界は、二つのゲームの舞台が融合してしまっているのだ。
「ここがリーフの森かぁ……」
「結構大きな森だな」
「そうね、端から端まで歩くと三日はかかるから。初心者向けだけど、モンスターや、薬草などの素材も意外と豊富。小さな鉱床もあるから、個人で錬金や鍛冶をする程度なら鉱物集めにも苦労しない場所よ」
今日の案内役であるシリルのお姉さんエリーさんが、リーフの森について説明してくれた。
彼女は、わずか十八歳にして名の知れた冒険者であった。
シリルと同じく白銀色のボブヘアーにミスリル製のティアラを装備し、背中に自分の身長ほどはあろうかという大剣を背負っている。
剣があまりに大きくそのままでは引き抜けないので、柄についているボタンで鞘から脱着可能になっているようだ。
この設定は、シャドウクエストに出てきた戦士でもあった。
他の装備は、この手のRPGによくある金属製のビキニアーマーとマントを装着していた。
思わずスタイルのいい彼女の体に視線が止まると、すかさず裕子姉ちゃんから蹴りが入る。
「(痛いよ)」
「(このスケベ)」
「(しょうがないだろう……)」
男なら、誰でも目が行って当然だと思う。
それにしても痴女みたいだとか、冬は大丈夫なのか? とか色々と疑問が出てくるが、これも設定集を読めばすぐに解決する。
一見隙間だらけのビキニアーマーでも、エリーさんのはミスリル製だ。
チタンや鋼のフルプレートよりも防御力は上である。
隙間は大丈夫なのかと思うであろうが、そこはゲーム補正もあった。
防御力の数値が高いので、肌が剥き出しのところに攻撃しても大半が弾かれてしまうのだ。
寒さも、彼女は対魔法防御用のマントを装着している。
これを装着していると暑さ寒さを調節してくれるので、余計な心配というわけだ。
都合のいいゲーム設定だなと、思わなくもなかったけど。
「シリルのお姉さん、超一流の冒険者なんだね」
「超一流には届かないわね。上の中ってところだと思う。超一流の方々は、また世界が違うから」
そんな超一流の方々の大半は、経験値と優秀な武器防具に使うレアアイテムの素材目当てに、マカー大陸に拠点を置いており、魔王軍の配下のモンスターは強いので、それを相手にしながらレベルアップを目指しているそうだ。
「最近、魔王軍の動きが活発になってきたそうよ。マカー大陸全体を魔王の支配下に置きたいようで、冒険者や派遣軍の犠牲が増えつつあるわけ」
「あの……その状況で俺たちに指導なんてしていて大丈夫ですか?」
「一日なら問題ないわよ。それよりも、優秀な錬金術師とお知り合いになる方が得だもの」
いくら強いモンスターを倒し、危険な場所に行ってレアな素材を見つけたとしても、武器と防具の強化は錬金術師に頼まなければいけない。
鍛冶師に頼むと、一から作るので時間と金がかかる。
失敗しないのが利点とはいえ、優秀な武器と防具を作れる鍛冶師は少ないので取り合いだそうだ。
錬金による強化は失敗のリスクを孕むが、使い慣れた武具の素材だけを変えることができる。
愛用の鋼の鎧とミスリルを『置換』錬金すると、愛用の品がそのままミスリル製になる。
素材さえ用意すれば、費用も鍛冶師よりも圧倒的に安く済む。
そんなわけで、錬金の成功率が高い錬金術師と冒険者は知り合いになりたがるわけだ。
ゲームのように武器屋で購入した武器と防具をすぐになど使えないから当然か。
微調整や慣らしが必要で、これを怠って違和感を解決しないまま強敵と戦闘を行った結果、思わぬ不覚を取り死んでしまう冒険者がいるのだ。
装備の強化は必要だが、それには金と時間がかかる。
それを短縮できる錬金術師は重宝されるわけだ。
「弟以外の優秀な錬金術師と知り合って損はないからね。モンスターを倒すコツくらいなら教えるわよ」
「ありがとうございます」
「(ねえ、弘樹のレベルとステータスで雑魚モンスターの倒し方を習う必要があるのかしら?)」
「(当然あるよ)」
ゲームならモンスターとエンカウントしたらそれが画面に表示され、プレイヤーは行動を選択してボタンを押すだけだ。
ところがこの世界はゲームではない。
自ら武器と魔法でモンスターを倒さなければいけないのだ。
裕子姉ちゃんは知らないが、少なくとも俺はプリンとレイスしか倒した経験がない。
しかもレイスは、『治癒魔法』で倒しているので剣を使っていない。
体の動かし方を覚えないといけないのだ。
「いい心がけね。プリンばかり倒してレベルを上げた人って、意外と他の初心者用モンスターに苦戦するのよね。たまに死ぬ人もいるって聞くわ」
「ねえ、そうでしょう? ローザ」
「ううっ……私、大丈夫かしら?」
油断しなければ大丈夫だ。
裕子姉ちゃんはまだレベル1だけど、運以外のステータスがカンストしている。
よほどのことがなければ、初心者用のモンスターに負けるはずがない。
「というわけで、まずはリーフの森付近の草原でワーラビットからね」
ワーラビットとは、大きなウサギのモンスターだ。
プリンの次に弱く、一匹倒すと経験値は8で、四人パーティだと経験値が一人2入る。
これに殺される人は冒険者に向いていないのだが、不思議なことに年に数十名ほどの犠牲者が出ると、シャドウクエストの裏設定集には書かれていた。
「じゃあ、行きましょうか。装備は十分ね」
俺とローザは錬金学校のローブを霊糸に置換してあり、さらにその下にチタン製の帷子を、裕子姉ちゃんは霊糸に置換した戦闘用の皮のドレスを着ていた。
武器は、俺がチタン製の剣で、裕子姉ちゃんはチタン製の短槍を装備している。
初心者用のフィールドなので、過剰なまでの装備とも言える。
この前みたいにいきなりボスモンスターが出現するかもしれないので、安全策を取ったわけだ。
「アーノルド様、我らも当然お供します」
「私は、アーノルド様付きのメイドですから」
ビックスは、チタンヘルム、チタンシールド、チタンアーマー、チタンソードとオールチタン装備に身を包んでいる。
リルルは、貸与した霊糸のメイド服に、チタンのトレイ……これはシールド代わりだと思われる。裏にベルトがついていて、腕に取りつけることも可能であった。
武器は意外にもチタン製のナックルをつけている。
リルルは俺とそう体の大きさも変わらないのだが、格闘術で戦闘を行う珍しいタイプの人間であった。
その内、ナックルとトレイもミスリル製にしておくか。
「六人か……ちょっと多いけど、モンスターの倒し方の指導だからね。問題ないでしょう」
冒険者のパーティは、四人が基本らしい。
理由はよくわからないそうだが、大昔からそういうことになっているそうだ。
多分、シャドウクエストの影響だと思う。
でも、パーティーを四人以上にしてもなにか不都合があるわけでもないようだ。
「ビックスさんは、経験ありますか?」
「はい。普段はアーノルド様の護衛専門で、剣技は父や同僚たちとの訓練のみですが、何度かモンスター退治には参加していました」
「リルルさんは?」
「私も、母に連れられて何度かここに来ています。普段はアーノルド様の傍を離れられないので、訓練のみですけど」
二人とも若いのに、ちゃんと鍛錬や教育を受けているんだな。
それにしても、イートマンの息子であるビックスはともかく、リルルもレミーから格闘技の訓練を受けていたのか。
レミーって、腕っ節も強かったんだな。
上級メイド、侮りがたし。
「じゃあ、二人はアーノルド君とローザさんが危なくなったら助けに入るということで。私も勿論フォローはするけど」
「わかりました」
「お任せください」
「シリルも、森に入ってからだね」
「わかった」
この中でワーラビットを倒したことがないのは、俺と裕子姉ちゃんだけだ。
早速前に出て、実際に倒してみることにする。
リーフの森に隣接した草原のところどころに、草を食むワーラビットの姿があった。
今は草を食んでいるけど、冒険者を見ると餌だと思って襲いかかってくる。
肉食でもあるウサギ…見た目はただの大きなウサギなんだけど……。
毛の色は、白、茶、黒の単色だったり、様々な色が混じっている個体もいた。
早速、『鑑定』してみると……。
モンスター:ワーラビット
強さ:F
ドロップ品:ワーラビットの毛皮、ワーラビットの肉、ワーラビットの糞、ワーラビットの尻尾(レア)
ゲームのように、HPやMPなどの表示はなかった。
強さはFが最低で、最強はSSSだったりする。
まあ、俺たちがSSSと出会うことはないと思うけど。
「では、早速」
「アーノルド君、ワーラビットの視界に入ってみて。必ず五メートルは距離を置いてね」
「わかりました」
エリーさんの指示どおりに草を食むワーラビットの前に立つと、ワーラビットは草を食べるのを止めてから俺に飛びかかってきた。
ワーラビットの攻撃手段は、体当たりしかない。
それは事前にわかっていたのだが、戦闘経験が乏しいので少し動揺してしまった。
いわば隙を作ってしまったわけだが、その理由はワーラビットの動きがとても遅く見えてしまい、俺になかなか近づいてこない感覚に、違和感を覚えてしまったからだ。
逆の意味で、予想外だったといえよう。
「(そうか! 俺のステータスの数値が高いから!)」
両者の素早さの数値に差がありすぎて、俺の脳がスローモーションに感じすぎてしまうようだ。
時間に余裕がありすぎるので、俺はワーラビットの体当たりを余裕で回避しつつ、横合いから剣で軽く突いた。
力の数値も高いので、これだけでワーラビットは倒されてしまう。
動物のウサギは消えないが、ワーラビットはモンスターなので倒せば消えてしまう。
あとには、小さな魔石と毛皮と丸い糞が残されていた。
「魔石はプリンのものよりはマシ。ドロップ品は毛皮か肉が必ず落ちて、たまに尻尾を落とすこともある。糞って必ず落とすけど、これは使い道が少ない」
ワーラビットの糞は、肥料に錬金できる。
あとは、例の知力を上げる薬の素材にもなった。
「よく勉強しているじゃないか。暫く倒し続けて体を慣らしてちょうだい。アーノルド君は心配ないな……ローザさんもか……」
裕子姉ちゃんも一旦ワーラビットの攻撃を余裕でかわしつつ、横から短槍で突いてあっという間に倒してしまった。
今の彼女のステータスなら、ワーラビット如きに苦戦するはずがないので当然だ。
「私は、ワーラビットの肉が出たわ」
「それは、換金用のアイテムだな」
毛皮は換金用錬金物や防具に使用したりするのだが、肉は肉屋に売って金にした方がいいかもしれない。
錬金できるアイテムはいくつかあるが、これは無理に錬金してもあまり意味はなかった。
「うーーーん。毛皮と肉で半々か……」
「尻尾はなかなか出ないわね」
エリーさんに言われて目につくワーラビットを次々と倒していくが、ドロップアイテムは毛皮と肉ばかりであった。
尻尾は、二人合わせて五十匹以上倒しても一個も出ていない。
「ワーラビットでも、尻尾は一万匹に一個出たらラッキーという部類よ。あまり使い道がないのにね」
実は有効な使い道があるのだが、シャドククエストでも大分後半にならないと情報は解禁されない。
そのため、今の時点では一部帽子や兜の材料にしか使い道がなかった。
しかも、中盤まで使えれば御の字のものにしか使えないので、前半で入手すればいい頭部用の防具が手に入るという認識しかない人が大半なのは確実だ。
「いくつかほしいなぁ……」
「錬金の練習に使えそうだな。マジカルハットができれば初心者冒険者には高く売れるぞ」
俺たちが戦う様子を見学していたシリルは、ワーラビットの尻尾の使い道を知っていた。
マジカルハットは、初心者から中堅の魔法使いには重宝される帽子であった。
一度くらいなら、作ってみてもいいかもしれない。
「でも、マジカルハットくらいじゃない? ワーラビットの尻尾の使い道って。私たち戦士系には役に立たない装備だし」
「アーノルド、私に作ってよ」
「材料がまだ手に入っていないんだけど……」
「なんとかして手に入れるのよ」
作ってもいいのだけど、百匹を倒したくらいでは手に入らないか。
運が平均値の人ですら一万匹に一匹の確率だからな。
俺でも、千匹に一匹くらいか。
「ワーラビットの尻尾なら王都の店で購入すればいいじゃない。そんなに高くないわよ。レアアイテムだけど作れる錬金物がショボイから、たまにドロップするとみんなガッカリするのよ。他のレアアイテムを引く運を無駄に使ってしまったって」
レアアイテムをドロップする確率は、運の数値に比例しているが完全確率であった。
ワーラビットの尻尾をドロップしなければ、あとで他のモンスターからレアアイテムをドロップできたということはないと思うが、そう思ってしまっても仕方がないであろう。
いわゆる、『運の無駄遣い』問題というやつである。
「ウサギはもういいわね。苦戦していないみたいだから」
続けて、リーフの森に入った。
ここには、ワーシリーズでウサギの次に弱いワーボア(猪)の登場だ。
ワーボアは猪型のモンスターで、入手経験値は20で人数で割る。
ドロップアイテムは毛皮と肉で、レアアイテムは牙であった。
これは百匹に一匹は落とすから、ワーラビットよりは貴重ではない。
「これも同じね。猪だからこちらを認識すると突進してくる。それをかわしつつ攻撃ね」
またエリーさんが見本でワーボアを倒してくれたが、これも簡単に倒せるようになった。
倒し方のコツを聞き、実際にある程度数を倒して終わりだ。
「あっ、牙が出た」
「少しだけ高く売れるわよ」
ナイフの鞘に加工したり、工芸品の素材にするので1000シグくらいで売れるのだ。
あくまでも鞘の素材なので、武器の錬金にはまったく使わない。
初期における換金アイテムという扱いであった。
「リーフの森は初心者用だから、あとはワーウルフとワーバードで終わりね。あなたたちは苦戦しないと思うけど、倒し方のコツは見ておいてね」
ワーウルフは狼のモンスター、ワーバードは鳥のモンスターだ。
あくまでも初心者が最初に経験を積むモンスターであり、さほど強くない。
ただ、この二種は群れで行動するので注意が必要だ。
たまに群れに囲まれて死ぬ冒険者がいると裏設定にも書かれていた。
ゲームでも、一度に出現する数が多かったりする。
「ワーウルフは、倒すと毛皮が手に入るわ。レアアイテムはなし」
ワーウルフは数が出るので、初心者が経験値稼ぎによく使う。
それだけであった。
ワーバードは、羽と肉のどちらかと、クズ玉という胃に溜まった未消化物を吐き出した玉が入手できる。
これもまだ表向きは、肥料の材料としか認知されていなかった。
「これも数が特徴で、レアアイテムは確認されていないわ」
魔石の品質も低く、倒し方さえ覚えればもうここには用事がなかった。
リーフの森にいるモンスターが落とす素材なら、金で購入した方が早いからだ。
「森の中はリーフ草が多いな」
「他にも、錬金にも使える素材がいくつかあるね」
自分達の周辺にいるモンスターを駆逐してから、俺たちは森に生えているリーフ草や毒消し草、キノコ類、果物などを採取した。
どれも錬金に使える物ばかりだ。
あとで、学校で錬金してもいいと思う。
シリルもそのつもりのようで、一生懸命に集めていた。
「シリル、あんたは一匹も倒さなかったわね?」
「ここのモンスターなんて、倒しても大して経験値が入らないじゃないか」
「それもそうか。初心者は、みんな最初のレベル上げで挫折するのよね」
レベル2になるのに経験値が一万必要なので、なかなかレベルが上がらないと言って挫折する冒険者が多かった。
レベルが上がっても、ステータスの基礎値や成長率が低いとあまり強くならない。
ここでも挫折する者が多く、初級から中級に上がれるのは十人に一人、中級から上級に上がれるのも十人に一人という有様であった。
「あなたたちなら上級にもなれるかも。たまにつき合ってあげるわ」
「「ありがとうございます」」
こうして冒険者初級講座が終わり、俺たちは基礎的なモンスターの倒し方と、いくばくかの素材の入手に成功するのであった。