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第四十話 銀行

「なんかさ。物々しくないか?」


「建物とか内装は、とても豪華なんだけどね……」


「二人とも、ソワソワしない!」




 実は口座は持っているのに銀行に来たことがなかった俺は、生まれて初めての銀行にシリルと共に度肝を抜かれてしまった。

 そして、裕子姉ちゃんに叱られると。

 石造りの建物はとても大きく、内装や置かれている調度品なども豪華なのだが、とにかく警備が厳しくてまるで軍事要塞のようなのだ。

 大切なお金を預かっているので、おかしなことではないのだが。


「てか、アーノルドは口座を作る時に来たんじゃないのか?」


「それがないんだよ」


 通常は、口座を作る時に本人がいないとお話にならない。

 ところが、デラージュ公爵はプラチナカードを持っている。

 プラチナカードを持っている人の推薦なら、本人不在でもカードを作れるのだ。


 俺は、デラージュ公爵から『カードをなくさないように』と一言だけ注意を受け、いきなりゴールドカード渡されてお終いだった。


「アーノルドはVIPだな」


「それよりも、警備が凄い……」


「当たり前でしょう。王国の資産も保管されているのだから」


 この世界、電子マネーとかいう甘えは存在しないので、資産はシグ貨幣のみであった。

 なお、ゲームの世界観だからなのか、複数の国があっても貨幣は完全に統一されているらしい。

 多分、大昔にあった古代アルケミス帝国から通貨が継続しているからであろう。

 貿易でも便利だろうから、貨幣を替える意義を感じなったのかもしれない。

 銀行の金庫には莫大な額の資産が眠るので、王国軍からも人員を出して警備にあたっているわけだ。

 今まで一度も銀行強盗に遭ったことがないそうで、まあこれだけ警備が厳重で、ここへの強盗が問答無用で死刑になると公表されていれば、犯罪者たちもリスクを恐れて他を狙うであろう。


「窓口に行くわよ」


「はーーーい」


「豪華だなぁ……」


 三人で受け付け窓口に行って用件を告げると、すぐに奥からスーツ姿の男性が姿を現した。


「預金部長のサーフォード男爵と申します。奥へどうぞ」


 カードの種類によってサービスに差はないと言ったが、唯一違うのはシルバー以下は受付で応対され、ゴールド以上は奥の応接室に通される違いはあったようだ。

 それと、国営銀行の幹部なのでやはり貴族であった。


 豪華なソファーに腰を下ろすと、すぐに若い女性行員が紅茶とお菓子を出してくれる。

 お菓子は、王都でも有名なお店のものであった。

 なぜわかるのかというと、裕子姉ちゃんの大好物で俺もよく食べていたからだ。


「合計して一億八千二百七十万六百三十シグの入金と、錬金学校からの給金の振り込みですね。すぐに手配いたします」


 サーフォード男爵が隣にいる若い男性行員に視線を送ると、彼は応接室を出て行った。

 実務処理をしに行ったのであろう。


「さて、アーノルド殿はご自分の預金額をご存じですか?」


「いえ、知りません」


 パテント料が振り込まれているのは知っていたが、錬金に必要な素材の仕入れなどは手持ちの現金で十分に間に合っており、ここ数年残高を確認すらしたことがなかった。


「アーノルド殿が発見した錬金物の独占生産と販売を行い、世界各国に輸出までしております。バレット商会は順調に売り上げを拡張していますね」


「それは凄いですね」


 錬金から販売まで全部自分でこなすと、いくら時間があっても足りない。

 他にやりたいことはいくらでもあるし、パテント料をいただいた方が俺も楽でよかった。

 だからバレット商会が商売繁盛でも、よかったねくらいにしか思っていないのだ。


「これからは、一ヵ月に一度くらいはご確認に来られた方がよろしいかと」


「知らないと、バレット商会に誤魔化されるかもしれないからですか?」


「現状で、バレット商会がそんな危険は犯しませんがね。デラージュ公爵様の顔に泥を塗る行為ですから。もしそんなことをしたら、御用商人から外されるくらいで済めば御の字……最悪一家で破産です。それに、大半の真面目な商人は契約を神聖視し守ろうと努力します。一部の悪辣な方が目立つので、商人が胡散臭く見られる原因となっていますが……」


 それにしても、サーフォード男爵は俺とその周囲のことをよく調べているな。


「この銀行は国営でして、この国の上位10パーセントのお金持ちを把握していることは大きな利益なのですよ」


 王国の体制を危うくする者を探すのに、大きく役に立つというわけか。

 警備名目で軍人も銀行に出向している。

 治安を悪化を防ぐため、諜報部門の人間も所属しているのであろう。


「現在のアーノルド殿の預金額は……」


 サーフォード男爵は、裕子姉ちゃんとシリルに聞こえないように教えてくれた。

 情報秘匿の点からも、他の人に俺の預金額を教えるようなヘマはしないか。


「そんなにあるのですか?」


「まあ、ゴールドの中では低い方ですよ」


 それは、大商人や大貴族に比べればな。

 でも、あまり贅沢しなければ三世代以上余裕で生活できる額だ。


「アーノルド様は、のちにホッフェンハイム子爵家もお継ぎになられます。そうなると、子爵家としてはお金持ちですね」


 うちの実家って、結構金持ちなんだな。


「貴族は領地からの税収。法衣貴族は年金、役職手当、褒美など。収入の手段が限られます。資産を減らすとすぐに気がつかれて侮られますので、意外とみなさん慎ましやかな暮らしをしておられますよ」


 それもそうか。

 戦争などで急な出費もあるかもしれない以上、普段は資産を減らさないよう質素に暮らす貴族が大半というわけだ。

 貴族として必要なつき合いもあるし、まさか貴族が安物の服を着るわけにもいかない。

 最低限の出費は必要だから、節約していない風に周囲に見せながら、節約する必要があるわけだ。


「その点、アーノルド様は個人で資産をお持ちです。付け狙う狐にご用心を」


 友達面して近づいてくる、贅沢したい貴族のドラ息子や、妻の座を狙う娘が現れるわけだな。

 でも、俺は一応裕子姉ちゃんと婚約しているんだよな。


「ホッフェンハイム子爵様は、貴族としては珍しく側室がおられませんからな。普通は側室がおられるものです」


「その枠を狙う女狐というわけね。ふん、そうはいかないわ」


「さすがは、ローザ様」


 サーフォード男爵は、笑顔で拍手をした。


「でも、ようやく十になる子供に、厳しい現実を伝えるのね」


「大切なお客様だからこそです。必要な出費ならともかく、変な女に引っかかって貯金を引き出してほしくありませんからね」


 貯金量が減れば、銀行の力が落ちる。

 だから、なるべく無駄遣いはしてくれるなということなのであろう。


「銀行の仕事の一つとして、リターンが見込める確率が高いものの、国家予算ではお金を出せない事業に投資をしております。投資の元は、お客様の預金ですから」


 国家が銀行業か。

 もし放漫経営で破綻したらどうするのかと思ったが、国家が預金の全額保証をしている以上、下手に破綻もできないから堅実なんだと思う。

 実際に、銀行は安全なので人気があった。

 口座を作りたいのに作れない人の話はたまに聞く。


 この前、ビックスが審査を落とされたと言って嘆いていた。


「そんなわけでして、預金額が多い若人には老婆心ながら御忠告をするのが常なのです」


 注意しておけば、破たんを防げる人も多いから当然か。


「俺はまだ関係ないかな」


「ですが、シリル殿の実力なら最終的にはゴールドカードも狙えるかと存じますが。アーノルド殿が特殊すぎるだけで、シリル殿は本来なら錬金学校入学生主席となる方ですから」


 確かに、シリルは錬金術としての才能に優れている。

 それはいいのだが、サーフォード男爵は錬金学校の首席生徒まで把握しているのか。


「もの凄い情報収集能力だな」


 俺もそう思う。


「これが我々の飯の種なのですよ。シリル殿、卒業後は速やかに当行まで。口座があると便利ですよ」


「作れたらな」


「ご安心を。必ず作れますので」


 無事に手続きも終わり、銀行の前で俺たちはシリルと別れた。

 彼は、俺たちの家と逆方向なのだそうだ。


「落ち着いたら、うちに遊びに来てくれ。まあ、普通の庶民の家だけどな」


「是非に」


「いいわね」


 少し年上だが友人もでき、こうして長かった学校生活初日が無事に終わるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 経済回すついでに種探しもかねて、大陸から難民とかもいそうですし炊き出しとか孤児院に援助とかやれば良いのに、と思いました 領の資産じゃなく、個人資産なんですし
[一言] 無事って初日で実質卒業してるよね。 論文なし、レシピ開発で文字通り歴史を変えて……。 多分史上最速の快挙だと思われる。
[気になる点] 無事…… 錬金学校の歴史が塗り替えられた気がするけど無事っちゃぁ無事か。 [一言] > 女狐 これはまぁ、ローザにも言っていますね。 というかローザに言っているのかな?
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