第三十八話 還元
「そうだ、仕事に戻らないと……なにかお買い物ですか?」
「あの、ゴミください」
「ゴミ?」
「はい。ゴミです」
「ゴミって、あの錬金に失敗したゴミ?」
「そうです」
錬金に失敗するとゴミになる。
俺は攻略法を用いてほとんどゴミを出さないが、普通の錬金術師はよく失敗して大量のゴミを出す。
ゴミはどんな錬金が失敗しても、黒く丸いソフトボールのような形になる。
再生は不可能であり、大抵の錬金術師は土に埋めて捨ててしまう。
こうすることで、勝手に消えてしまうのだ。
分解されて土に戻る……金属が失敗した時でもちゃんと土に戻るのだが、その金属ってどこに行くのだろうか?
不思議だけど、ファンタジーな世界なので考えすぎてもなと思う。
「この購買でもゴミの引き取りはしているから、沢山あるわよ。学校だけにかなり沢山あるとも言うわ」
俺はシルビア先生から、錬金で発生した大量のゴミは購買に持って行くのだという説明を聞いていた。
授業中の購買の店員は暇なので、学校の庭に埋めに行くのも仕事の中に入っていたからだ。
「こんなもの、なにに使うの?」
「ゴミをなんとか利用可能にするのも、錬金術師の研究ですから」
「それもそうね。でも、今まで多くの錬金術師たちが研究を始めては挫折しているわよ」
当然、ゴミをなんとか使えるようにする研究は盛んに行われていた。
いや、今も行なわれているはずだ。
だが、今の時点でなにか成果が出たという話は聞いていなかった。
「まあ、無料だからいいけどね。どのくらい欲しいのかしら?」
「全部ください」
「沢山あるわよ?」
「最悪、纏めて自分で捨てるから安心してください」
あまりに大量にゴミがあった時、ゴミ同士を錬金してゴミにするとその数が一気に減る。
処理は楽になるが、魔力の無駄遣いなので滅多にする人はいなかった。
俺もやったことはない。
「誰も来ないから、ゴミを運ぶのを手伝ってあげる」
「いいんですか?」
「だって、シリル君もいるんでしょう? 出会いのチャンスをゲットよ!」
他に理由があるにしても、俺は楽だからそれを受け入れた。
シリルとデボラさんがどうなるかなんて、誰にもわからないからこれでいいのだ。
購買で知り合ったデボラさんは、とても逞しい女性であった。
「ゴミをこんなに、なにに使うんだ?」
「ゴミ再生の研究」
「随分と難しい課題を選んだものだな。ところで、アーノルドは随分とデボラさんと仲がいいみたいだな」
「そうかな?」
購買からゴミをすべて譲り受けた俺は、早速ゴミの再生に取り組むことにした。
これから素材費がかからないし、実はその方法を俺は知っていた。
シリルが大丈夫かと俺に話しかけてから自分の作業に戻っていったが、彼は俺の心配よりもデボラさんの方を気にかけた方がいいと思う。
俺と一緒に教室にゴミを運んでくれたデボラさんは、えらく積極的にシリルに絡もうとしていた。
ところが肝心のシリル本人にはまったく届いておらず、俺は彼の鈍さを知ることになる。
それでもデボラさんはめげないと思うが、いつシリルが彼女の気持ちに気がつくであろうか?
彼は、俺とデボラさんが仲がいいと勘違いしているのだから。
そりゃあ彼女とは友人にはなれるかもしれないけど、年齢差がありすぎてデボラさんは俺を夫候補だと見ていないだろう。
「あの人、綺麗だな」
「恋人にでもしたら?」
「お貴族様の娘だろう? 平民なんて身分の釣り合いが取れないって。商人の娘とかがいいな。俺が錬金工房を開いて、隣で妹に飲食店を開かせて。これが叶えば最良だと思う」
シリルは、貴族の娘と結婚するのは堅苦しいと思っているようだ。
デボラさんの気持ちは届かないかもしれない。
「さて、俺は傷薬(小)を量産する作業に戻ろうか」
俺も、早速ゴミの再生作業を行うことにする。
とはいっても、実はシャドウクエスト内でも普及していた方法だ。
錬金に失敗したゴミはアイテム欄に表示され、実はお店で一個一シグで売れた。
なぜ利用価値もないゴミに売り値がつくのか?
最初、多くの……言うほど多くはないけど……プレイヤーたちがそう思ったのだが、すぐにその利用方法が判明する。
それを行えば、無料のゴミが価値を得られるわけだ。
「まずは、ゴミを一つ鍋に入れて」
購買に行けば錬金鍋も売っているが、俺に言わせるとそれほど錬金の結果に差が出なかった。
普通の鍋が古くなったら、新しく買い替えればいいくらいの感覚だ。
「ここに、純化した水を27ミリリットル、木炭4.8グラムと河原の石2.6グラムはよくすり鉢で粉末にしてと……」
ゲームだと素材を選択し、カーソルで分量を入れる。
そんなゲームの本筋と関係ない無駄な操作こそが、シャドウクエストの売りでもあった。
なお、詳細な分量の記述は設定集から引用している。
木炭は、金属の精製や武器の製造に使う錬金用と、なぜか生活用品として使う木炭と別々に売られていた。
なぜわざわざ錬金用の木炭と別なのかと不思議に思ったプレイヤーは多かったが、実はゴミの還元に使用するためのアイテムだったのだ。
河原の石は、そのまま河原の石だ。
簡単な錬金に使う素材だが、これもさほど高価ではなかった。
仕入れるといっても、その辺の河原で拾ってくるだけだからであろう。
「錬金!」
決められた分量の素材を鍋に入れて錬金すると、一瞬青白く光ったゴミは別のなにかに代わった。
すぐに鑑定すると……。
素材:青銅塊
効果:青銅製の武器と道具の材料になる
価値:5000シグ
「当たりでもないけど、ハズレでもないか……」
ゴミ一つをなにか別の素材に錬金というか『還元』する時、ゴミの元の素材がなんだったのかは関係ない。
ヒール草由来のゴミでもミスリルが還元されることもあるし、逆に元はオリハルコンのゴミを還元しても、ヒール草にしかならないケースも多かった。
というか、大半はヒール草にしかならない。
運のステータスが平均値だと98パーセントはヒール草に還元、残り2パーセントも青銅塊、鉄塊などの金属類が多い。
ミスリル、オリハルコンなどの超レア素材は、それこそ数万~数十万分の一しか出ない設定だ。
それでも、なんの価値もないゴミよりはマシというわけだ。
ゴミと化した素材は、地面に埋めると消えてしまう。
思いっきり物理法則を無視しているが、消えたゴミの元である素材はまた採取可能になるらしい。
勝手にこの世界を循環しているわけだ。
そして俺の場合、運の数値が100を超えている。
レベルアップでどれくらい補正があるかわからないが、平均の十倍なので二割をヒール草以外に還元可能だ。
いきなり青銅が出たが、確率二割なら別におかしなことでもない。
ゴミはいくらでもあるので、数を繰り返せばミスリルやオリハルコンが還元される日も来るかもしれない。
自由に研究していいと聞いていたので、俺はひたすらゴミを還元し続けた。
「ヒール草ばかりだな……これは鉄か……金属が多いな。これは当たりだ! 銀塊だぞ」
銀は重要な錬金素材でもあるので、俺は大喜びであった。
売ってもお金になるのがいい。
ルールで校内に卸すしかないようであったが。
「アーノルド、お前サラッと凄いことをしていないか?」
「そう? 大半はヒール草ばかりだよ」
「いやいや、今まで埋めるしかなかったゴミから素材を還元できるだけ凄いから!」
シリルは自分の作業の手を止めて、俺の錬金を観察している。
「運次第で、あんまり儲からないけどね」
「大半がヒール草か……それでも凄いけど。たまに当たりでも出るようだな」
シリルは、還元された金属塊を見ながら俺にそう言う。
「銀はいいね。鉄や青銅は、購買に売りに行こう。ヒール草は……」
「あっ、私に売ってちょうだい。傷薬に錬金するから」
「いいよ」
「ありがとう」
還元したヒール草は、裕子姉ちゃんが引き取った。
どうやら完全にコツを掴んで、傷薬(小)の錬金をほぼ一〇〇パーセント成功させられるようになったので、傷薬(小)にしてから購買に売った方が、デボラさんも楽でいいはずだ。
それよりも今の俺は、還元に成功した大量のヒール草を傷薬(小)に錬金するよりも、一つでも多くゴミを還元する方が大切だ。
確率論から見ても、レアな素材を手に入れるためにはひたすらゴミを還元するしかないのだから。
「ゴミが足りなくなったな……また購買でもらってこよう」
実験は成功したので、俺はまだ残っている大量のゴミの還元を始める。
デボラさんは、自分で埋めに行かなくてもいいから大喜びだった。
「あれだけあったゴミをもう錬金し終えたの? 凄いわね」
俺は無事に基礎ステータスがカンストしたので、ちゃんとレベルを上げている。
レベルが上がるとHPとMPも上がるので、MPを使う錬金が沢山できるようになるのだ。
「ゴミは毎日大量に発生するから、まだまだ沢山あるわよ。私はいちいち裏庭に埋めに行かないで済むから大歓迎よ」
何度かゴミを購買に取りに行く。
そんなに時間は経っていないにも関わらず、各学年で大量の錬金をしているので、発生したゴミがもう購買に持ち込まれていたのだ。
デボラさんは、わざわざゴミを裏庭に埋めに行く手間が省けたのでとても嬉しそうだった。
結局その日は、夕方までゴミの『還元』を行って放課後となった。
「おおっ! ゴミの『還元』を始めて千百四十七回目にして!」
運がよかったようで、俺の目の前にはミスリルの塊が姿を現した。
本当ならば、今の俺でも五十万回以上は還元しないと入手できないほどのレアアイテムだ。
シャドウクエストだとゲーム後半で複数入手可能になるが、この世界ではミスリルの装備品が一億シグを超える代物であった。
「ミスリルかよ……」
「綺麗ね。アーノルド、どうするの? これ」
「自分の装備品を錬金しようかな。鎧をミスリル製にする」
ミスリルは性能がピカイチなのに軽いから、今の俺でも余裕で防具を装着できるはずだ。
「アーノルドさん、ローザさん、シリルさん。そろそろ終業の時刻ですよって! どうしてここにミスリルが?」
シルビア先生は、机の上に置かれたミスリル塊に驚いてしまう。
この学校の先生ですら、滅多に使用できないのだから当然だ。
「これですか? ゴミから『還元』しました」
「ゴミから?」
「はい」
俺は、ゴミから素材の『還元』が可能なこと。
普通の製造とは違って錬金の一種なので、どんな素材が『還元』されるのかは運次第であること。
などをシルビア先生に説明した。
「まあ、やらないよりマシ? 最低でもゴミがヒール草にはなるので……」
「アーノルド君! 行きましょう!」
「えっ? どこにですか? 先生」
「校長室に決まっています! さあ、急いで!」
俺はシルビア先生に手を引かれ、校長室へと連行されてしまうのであった。