第三十七話 購買の看板娘
「ええと……ここが購買だな」
シャドウクエストにおいて、『自分は錬金学校を卒業した』というセリフを述べる、錬金術師のNPCキャラが存在する。
だが、学校自体はゲーム中には出てこないし、錬金の成功率はキャラのステータスと特技で左右されてしまう。
正確な素材分量の指定をカーソルで行うものも多いが、これは暗記すれば済む話。
ゲームでは、俺が実際に材料を計って使用するわけではない。
ところがこの世界では実際に作業しないと錬金できないわけだが、これは何年かでかなり上達してしまった。
子供の頃はとにかく暇だったので、毎日のように実践していたからであろう。
暇だから、余計に一生懸命やったとも言える。
そんなわけで、シャドウクエスト設定集を完璧に暗記している俺からすれば、この学校は箔つけで通っているようなものだ。
もしかすると、新しい錬金、設定集にも載っていないレシピ開発のヒントになるかもしれないけど、今は既存の錬金ができるかどうか確認を続けた方がいいであろう。
俺が知っている錬金でも、この世界だとまだ未発見の錬金は多かったけど。
裕子姉ちゃんとシリルは、安全策で傷薬(小)の錬金を自主的に続けている。
ここで黒字評価を出すと、高価な素材の提供を受けられ、新しい錬金に挑戦できるからだ。
赤字評価にならなければ、ヒール草以外の素材提供を受け続けられるので、儲けが出る錬金と新しく挑戦する錬金を繰り返すわけだ。
素材が自前の自習でないと、いくら錬金に成功しても成果は学校のものになってしまう。
損をしているような気もするが、素材の提供は無料だし、入学試験は難しいが授業料はかからない。
学校側も、運営費、人件費、素材の仕入れ代金などがあるから、こういうシステムになっているのであろう。
そして、成績がいい生徒は優遇される。
多少人格に難があろうと、犯罪者でなければ錬金術師として優れていれば問題ない。
ある意味、凄い学校なのである。
そんなことを考えながら校内を歩いているが、廊下には誰もいない。
午後の授業が始まっているからであろう。
暫く歩いて案内板どおりに進むと、ようやく購買所に到着した。
ここには、様々な参考書、錬金で使う素材や道具などが販売されている。
校外で買うよりも少し安いようで、これが学生割引のようなものであろう。
「いらっしゃいませ。あれ? 子供?」
購買にいる店員さんは、十八歳くらいに見える綺麗なお姉さんだった。
看板娘っぽい。
「子供でも、ちゃんと試験に受かって入学した生徒です」
「みたいね。近年にない年少合格者だって話題だもの」
このお姉さん、俺のことを知っていたみたいだな。
「アーノルド君は、自分が思っている以上にこの業界では有名人なのよ。あと、貴族たちの間でもね」
十歳になる前に錬金学校に入学、その前にすでに独自の錬金レシピを開発……これは事前に知っていただけだからカンニングみたいなものだな。
加えて、俺は子爵家の跡取りでもあった。
裕子姉ちゃん……デラージュ公爵の娘であるローザとつるんでいるので、貴族たちからも噂されて当然か。
「デラージュ公爵様が、あなたが婿になるって大喜びしているわね。貴族のサロンで自慢していたそうよ」
なにそれ?
俺、裕子姉ちゃんから逃れられないってこと?
この年で、婚約者ありって……。
「よくご存じですね……」
「私、これでも貴族の端くれだから。デボラ・マリレーヌ・ラ・ジロって言うのよ。よろしくね」
「デボラさんは錬金術師なのですか?」
「購買部の店員なんて、誰にでもできるでしょう? 高価な品を扱うから、身元がしっかりした人が選ばれるわけ」
なるほど、学生や講師陣に貴族のコネは通用しないが、一部職員などには採用されるわけだ。
特に高価な素材や錬金物を扱う部門は、ちょろまかしや横流しを防ぐために身元がしっかりした人が選ばれる。
貴族の子女は、その条件に合致するのであろう。
「お婿さんも探せますしね」
「そういうこと。錬金術師側にもそういう需要があるのよ」
いくら成績優秀な錬金術師でも、後ろ盾がないと色々と大変だ。
そこで貴族が、娘婿に受け入れるなどしてから援助をするのであろう。
援助した錬金術師が成功すれば貴族側にも大きな利益となり、お互いに需要があるというわけだ。
「私も男爵家の次女で、お婿さん探しというわけね。でも、枠はあっても就職競争は激しいわよ」
「そうなのですか?」
「選考が厳しいのよ。まずは容姿端麗であることが最低条件」
確かに、デボラさんはなかなかの美女だ。
スタイルもかなりよかった。
「錬金術師への援助なんて、よほどの貧乏貴族でもなければ出せるわけ。錬金術師側としても必要な援助が得られればいいから、商人の娘の方が気楽だって考える人もいる。学校側の方が立場が強いから、貴族枠採用の臨時職員は沢山いる希望者たちの中から選ばれるわけ。学校側としても、いくらすぐに寿退職するにしても、必要以上の職員なんていらないわけだし。いくら薄給でもねぇ……」
「薄給なんですか?」
「お小遣い程度の金額ね。勤務時間は短いし、そもそも目的が別だから、それはどうでもいいけど」
稼げる錬金術師を狙う貴族のご令嬢か。
元はゲームの世界でも、世間は世知辛いものだ。
「というわけで、私はいいお婿さんをゲットするべく奮闘しているわけ。アーノルド君は残念……」
年齢差がありすぎだろうからな。
男女逆なら全然問題ないのだろうけど。
「アーノルド君は難しくても、新入生期待の星シリルさんがいるわ!」
デボラさん、実はシリルが年下なのを知らないんだな。
見た目は、彼女よりも年上に見えるからな。
「失礼な質問ですが、デボラさんはおいくつなのですか?」
「あら、本当に失礼ね。でも教えてあげるわ。あと一週間で十八歳よ。学園を卒業してから、ここに就職したの」
貴族の子女は、必ず学園に通わなければいけないのか。
そして卒業後に、錬金学校に就職したと。
「アーノルド君も十五歳で初陣があって、そのあとに入学ね。マナーくらいしか学ぶことはないと思うけど、他の貴族たちと知り合ういい機会だし、学園に通わないと貴族扱いされないから」
やはり、学園には通わないといけないのか。
仕方がないな。
「どうして私の年齢を聞いたの?」
「あのシリルなんですけど……彼はいくつだと思います?」
「二十二歳くらいかしら? ちょうどいい年齢差ね」
シリルは、本当に大人びて見えるからなぁ……。
裕子姉ちゃんからとっちゃん坊や扱いされるわけだ。
「実は、彼は十五歳なんです。デボラさんの年下ということになりますね」
どうせすぐにわかることだと、俺はシリルの年齢をデボラさん教えてあげた。
「えっ? 年下なの?」
「はい」
「本当に?」
「本人がそう言っていましたから。昔から大分年上に見られるそうでして……」
「なんてことなのかしら……」
デボラさんは、その場でガックリと肩を落とした。
貴族同士の婚姻だと、女性の方が年上ってパターンは極端に少ないからであろう。
「でも、二歳差だから大丈夫!」
でもデボラさんは逞しい性格をしているようで、すぐに元気を取り戻した。
こういうところは、俺も見習わないとな。
「もうすぐデボラさんは十八歳だから、ほぼ三歳違い?」
「アーノルド君、君も錬金術師なんだから数字は正確に! 二歳差よ! わかった?」
「はい」
正直なところどちらでもいいので、俺は素直に『はい』と頷いた。
決して、デボラさんの迫力に負けたわけではない。