第三十六話 シリル
「今日は初日なので、傷薬(小)の錬金を続けてください。これは、いくらあってもすぐに売れますからね」
シルビア先生からこの学校に関する説明……本音の部分を教わった俺たちは、三人だけになった教室でコツコツと傷薬(小)の錬金に勤しんでいた。
「いくらあっても売れるってのは、さすがに誇張じゃないかしら?」
裕子姉ちゃんが錬金をしながら、シルビア先生の言い分に疑問を投げかける。
「いや、お子様のお前にはわからないと思うが、傷薬(小)はすぐに売れるぞ」
「誰がお子様よ! このとっちゃん坊や!」
「人を『とっちゃん坊や』呼ばわりするお前の方が、子供じゃないか!」
本当に、この二人は相性が悪いな。
作業の手は止めていないが、二人で口喧嘩を続けている。
「口喧嘩もいいけど、集中力を欠くと品質が下がるよ」
錬金には集中力が必要だ。
いくら特技を持っていてステータスが優秀でも、よそ見をすれば失敗する。
ゲームではないのだから当然だ。
実際、二人が口喧嘩しながら作った傷薬(小)の品質はEにまで落ちていた。
もう少し品質が下がっていたら、ゴミになっていたな。
「あちゃあ……」
「小娘、俺まで巻き込むな!」
「とっちゃん坊やには言われたくないわよ!」
「小娘のくせに!」
「レディーを小娘扱いして! そんなんだと女性にモテないわよ!」
お互い名前を知っているのに、呼び方は小娘ととっちゃん坊やになってしまった。
これは喧嘩するほど仲がいい……わけないか……。
「シリルさん、傷薬(小)について聞きたいのですが」
「おう、アーノルドはまともでいいな。あと、年齢差はこの学校じゃ関係ない。さん付けと敬語はいらないぞ」
「わかった。それで、さっきの質問だけど……」
「一番沢山いる初級冒険者は傷薬(小)を多用するからだ。モンスター退治で負傷するからな。こんな世の中でモンスターも多いから、その分数が必要になる。予備分も含めて、毒消し草と共に数が必要なアイテムなんだ」
なるほど、ほぼシャドウクエストの設定と同じか。
ただ、シャドウクエストはマカー大陸しかデータが存在しなかったからな。
他の大陸にも多くのモンスターが生息し、これを多くの冒険者が倒して生活しているわけだな。
「『治癒魔法』を使える者もいるが、魔力の問題もあるからな。それに魔力回復ポーションは高い。コストを考えると、傷薬(小)の方がいいというわけだ」
シリルは、冒険者事情に詳しいようだな。
経験者なのであろうか?
「俺の姉貴が、そこそこ名の知れた冒険者なんだ。俺が錬金術師になるのに応援してくれている。となれば、格安で必要な錬金物を提供したいわけだ」
お店から購入するよりも、身内なら家族価格で仕入れた方が安いか。
シリルも、安く売れてもある程度の利益は確保できるというわけだ。
やりすぎると商人からいい顔をされないだろうが、錬金術師が身内に錬金物を売るのは止められない。
ただ、それを期待して高名な錬金術師には知人・友人・親戚の類が増えて面倒になるらしく、そういうことを一切しない人もいると聞いた。
「武器の錬金がしたいが、こればかりは『鍛冶』と『防具作成』の特技がないと辛いよな」
「素人が武器は作れないからね」
加えるなら、武器に使う金属の品質をあげる『純化』もあった方がいい。
『純化』があれば、鉱石から純度の高い金属が取れるからだ。
これも持っている人が少ない特技だが、シリルは持っているだろうな。
ただ彼は『鍛冶』と『防具作成』を持っていないようなので、武器の製造となると厳しいかもしれない。
『置換』がせいぜいだろう。
『鍛冶』は、武器を作るのに圧倒的に有利な特技だ。
持っていなければよほど修行するか、既存の武器の素材を『置換』で変更する方法でしか武器を強化できない。
俺もいきなり、熱した金属片をハンマーで叩いて刀身を作るなどできるはずがなかった。
「そこまで行くのに、どれくらいかかるかな?」
「武器は、素材をゴミにすると損失が多いからな。大分あとじゃないか」
今は一か月間、午前中にひたすら傷薬(小)を作るしかないか。
午後から、なにか別のものを錬金してみようと思う。
ただ、これは素材は自前じゃないといけないから、どこかで購入するしかないか。
「アーノルド、素材なら大半の物がジキタンのツテで手に入るわよ」
「でも、ここで錬金したものは学園買い取りになるからなぁ……」
ジキタンも、デラージュ公爵家の御用商人だ。
儲けの少ない仕入れは嫌がるかもしれない。
「大丈夫よ。ジキタンが嫌な顔をするわけがないじゃない。卒業後のつき合いもあるのだから」
「実際問題、アーノルドは今年の入学生の中で圧倒的に優秀だものな」
まあ、そうなるように子供の頃から努力してきたからな。
裕子姉ちゃんも同じだ。
裕子姉ちゃんには『錬金術』がないけど、『純化』と知力、器用の基礎値がカンストしている。
中級までの錬金なら、それほど失敗しないはずだ。
今は手際と知識の問題で多少失敗しているけど、これは何度も錬金を繰り返せばすぐに克服できるであろう。
シリルは、やはりステータスの基礎値が低いのが成功率の低さに繋がっている。
だから裕子姉ちゃんよりも失敗が多いのだ。
それでも、新入生の中では圧倒的に優秀であった。
シャドウクエストの知識と設定を利用している俺たちが異常なだけなのだ。
「俺も結構自信があったんだがな。まあ、お前たちを入れなければ主席みたいだから頑張るか。上を見てもキリがないしな」
午前中いっぱい、傷薬(小)を錬金した俺たちは、そのまま教室で昼食を食べた。
俺とローザはレミー手作りのお弁当を持ってきており、シリルも意外なことに弁当を持参していた。
「シリル、もしかして自家製?」
「さては女ね!」
「うるさい、小娘。女が作ったのには違いがないが、妹が作ってくれたんだ」
「へえ、妹さんがいたんだ」
「俺は真ん中でな。妹は姉貴のように強くないが、お菓子や料理を作るのが得意でな。将来は店を開きたいんだと。姉貴と俺で資金を援助できたらいいなと思っている」
「確かに、いい腕みたいね」
上級メイドであるレミーの料理はいい出来であったが、シリルの妹の料理もそれに負けないほど上手だったからだ。
シリルの妹ほどの若さでその腕前なのだから、間違いなく特技『料理』を持っているはずだ。
「これなら、店を開けそうだな」
「そんなわけで、早く一人前の錬金術師になりたいものだな」
昼食を終えると、午後からは自習となった。
ノルマである傷薬(小)の錬金が終わったので、自由に錬金をしてもいい時間というわけだ。
ただし自習なので、素材は自前で準備しないといけない。
「とはいえ、新入生の俺たちに準備できる素材は少ないよな」
プリン玉、ヒール草くらいなら誰にでも手に入るが、それ以上の素材をなると相応の資金と実力が必要になる。
「これ、結局傷薬くらいしか選択肢がないぞ」
「いや、校内の売店で購入すればいい」
「あそこは少し安く素材を売っているが、新入生の資金力では、高価な素材なんて買えないだろう。俺はそんなに金に余裕がないから、まずは傷薬(小)で稼ぎって……結局その選択肢しかないじゃないか」
段々と高度な錬金を行うようになると、自然と失敗を計算に入れなければいけなくなる。
自習の素材は自前で、失敗すれば自分が損を被ることになる。
高価な素材を使う錬金は難しく成功率が低くなるから、その分の損失も計算して難易度の低い錬金を繰り返して金を稼ぐ必要があった。
どう足掻いても、未熟者が己の技量にそぐわない高度な錬金は繰り返しできないようになっているのか。
「私は毒消し薬でも作ろうっと」
裕子姉ちゃんは、自前の材料で毒消し薬を錬金し始めた。
「俺はどうしようかなぁ……傷薬(大)でも作って素材費を稼ぐか」
「お前、いきなり凄い物を作るな。失敗を考えると、いきなり(大)は作らないな。せめて(中)だろう」
傷薬はまず失敗しないので、これで実績を上げて新しい素材の提供を受けたいものだ。
授業で実験して成功したら、自習の時間に錬金して稼げばいい。
これはいいアイデアだな。
「…って、俺の忠告を無視かよ。しかも成功してるし」
俺は次々と傷薬(大)を作っていく。
材料は、ジキタンに頼んで購入していたものだ。
勿論失敗は一個もなく、品質もSとAばかりであった。
「でも、確かに同じものばかり錬金すると飽きるな。よし! なにか購買で素材を買ってこよう」
「そんな新入生、アーノルドだけだと思うがな」
シリルは、諦めて傷薬(小)の錬金を始めたようだ。
俺は完成した傷薬(大)を持って、校内にある購買へと向かうのであった。