第三十五話 課題
錬金学校初日の授業は、傷薬(小)の練金を五割以上成功させる、であった。
これが入学者に課せられる最初の課題だそうで、初日でクリアーできたのは三名のみであった。
俺たちは、シルビア先生の案内で別室へと移動する。
他のクラスメイトたちは、夕方の終業までずっと錬金だそうだ。
明日からもそうで、最初の一か月間はとにかく傷薬(小)の錬金だけを集中して行う。
傷薬(小)の錬金は基礎の基礎であり、一か月以内に課題をクリアーできないとせっかく入学した学校で肩身が狭い思いをするわけだ。
ここで脱落する生徒も、それなりの数いると聞いた。
錬金学校なので、いくら筆記が優秀でも、決められた錬金ができなければ落ちこぼれと評価されても仕方がないわけだ。
「他のクラスでは、初日クリアーは一人もいないそうです。B組とC組は、A組よりも成績が低い生徒たちが集まっていますから不思議なことではありません。とはいえ、その二つのクラスでも頭角を現す人が必ず出ますから」
シルビア先生は、今のところ課題をクリアーしたのが俺たちだけであると教えてくれた。
最初は成績が低くても、在学中に努力して成績を上げる人もいるわけか。
逆に、最初はAクラスでも、努力を怠って成績を大幅に落とす人もいると。
「基本的にこの学校でクラス替えはありませんが、成績が上がったことにより上のクラスに移る人もいます」
「逆に、AクラスからB・Cクラスに落ちる人もいるというわけですね」
「そうです、ローザさん。最初に入ったクラスでちゃんと成績を維持していればクラスは落ちませんから、基本的にクラス替えはないのです」
成績が落ちて下のクラスに行くことになっても、それはクラス替えではないというわけか。
シルビア先生も、大人しそうな顔をしているのに、随分と厳しいことを言うのだな。
「あなたたちは、一か月間この教室に来てください」
「シルビア先生、それは新しい錬金を教えてもらえるのですか?」
「自習、予習、研究は午後から夕方まで認めます。あなたたちは優秀な生徒です。優秀な生徒が自主的に勉強するのを学校は止めません。その代わりに……」
「その代わりになんですか?」
「午前中は傷薬(小)等の錬金をお願いします」
「先生、それは学校のためですか?」
「はい。少し心苦しいのですが、錬金学校が無料で学べる場所を続けるために必要なのです」
錬金は金がかかる。
素材には高価なものが多いし、錬金が成功すれば儲かるが、失敗すればゴミになってしまう。
錬金学校は狭き門だが、入学できれば講義中に使う素材は無料で提供される。
才能があれば、どんなに貧しい生まれでも存分に錬金ができるのだ。
「その代わり、学校の授業や課題で錬金したものは学校の所有物となります。この販売益が、学校の経営を支えているわけです」
無料で錬金を学ぶための原資は、優秀な生徒の力量にかかっているわけか。
「その代わり、実力が上がれば高価な素材でも無料で提供されます。錬金を失敗してもペナルティーはありません」
ただし、高度な錬金で失敗が続けば高価な素材は提供されなくなり、成功率が高い錬金ばかりさせられるようになってしまう。
成績によって提供可能な素材に制限がつくわけか。
合理的な仕組みではある。
「先生、自分で素材を用意して自習で錬金した場合はどうなのです?」
俺たちと共に課題をクリアーしたシリルが、俺も聞きたかった質問をしてくれた。
「その場合、錬金物は錬金した人のものです。ですが、校内で錬金したものは学校が買い取ります。学校が買い取らないと宣言したものについては自由にしてください」
「学校が買い取らないなんてあるのかしら?」
「ローザさんの疑問どおり、まずないですね。錬金物はどれも足りないのでよく売れますから」
相場より少し安く買い取って、この利益も学校の運営費に回すわけか。
その代わり、その錬金で校内の備品や道具を壊してしまったとしても、特に賠償等は求めないそうだ。
「失敗を恐れず、様々な錬金に挑戦してほしい。その代わり、成功したら学校に利益をですか?」
「失敗を許容するせいで、錬金学校はさほど儲かっていませんので。高価な素材を立て続けに錬金失敗となると、バカにならない損失が出ますからね」
それでも、何度失敗してもめげずに錬金するから、難しい錬金ができるようになる。
錬金学校は、見習いの失敗を受け入れるためのものというわけだ。
「傷薬(小)の錬金がまともに出来ない人に、高度な錬金を任せられませんからね」
それゆえに、課題つきの厳格な評価制度があるわけだ。
優秀な生徒は学校の赤字を補てんする存在であり、学校側も高度な錬金に必要な素材を提供して練習させると。
「この学校は完全な実力制です。アーノルドさんとローザさんは近年にない最年少入学者ですが、長い錬金学校の歴史で一人もいなかったわけではありません。年少者だからと言って凄い、特別だと思われるかは、錬金の成績次第ですね」
ただ入学しただけでは、校内では評価の対象にならないわけだ。
いかに多くの錬金をこなして学校に貢献するかというわけだな。
「学校は、成績優秀者を優遇します。たとえば、新しい錬金を行いたい時。素材を優先的に渡されるのは成績優秀者です。そこに年齢は考慮されません。さらにもし、あなた方が年長の生徒に嫌がらせ等を受けたとします。当然、そういうことが起こる可能性は高いのです。その場合、嫌がらせをした生徒よりもあなた方の成績がよければ学校はあなた方を守るでしょう。学校もそういう行為をなくしたいとは思っているのですが、入学して成績に差が出ると、そのような問題が起こりやすく、なかなか全生徒に配慮するというのは難しいのです」
完全な実力主義の学校なのか。
ある意味、とても恐ろしいな。
しかも、腕の良い錬金術師は貴族に尻込みしたりしないと聞く。
「優れた錬金術師には変わった方も多いです。中には性格の悪い方もいます。ですが、錬金術師として優れていれば、我々としても陰口を叩くのが精々ですね」
この世界で優れた錬金術師は少ない。
錬金される品は常に供給不足気味な以上、人柄よりも成果で評価されるわけだ。
「ということですので、せっかく最初の課題に初日で合格した以上、空いた時間で実績を積んでください」
「つまり、一か月で大量の傷薬(小)などを錬金しておけば、成績は圧倒的なプラスとなり、貴重な素材が提供されやすいわけだ」
「そういうことです、シリルさん。あなたも、若くして入学した点でお二人と同じですからね」
「年上の同級生の嫉妬か。まあ、しょうがないか」
若い?
シリルは確かに若いと思うけど、二十歳ほどで入学する生徒なんて珍しくないと思うんだがな。
「あんた、いくつなのよ?」
同じ疑問を感じた裕子姉ちゃんが、シリルに年齢を訪ねた。
「俺か? 俺は十五歳だ。お前らほど若くないが、十五歳でこの学校に入学する奴は珍しいぞ」
「はあ? 十五歳? あんた、二十歳くらいに見えるわよ」
「文句あるか! 俺は大人びているんだ!」
「シリルって、とっちゃん坊やなのね」
「お前、やっぱりムカつく……」
入学初日、俺たちと同じく若くして入学した錬金術師の卵シリルと知り合いになったが、彼は裕子姉ちゃんと少しばかり相性が悪いようだ。
これからも常に、俺が間に入らなければいけないことを理解するのであった。