第三十四話 入学式
「これより、錬金学校の第五百六十七期生入学式を始めます」
十歳になる直前にして婚約者が決まってしまった俺であったが、あまり深く考えても仕方がない。
裕子姉ちゃんも、超イケメンに成長した攻略キャラを見たら気が変わるかもしれないのだから。
ただその場合、ゲームの主人公には嫌われて没落コースかもしれないけど。
シャドウクエストに出てきたボスモンスターを退治してから二日後、俺たちは無事に錬金学校の入学式を迎えていた。
入学生全員で講堂らしき場所に集まり、そこで校長先生からのお話を聞く。
まあ、どこの世界でも入学式なんてこんなものだ。
続けて、教頭を名乗るローブ姿の老人からクラス発表が行われ、俺は裕子姉ちゃんと同じ一年A組となった。
今年は二十名ちょっとのクラスが三つだそうだ。
合格者数により、クラスの数は毎年変わるそうだ。
今年はA~Cクラスに別れ、Aには成績優秀者が集められていると聞く。
Cクラスは錬金の勉強についていけず、途中で退学する者が一番多いクラスとなるはずだそうだ。
入学式が終わると、担任の先生の案内で各教室へと向かう。
「みなさん、入学おめでとうございます。私は、シルビア・シャトーンと申します」
担任の先生は、二十代半ばで白衣を着て眼鏡をかけた知的な美人であった。
残念ながらそんなに胸はない。
繰り返す。
そんなに胸はない。
実は結婚しており、すでに娘さんがいるそうだ。
「無事に試験を突破されたみなさんですが、錬金術師としての勉強はこれからです。これからも精進を忘れないでくださいね」
錬金学校は経験の少ない生徒が大半なので、カリキュラムは基礎から組まれていると資料に書かれていた。
そのため、通学期間は四年とかなり長い。
錬金は高度な学術というか技術なので、錬金学校は大学のような扱いであった。
ここを卒業すると、みんなすぐに自分で錬金工房を開いたり、錬金工房に就職したりする。
俺たちのように十歳になる直前に入学し、十五歳になったら学園に通わなくてはいけない人はいなかった。
生徒には貴族の子弟もいるのだが、彼らは先に学園を卒業してからここに入学している。
そっちの方が多くて当たり前というか普通なのだが。
「このクラスには入学試験での成績優秀者が集められており、さらにもう成人している人が大半です。『錬金術』という学問の性質上、弛まぬ努力や勉強が必要ですが、私たち講師はあえて『勉強してください』とは言いませんので」
基本的に、『錬金術』は努力を裏切らないものとされている。
才能が欠片でもあれば、懸命に努力すればなにかしら錬金できるようになるからだ。
そういう学問のため、学校では多くのカリキュラムが組まれている。
当然、家に帰ってからの自習や予習復習も必要だが、シルビア先生はあえて生徒に勉強しろと言わないらしい。
一見楽に思えるが、逆に言うと、努力を怠って落ちこぼれても先生は助けてくれないとも言えた。
その辺も自己責任というわけだ。
「もう一つ。この学校は入学試験に受かれば誰でも入れます。性別や年齢、身分は一切関係ありません。先輩に敬意を払いつつ、外での身分差や人間関係を校内に持ち込まないようにお願いします」
どこまでが本音かわからないけど、貴族だから威張れるというわけでもないようだ。
とにかく錬金の腕が優れていれば尊敬される。
入学生を見ると、俺と裕子姉ちゃんほど幼い人はいなかった。
若くても十五歳くらいで、中には三十歳近い人もいるようだ。
多分、腕を磨いて傷薬を作れるようになったのであろう。
「制服のローブはそのためです」
錬金学校の制服は、服の上から着る大き目のローブであった。
もう一つ、左胸の部分に銀色のバッジもつける。
バッジのデザインは、錬金鍋と材料の重さを図る秤がモチーフとなっていた。
このローブのせいで下の服装は隠れるので、生徒の身分は関係ないというわけか。
ちなみにこのローブは、外出する時でも卒業するまで着続けるのが決まりだそうだ。
どうしてもローブを着れない事情ができた場合、学校に特別に許可を貰わないといけないらしい。
「どこにいても、卒業まではこの学校の生徒であると世に知らせるためのローブなのです。ちなみに、一年生は白となります」
二年は青、三年は緑、四年は黒だそうだ。
そしてあともう一種類。
特別な者しか着けられない赤いローブも存在する。
入学式の時、在校生代表として挨拶をしていた生徒が着ていたな。
「前期と後期の後半に、定期試験があります。筆記もそうですが、実技もありますし、新しい錬金レシピを発明できた人は多くの点数が貰えます。既存品の改良でも、評価がよければ多めの点数はあげますので。この試験でトップ五となった人は、晴れて赤いローブを着用できるわけです」
赤いローブは、成績優秀者の証明というわけか。
でも、もし一度赤いローブになってから成績が落ちたらどうするんだろう?
と思っていたら、俺に代わりに別のクラスメイトがシルビア先生に質問してくれた。
「当然、成績が落ちると赤いローブは着られなくなります。努力を続けなければいけないわけです」
成績が落ちると、赤いローブを着れなくなるのか。
厳しい話だな。
「赤いローブを着られるようになった人には、優先的に工房が貸し出されます。成績が落ちて赤いローブが着られなくなっても、一度与えられた工房を取り上げることはしませんが、どういうわけか成績を落とす人は工房を維持できなくなりますね」
成績を落とすような生徒は、工房でも成果を出せなくなる。
工房の経営は商売なので、赤字になれば工房を維持できなくなる。
結果的に、借りていた工房を返還する羽目になる者がいると、シルビア先生は説明を続けた。
「赤いローブを目指して頑張ってください。A組は現時点で二十二名が在籍しています。まずは、自己紹介でもしましょうか」
シルビア先生の勧めにより、俺たちは順番に自己紹介を始めた。
「シリル・ヴェリアと申します。錬金はまだ素人なので、頑張りたいと思います」
次々と自己紹介が始まるが、まだ錬金に慣れていないと言う人が多かった。
本当なのかはわからない。
日本の学校でも、試験前に『全然勉強していないから自信がない』と言いつつ、いい点数を取っている同級生とかいたしな。
「次は、アーノルド君。お願いします」
「はい」
俺の番になったので席を立つが、みんなもの凄く注目している。
あと三日で十歳になる俺が、いくつもの発明で稼いでいる事実を知っているからであろう。
錬金は才能が肝心なので貴族が少なく、次期子爵家当主だから注目されているというのもあるのか?
「アーノルドです。四年間よろしくお願いします」
自己紹介と言われても取り立てて言うこともないし、まあ無難に挨拶して終わらせた。
彼らも、子供に気の利いたコメントなど求めていないであろう。
「次は、ローザさん」
「はい。ローザです。これまでは、アーノルドの助手のようなことをメインにやっていました。まだ傷薬(小)が錬金できるくらいですが、よろしくお願いします」
ローザも、あえて家名を名乗らなかった。
この学校で家柄を誇っても無駄なのがわかっているからであろう。
シルビア先生も、特になにも言わない。
実はこの学校では、あえて家名を名乗らない人は意外と多いそうだ。
「自己紹介が終わりましたね。では、早速授業を……」
錬金学校は、錬金を習うための上級学校である。
生徒たちに社会勉強をさせるとか、人格形成のため情操教育を行うなんてこともなく、ただ錬金関連の講義と実技しかないそうだ。
「みなさんは、試験で傷薬(小)を錬金できたから試験に合格したはず。今日はそのおさらいです」
シルビア先生は、いつの間にか教室の外に置かれていた大きな籠を教卓の上にドンと乗せた。
中身はヒール草であった。
「まずは、傷薬(小)の錬金確率を半分以上に上げてください。これは錬金術師としての最低ラインです。ヒール草の仕入れ代金に、その他の経費を考えますと、これがクリアーできないと錬金で食べられませんよ」
死ぬほど頑張れば、半分以上の人間がヒール草から傷薬(小)を作れるようになる。
ところが、成功率が半分を超えないと損益分岐点の関係で錬金をする意味がなくなってしまう。
冒険者が自分で採取したヒール草で錬金するのならなんとか利益は出るが、その程度だと冒険者業に専念した方がマシであろう。
若者が錬金学校で学ばない内に傷薬(小)が作れるのだから、今の時点ではみんな才能があると思われている。
ところが、この最初の試練で四分の一ほどが脱落してしまう。
特に危険なのが、年を取ってから入学した人たち。
この最初の試練が突破できなくて、結局退学する人が多いそうだ。
これは、レミーが集めてきた情報だ。
というか、よく集めてきたものだ。
彼女は上級メイドなので、情報入手能力が高く、顔が広いのであろう。
「では、始めてください。一か月以内にクリアーできるのが望ましいですね」
シルビア先生にヒール草を配られると、みんな真剣な表情で錬金を始める。
どうやら、この試練をクリアーできないと次の講義を受けられないようだ。
傷薬(小)の成功率が半分を超えない奴に、高度なことを教えても無意味と思われているのであろう。
「うわっ! 失敗した!」
「失敗したゴミは、専用のゴミ箱にお願いします。さあ、何度でも挑戦してください」
「アーノルド、この学校って太っ腹ね。ヒール草を使い放題よ」
才能ある錬金術師を見い出すためなので、錬金学校は試験に受かれば学費が無料で入学できる。
授業に必要な錬金素材も、すべて無料で提供された。
その代わり、駄目な生徒には高度な錬金はさせない。
この傷薬(小)の試練も、駄目な生徒を振るい落とすためなのであろう。
駄目な奴に錬金をさせて、高価な素材を大量に無駄にするわけにはいかないのだから。
「ローザさん、お話をしている暇があったら錬金をしてください」
そして、ローザが陛下の姪にも関わらず、シルビア先生は厳しかった。
高名な錬金術師は、王族にも平気で逆らうことがあるそうだ。
その国と揉めても、他の国でいくらでも需要があるのだから当然だ。
「へっ、どうせ親のコネで入学したんだろう。錬金学校は、実力者のみが入れるって聞いてたんだがなぁ……」
シルビア先生に怒られたローザに、二十歳ほどに見える若い男子生徒が噛みついてきた。
確か、シリル・ヴェリアと名乗っていたはずだ。
攻略キャラほどではないがなかなかのイケメンで、しかもすでに傷薬(小)の課題をクリアーしていた。
見た目とは違い、かなりの才能の持ち主のようだ。
「あんたねぇ! 私は!」
「実際に錬金してから反論しろ。小娘」
「憎たらしいわねぇ!」
「ローザさん、作業に入っていないのはあなただけです。そしてシリルさん。錬金学校は、たとえ王族の方がコネで入学しようとしてもできません。そこは誤解しないように」
「失礼しました」
シリルという男子生徒は、間違いは素直に認められる性格のようだ。
シルビア先生からの注意を素直に受け入れていた。
「傷薬(小)は……成功率六十パーセントですね。品質も大半がD。シリルさんは、『純化』をお持ちのようですね」
「中級までの錬金で、これほど便利な特技はありませんからね」
「わかりました。あなたは合格です。念のためにもう十個ほど作ってください」
「わかりました。素材費の捻出ですか?」
「みなさんの素材費が無料なのは、錬金した品を学園が販売しているからというのがありますね。その代わり、生徒たちの失敗のリスクを学園が引き受けているわけです」
なるほど、だから駄目な生徒は退学に追い込まれるのか。
同級生が次々と錬金を成功させて学園から称賛されているのに、自分はゴミばかり作って、しかもその経費は成績優秀者が賄っている。
プライドが高いと、逆に残れないのかもしれない。
「先生、終わりました」
続けてローザも、傷薬(小)の錬金を終わらせた。
彼女も『純化』を持っていたし、元々頭がいいので錬金の手順を覚えるのも早かった。
シリルよりも好成績であり、成功率は八十パーセントで、平均的な品質はCだった。
知力や器用がカンストしていて、入学試験以降コツコツと練習していたからであろう。
「やるな、小娘」
「ローザよ!」
どうもこの二人、いまいち相性が悪いようだな。
「アーノルドは終わったの?」
「終わった」
つい、裕子姉ちゃんとシリルの言い争いを見学してしまったが、錬金自体はとっくに終わっているんだ。
俺は、傷薬(小)の錬金に関しては、五年以上のベテランだからな。
「成功率百パーセントかぁ……相変わらず上手ね」
「確かにな。天才錬金少年の噂は本当だったか」
シリルは、俺のことを知っていたようだ。
それにしても、天才錬金少年ねぇ……恥ずかしいあだ名だな。
「これだけ上手だと、傷薬(中)と(大)だけ作っていればいいような気もするな」
「傷薬は、(小)が一番需要があるから。(大)や(中)は、極端に不足したら作ればいいんじゃないかな? 僕たちはまだ学生なんだから」
「そうですね、アーノルド君の言うとおりです。あなたたちは入学したばかりの学生ですし、いきなり傷薬(中)と(大)の錬金を任せませんよ。それに、アーノルド君の傷薬(小)は、品質がSとAばかり。品質の低い傷薬(中)と効果が変わらないどころか上なのですから」
傷薬は、なにも(大)ばかり作っていればいいというわけではない。
駆け出しの冒険者なら、傷薬(小)でも十分だからだ。
高品質のものなら、上級冒険者でもよく使っている。
自分が出せる費用と相談し、必要な効き目の傷薬を購入するのが、冒険者のみならずこの世界の人間の常識なのだから。
なので実は、傷薬は(小)が一番需要があったりする。
ただ(中)や(大)も需要がないわけではなく、これは作れる人が少ないので不足気味という現実もあるのだが。
「アーノルド君の成功率は百パーセントですか。なかなかいないレベルですね。噂に聞いていたとおりです。さすがは天才錬金少年」
『錬金術』と『純化』の特技を持ち、今の俺のレベルとステータスなら、まず傷薬の錬金は失敗しない。
逆に、失敗する方がレアケースだ。
それにしても、シルビア先生まで俺の恥ずかしいあだ名を知っていたのか……。
正直、そのあだ名はやめてほしい。
「詳しく品質を見てみましょう。Sが八個、Aが二個ですか……凄いですね!」
「査定が早いなぁ……」
「ローザさん、私は錬金学校の講師なので、生徒たちの作品を毎日評価しているからですよ」
シルビア先生は、俺が作った傷薬(小)の品質を短時間で見抜いてしまった。
『鑑定』持ちは滅多にいないので、純粋に錬金物の目利きが得意なのであろう。
教師は毎日のように生徒の錬金した品を評価しなければいけないので、彼女が先生に向いている証拠でもあった。
「アーノルド君は、傷薬(小)の錬金に関しては国内でもトップレベルといっても過言ではないですね」
俺も昔は滅多にSは作れなかったのだが、これまでの錬金経験と、入学前のレベル上げで能力値が上がったのが功を成したようだ。
基礎ステータスがカンストしている俺は、レイス退治で得た経験値で次々とレベルを上げ、今では37だ。
それだけステータスに修正が入っていた。
運はそれほど上がっていないと思うが、知力と器用の補正がかなり期待できたので、品質Sが作れてもそうおかしくはなかった。
この辺の事情は、シャドウクエストとまったく同じだ。
「合格です。三人はもう傷薬(小)の錬金はいいですよ。それとみなさん、気を落とされないように。二週間で成功率五十パーセントが達成できれば、十分に優秀ですから。三人には別室でお話があります」
入学初日、最初の試練を突破した俺達はシルビア先生に促され、別室へと移動するのであった。