第三十二話 リルルの料理(前編)
「アーノルド様、ローザ様、ビックス。今日私は、所用で夕食を作ることができません。そこで、今日は外食にしていただきたいのです。非常に心苦しいのですが……」
リルルが俺の専属になってすぐのこと。
いつも俺たちの食事を作ってくれるレミーが、今日は食事を作れないので、外食してくれとお願いをしてきた。
レミーは上級メイドなので、当然料理は得意であった。
下手なプロの料理人よりも美味しい食事が作れる。
実家にいる時は、屋敷に専属の料理人がいたのでお茶を淹れるくらいであったが、今は俺が借りた家にいるので毎日食事を作ってくれていたのだ。
それが今日に限り、急用で長時間外出しなければいけないようで、夕食は外食にしてくれと頼んできたのだ。
「別にいいけど」
「あっ、私が作ります」
「いえ、そういうわけにはいきません」
代わりに裕子姉ちゃんが作るという提案を、レミーは即座に却下した。
確かに、デラージュ公爵家のご令嬢に食事を作らせるわけにはいかないか。
ただ、中身の裕子姉ちゃんは普通に食事は作れた。
なんでも、好きな漫画やアニメで出てきたメニューの再現をしているうちに上達したらしい。
料理が作れるようになった理由は大変残念だけど、普通に美味しい食事が作れるのは確かなのだ。
「せっかくだから、たまには外食もいいよね」
「アーノルド様にそう言っていただけると安心です」
「あっ、でもリルルが作るっていう方法もありますよね?」
「……」
ここでビックスが、母親が駄目なら娘が代わりに料理をすればいいのでは?
上級メイドを目指しているリルルなので、食事くらいちゃんと作れるはず。
そういう意味を込めて意見を述べた。
すると、いつもは沈着冷静そのもののといったレミーの顔に冷や汗が浮いているのを、俺は気がついてしまった。
「リルルの料理は、まだ半人前なので……」
「一日だけだから、軽食みたいなものでもいいのでは? レミー様ばかりが食事を作っていたら、リルルも炊事の腕前が上がらないでしょうに」
さらにビックスが正論を述べた。
あまりに正論すぎて、レミーもなにも言い返せないようだ。
「アーノルド様もローズ様もそう思うでしょう?」
「そうだな」
「たまにはいいんじゃないの」
俺も裕子姉ちゃんも、ビックスの意見に賛同の意を示した。
それにしてもビックスは、リルルが食事を作ることにこだわっているようにも見える。
もしかして彼は、リルルの手料理を食べたくて仕方がないとか?
つまり、ビックスはリルルに気がある?
「一日、それも一食だからいいんじゃないのかな? レミーはどう思う?」
「リルルの料理ですか……個人的な意見としましては、それはやめておいた方がいいと思う次第です」
実の母親に食べない方がいいと言われる料理って、どんな料理なんだろう?
ちょっと興味が出てきた。
「リルルって、料理が苦手なのか?」
「手際が悪いとか、調理方法が間違っているとか。そういうことはないのですが……」
なぜか完成した料理がとんでもない代物になるのだと、レミーはとても言いにくそうに答えた。
それって、アニメなどでよくある、廃棄物のような飯を作ってしまうということなのであろうか?
「どんな料理なのか、逆に興味出てきたわ」
とここで、裕子姉ちゃんがリルルの料理に興味を持ったようだ。
是非食べてみたいと言い出した。
「だから言いたくなかったのです。本当に食べない方が幸せだと思いますよ」
なるほど。
リルルの料理のことを話すと、どのくらい酷いのか興味本位で食べたがる人が出てしまうわけか。
そして、さらに犠牲者が増えていくと……。
「アーノルドもそう思うでしょう?」
「そうだなぁ……」
現実的に考えて、いくら料理が下手とはいえ、そんなアニメや漫画のような産業廃棄物クラスのブツが出てくるとはとても思えない。
レミーはプロの料理人にも匹敵する料理の腕前なので、殊更リルルの料理を低く評価してしまうのであろう。
今まで生きてきて、いくら不味い料理でも、まったく食べられないとか、食べると死ぬかもしれないなんて料理にお目にかかったことがない。
さすがにレミーが大げさすぎるのだと思う。
「試しに作らせてみればいいじゃないか」
「そうよね。じゃあ、そういうことで」
俺と裕子姉ちゃんは、夕食をリルルに作らせることをレミーに命じた。
ちょっと彼女が大げさだと思うんだよなぁ……。
「わかりました」
渋々とであるがレミーも了承し、今夜の夕食はリルルが作ることになったのであった。