第三十一話 ボス戦後
「昨晩は疲れたわね」
「疲れたどころじゃなくて、死ぬかもしれなかったんだけど……」
「とはいえ、無事に切り抜けたからそれでいいのよ。次から気をつければいいわけだから」
「じゃあ、いい加減レベル上げてよ。運以外カンストしているじゃない。裕子姉ちゃんは」
「嫌! 運の修正値分、私が損をするから」
思わぬアクシデントで……考えてみたら、この世界はシャドウクエストの世界も混じっているから別に戦闘があっても変じゃないのか?
とにかく、シャドウクエスト序盤半ばくらいに出てくる中ボス、狼ゾンビ男爵という狼男のアンデッドと戦闘になった。
正直なところ、俺は実戦不足、裕子姉ちゃんは基礎ステータス上げ優先でレベル1のまま。
リルルとビックスの実力は未知数という状態での戦闘であったが、ゲームで通用した低レベル攻略方法が上手く嵌って勝利することができた。
散々な目に遭ったが、生き残れたのでよしとしよう。
シャドウクエストのボスキャラと、このゲームの舞台であるマカー大陸以外で戦闘になるとはな。
錬金学校に入学したら、戦闘にも慣れておかなければ駄目か。
そういえば、錬金術師も素材集めのフィールドワークでモンスターの生息地によく行くので、どの道レベルを上げなければ駄目なのだが。
「私、一日でも早くレベルを上げるわ!」
「今すぐ上げてよ!」
運の基礎値が87で、100になってからでないと修正値が下がって勿体ないと、レベル1のままにしていたのは、裕子姉ちゃんなんだから。
「となると、やはり隠れ能力値のタネね」
「そんなに簡単に手に入らないから」
一体いくつの種を俺が『鑑定』しないといけないか。
裕子姉ちゃん?
まさか、入学までのあと数日。
俺はそれだけに集中するとか?
「どうせ入学したら、暫くは校内で忙しいから、その間に隠れ能力値のタネを探すわ」
それは裕子姉ちゃんの自由だけど、また戦闘に巻き込まれても知らないからな。
「そうなったら、弘樹が助けてくれるんでしょう?」
「できる限りはだけど……」
俺はシャドウクエストの成長システムを熟知しているから効率よく強くなっているけど、体はまだ子供だし、やはり戦闘技能では未熟なところも多かった。
裕子姉ちゃんがピンチになったら助けるけど、実力不足で助けられないこともあるのだと言うことは理解してほしい。
「大丈夫よ。私と弘樹が一緒なら、この世界でもなんとか生きていけるから」
そう言うと、裕子姉ちゃんは腕を組んできた。
見た目金髪美少女のローザなので、いかに中身がちょっと残念な裕子姉ちゃん相手でも、女性経験が少ない俺はドキドキしてしまった。
「あっ、アーノルド様とローザ様は、やはりお似合いのカップルですね」
「俺もそう思いますよ」
二人で小声で話をしていると、そこに昨晩一緒に苦戦したリルルとビックスが姿を見せた。
彼女たちは寄りそうように内緒話をしている俺と裕子姉ちゃんを見て、お似合いのカップルだと思ったようだ。
見た目は美少年と美少女のカップルなんだが、中身は普通の男子高校生と、美人だがちょっと中身が残念な女子高生とは思わないだろうからな。
それと、二人はホッフェンハイム子爵家専属の、さらに次期当主になる俺専属の護衛と使用人である。
俺とデラージュ公爵家の令嬢が将来結婚すれば、ますます将来は安泰だと思っているに違いない。
「アーノルド様、錬金学校でも仲良くしてくださいよ」
「そうですね。四年も毎日錬金学校で一緒なんて羨ましいです」
「あれ? でも、リルルはそのうち上級メイドを養成する学校に行くんだろう?」
この前、リルルの母親であるレミーから聞いたのだが、彼女はあと二年俺の傍で実務を積み、そのあと二年間、上級メイドを養成する学校に通うそうだ。
なんでもその学校は、最低二年間の実務と、試験への合格が入学条件なのだそうだ。
「上級メイドのための学校なので、生徒も講師も女性しかいないのです。ちょっと特殊な学校ですよね」
「そうなんだ……」
リルルは十四~六歳までの間、女子高で青春時代をすごすというわけか。
男子高とどっちがマシなんだろうな。
「私のことはともかく、三日後には錬金学校の入学式です。今日は必要なものを買いに行きましょう」
「必要なものなんてあるか?」
錬金に必要な道具とかは、もうとっくに買い揃えてしまったからなぁ……。
あと他に、なにか必要なのであろうか?
「リルル、アーノルドは男性だからこんなものなのよ」
「確かに、ビックスさんも同じような感じですね」
「俺もアーノルド様と同じ意見で、今さらなにを買い物に行くのかなと」
「行けば、必要な物が見つかることもあるのよ」
「ローザ様、それって、実は特に必要な物なんてなくて、ただ単に買い物に行きたいだけなのでは?」
「さあ! 行くわよ! リルルもついて来なさい」
「任せてください! ローザ様!」
「アーノルド様が連れられて行く……俺も行かなきゃ!」
結局、その日は四人で町に買い物に出かけることになってしまった。
そして、女性の買い物は長いのが相場だ。
結局夕方までつき合わされ、俺とビックスはこの日も疲労困憊してしまうのであった。
ここは、俺が聞いていた恋愛シミュレーションゲームと、ハマっていたRPGゲームの設定が混淆している世界。
なぜか錬金学校に入学することになってゲームが違うような気がしなくもないけど、今はできることをやっていくしかない。
数年後、本当に恋愛シミュレーションゲームの主人公が登場するかどうかはわからないけど、一緒にこの世界に転生してしまった裕子姉ちゃんとうまくやって行こうと思う。
まあ、裕子姉ちゃんは悪役令嬢なんだけどね。