第三十話 狼ゾンビ男爵(後半)
「なぜだ? なぜこの俺様が!」
ほんの軽い気持ちで、公爵閣下がマカー大陸以外の墓場に配置しているレイスたちを大量に討伐している雑魚をなぶり殺しにし、他の奴らよりも目立とうとしただけなのに。
どうして俺様は……アンデッド軍団期待の新星、狼ゾンビ男爵様は、こんなガキどもに苦戦しているというのだ。
このままでは、俺様は倒されてしまう。
こんな屈辱があっていいものか!
しかし、俺様には奥の手があるのだ。
これを使えば、俺様の勝利は確実。
クソガキどもの死体は、俺様がゾンビとして扱き使ってやるぜ。
俺様がここに来たのは、現在アンデッド軍団の幹部たちの間で、深刻な僕不足に陥っていたからであった。
最前線で死んだ人間の死体は、同じく最前線で戦っているアンデッド軍団の幹部たちが優先的に使用できるからな。
ただ、死体が人間たちに回収されたり、神官たちがアンデッドたちを浄化して損失が出るので、前線にいない俺様にはなかなか死体が回ってこなかったのだ。
どうして前線に出ないのかって?
アンデッド軍団期待の新星である俺様が、僕ナシの状態で前線に出られるかっての。
他の幹部連中に舐められてしまうからな。
ここは、アンデッド公爵閣下の命令に一時背いても、他大陸で新鮮な死体を手に入れようと思ったわけだ。
とはいえ、これは予想以上の苦戦だな。
「出し惜しみはなしだな!」
こうなれば、これまで隠していた奥の手でガキどもを倒してやる。
新鮮なガキどもの死体だ。
さぞやいい僕となるであろう。
覚悟するがいいさ。
「ほうら、きた。みんな、フォーメーション2だ!」
「はい」
「わかりました」
「これ、フォーメーション2ってほどのことでもないけど……」
見た目はボロボロである狼男であったが、突如俺たちへの攻撃をやめ、その場で両足を肩幅ほどに広げてから中腰の態勢になった。
これは、アンデッド狼男最大の奥の手が出る合図だ。
そこで俺は、事前に傷薬や火炎瓶と共に渡していたアイテムの使用をみんなに命じた。
『フォーメーション2』というのが、その合言葉というわけだ。
裕子姉ちゃんだけ、大げさなと俺にツッコミを入れていたけど。
他の二人は素直なのにな。
「大げさなのは事実だけど」
俺も持っていたあるアイテムを取り出し、そのまま耳の穴に入れた。
そのアイテムとは、『静寂の耳栓』という錬金で作るアイテムであった。
普通の耳栓と、その他いくつかの素材で作るのだが、これを耳に入れておくとモンスターの『咆哮』が防げるという優れものだ。
アンデッド狼男は元々が狼男なので、戦闘で不利になると『咆哮』を使う。
これを食らった者は、委縮して数ターン行動不能に陥ってしまう。
ゲームなら死なないこともあるが、現実では動けない者など、首の頸動脈を斬り裂かれれば一瞬で死んでしまうであろう。
なので、この『咆哮』は絶対に防がなければいけないのだ。
「うぉーーーん!」
「出たな!」
全員が耳栓をした直後、中腰の態勢だった狼男が口を大きく開けて『咆哮』する。
静寂の耳栓をしていても聞こえてくるので、もし耳栓をしていなかったら、俺たちは全員委縮して動けなくなっていたかもしれない。
確か、ゲームだと成功率が75パーセントの特技なので一人は大丈夫――確率の計算ってこれでよかったっけ――かもしれないが、かからなかったのがリルルや裕子姉ちゃんだったら、戦いとしてはそこで詰んでしまう。
「あーーーはっはっ! 委縮して動けないお前たちをなぶり殺しにしてやるぜ! ……あれ?」
狼男は奥の手が成功したと確信していたようだが、俺たちが委縮していないことに気がつき、すぐに首を傾げる事態となった。
黒焦げの狼男が不思議そうに首を傾げる光景は、かなりシュールである。
「今よ!」
「えいっ!」
そしてそんなアンデッド狼男に対し、裕子姉ちゃんとリルルは持っている火炎瓶を次々と投げつけていく。
狼男は、巨大な火柱に包まれた。
「バカなぁーーー! 俺がそんな卑怯な戦法でぇーーー!」
「戦いに卑怯もクソもないわよ! この臭い狼!」
「このアマぁーーー!」
アンデッド狼男は、自分に対し挑発的な発言をした裕子姉ちゃんに襲いかかろうとするが、残念ながらダメージを受けすぎたようだ。
足がフラつき、立っているのが精一杯の状態であった。
あと一歩で、アンデッド狼男は倒せるであろう。
それと裕子姉ちゃん、それは俺が言うセリフなんだけど……まあいいか。
「トドメの一撃! みんな、投げろ!」
「「「えいっ!」」」
今度は俺とビックスも、火炎瓶をアンデツド狼男に対し投げつけた。
「熱いぃーーー! 体が燃えるぅーーー!」
さらにトドメでこれで最後だと、俺たちは持っていた傷薬の瓶の中身を、次々と狼男へと投げた。
傷薬が体にかかればモンスターでも回復してしまうが、アンデッドは例外だ。
強い酸をかけられているようなものなので、体中から白い煙を吹き出しながら地面をのたうち回っていた。
「手を休めるな!」
「そうね! 油断大敵!」
狼男はもう立ち上がることすらできなかったが、裕子姉ちゃんはこれでもかと念入りに傷薬を振りかけていた。
狼男の体から吹き出す白い煙の量はさらに増えていく。
「こんなところで俺様が……」
「お似合いの最期よ」
「このアマがぁーーー!」
これがアンデッド狼男の最期の言葉となった。
まるでその体を覆い隠すほどの大量の白い煙があがり、それが晴れるともうアンデッド狼男の姿はなかった。
白い煙と共に消えるアンデッドの最期は、前に見たシャドウクエストの設定集にも書かれていたもの。
俺たちは、どうにかアンデッド狼男こと『狼ゾンビ男爵』の討伐に成功した。
「やりましたね、アーノルド様」
「そうだな」
怪我人や犠牲者が出なくてよかったが、使用した火炎瓶と傷薬の費用を考えると、もしかしたら赤字かもしれない。
現時点で通常の戦闘方法では倒せない以上、この出費は致し方ないか。
金より命が大切というわけだ。
「ドロップアイテムに期待するしかないわね」
とはいえ、確か狼ゾンビ男爵のドロップアイテムって……。
彼が倒れた場所を確認すると、そこには霊糸が一つだけ置かれていた。
ゲームなら中盤で霊糸が手に入るのでありがたいボスであろうが、霊糸はレイスからもドロップされる。
効率という点では、あまりお得なボスではなかったな。
命が助かったのが一番の収穫であろう。
「アーノルド、見て」
「あーーーあ、今になってレイス復活か」
レイスたちが墓地の外に出ないように教会が張った結界が効かないほど強いボスだったので、レイスたちも押さえつけられていたようだ。
アンデッド狼男が消滅すると同時に、またいつもと同じく墓地中を多数のレイスが活動し始めたのだから。
「今日は疲れたから、もう終わりだな」
「どうせ聖水もないですしね」
「アーノルド様、狼男の経験値は凄いですね」
リルルの言うとおりで、カードを見ると経験値は一万以上も増えていた。
さすがはボスであるが、これならレイス狩りをした方が効率よかったかも。
「アーノルド、今日はもう家に帰って寝ましょう」
「そうだね」
アンデッド狼男との死闘で疲れた俺たちは、そのまま帰宅の途に着くのであった。