第二十八話 魔王軍の事情
「ご報告します! ホルト王国の王都にある公共墓地において、配置されたレイスたちが驚異的な速さで討伐されております」
「驚異的な速さでか? どうせ雑魚冒険者たちが、経験値目当てにハッスルしているだけであろう? 『黄泉戻り』で再び墓地に引き戻し、レイスとして再配置すればいい」
「元を絶たなくて大丈夫でしょうか?」
「心配いらないだろう。それよりも、陛下は一刻も早いマカー大陸解放を願っておられる。そちらに労力を傾けずにどうするのだ」
ここは、マカー大陸にある魔王様の居城。
その一室において、魔王軍四天王の一人である私『アンデッド公爵』は、黙々と執務を行っていた。
私は、魔王様が率いるモンスター軍団の中でも、すでに生がない者アンデッドたちの指揮を任されていた。
アンデッドたちの中には最弱であるレイスたちも含まれており、ただレイスたちをこのマカー大陸に放っても足止めにもならない。
この大陸で魔王様に抵抗している人間たちの中には、侮れない実力を持つ者たちが多かったからだ。
そこで、レイスのみは他の大陸に分散配置し、主に聖職者たちの足止めに使っていた。
各所の墓地にあの世から呼び戻したレイスたちを溢れさせ、教会はその対応でマカー大陸に送る聖魔法と治癒魔法使いたちの派遣数を減らさねばならない。
地味な嫌がらせだが、地味な割にその効果は大きかった。
治癒魔法使いの数が足りなければ、マカー大陸で戦っている人間たちに犠牲者が増えるからだ。
負傷しても、治癒魔法が間に合わずに亡くなる数が増えるわけだな。
魔王軍には脳筋が多いので、私の策を理解してくれない奴も多いが、頭脳明晰な魔王様は私の作戦を評価してくださる。
そんなわけで、レイスの大量損失は想定内だ。
一度冥界に行ってしまったのを再び呼び戻せばいいので、すぐに補充できるからな。
この程度のこと、アンデッド公爵たる私には余技の類だ。
ところが、少しばかりレイスが沢山倒されたくらいで顔を青く……私が指揮するアンデッド軍団はみんな死んでいるので、全員顔色は悪いけどな。
「つまりお前は、墓場に大量配置したレイスを沢山倒している冒険者たちを、わざわざ討伐しに向かえと言うのか?」
「はい」
「無駄だ」
「どうしてです? 公爵閣下」
レイスなど最弱のモンスターであり、すぐに補充もできるものだ。
そのレイスたちが墓場の外に溢れないよう、教会は結界を張る優れた力を持つ神官たちをこのマカー大陸に派遣できないでいる。
これだけでも十分味方の支援になっているというのに、わざわざホルト王国の王都まで力のあるアンデッドを送り込めというのか?
私は、この男はバカなのではないかと思ってしまった。
「レイス程度を沢山倒せたとして、そいつがこのマカー大陸にある最前線に来たとしよう。大して活躍できないか、すぐに死ぬであろう」
その程度の軍人か冒険者かは知らないが、魔王軍への脅威になるとは思えない。
第一、人間で本当に強い奴は、レイス相手に経験値など稼がない。
どうせレベルを上げておきたい程度の雑魚で、このマカー大陸に来る度胸もないであろうからだ。
「しかし、将来はわかりません」
「お前はアホか?」
人間など腐るほどいるというのに、将来強くなるかもしれないからと、いちいち遠方に刺客を送っていたらキリがないではないか。
下手をすれば、人手不足でこちらの前線が崩壊してしまうわ。
「『狼ゾンビ男爵』。そんな暇があったら、最前線で一人でも凄腕の冒険者なり、軍人を殺してこい」
どうせ、いまだ人間が優勢な他大陸に刺客を送り出したとて、すぐに見つかって倒されてしまうであろう。
今、我ら魔王軍がしなければいけないことは、最前線にいる強い人間を一人でも多く殺すことなのだから。
幸いというか、人間は国の違いを乗り越えて、このマカー大陸に多くの強者を送り込んできている。
これを殺し続ければ、徐々に人間の力が弱まるのは確実なのだ。
それなのに、わざわざホルト王国の王都にある墓場に幹部クラスのアンデッドを送り込む意味があるのか?
ふんっ。
元が狼男だからか、狼ゾンビ男爵は頭が悪くて困ってしまうな。
「しかし……」
「クドイ! 早く前線に行け!」
「……わかりました」
狼ゾンビ男爵は、私からの前線への出撃命令を受け入れたようだ。
まったく、多くの部下を預かるというのは面倒なことだな。
「まだ書類が残っているというのに……」
魔王軍四天王とはいえ、管理職なのは同じだ。
当然この手の仕事が定期的に回ってくるわけで、これなら昔みたいに最前線で暴れていた方がいいなと思ってしまうのは、私もストレスが溜まっている証拠なのであろうか?
「公爵閣下! 狼ゾンビ男爵が!」
「奴がどうした?」
「それが、『冥府の門』を勝手に使用しています!」
「あのバカ者が!」
確かに『冥府の門』は、墓場や古戦場、遺跡などアンデッドが活発に活動できる場所への移転を簡単に行えるものだ。
だが、それには消費魔力の問題があってだな……。
第一、狼ゾンビ男爵のアホは帰り道はどうするというのだ。
お前のような下級ながら幹部クラスの移転となると、使用する魔力量が膨大になってしまう。
ここに戻ってこれるまで数日はかかるはずで、その前にホルト王国の神官たちに見つかったら多勢に無勢でなぶり殺しにされてしまうではないか。
「片道特攻とは……狼ゾンビ男爵はアホなのか?」
それで、たかが一晩にレイスを数百~一千体程度倒す冒険者たちを殺せたとして、完全に我ら魔王軍側の大損ではないか。
その程度の人間、最前線には腐るほどおるわ。
「狼ゾンビ男爵は、その冒険者たちが凄腕だと確信しているのでは?」
「そうらしいが……ええいっ! 勝手にしろ!」
狼ゾンビ男爵の代わりに最前線に送る幹部の選定もまたしないといけないし、奴はもう倒されたという計算で行こう。
まったく、この大事な時期に……。
「一年後の大攻勢に備え、各軍団で新幹部を選抜中だというのに……狼ゾンビ男爵は外すしかないな」
アンデッドの補充は容易だが、どうもバカな奴が多くて困ってしまう。
仕方がない。
新しい幹部候補たちに、最前線行きを打診してみるとするか。