第二十六話 霊糸
「これが霊糸……凄そうなのはわかるけど、なにに使うの?」
「これは、防具の材料だよ。実はミスリルに匹敵する素材なのさ」
霊糸の優れた部分は、魔法使いのローブなど布系の防具の素材にできる点であった。
シャドウクエストでは、後半になると鎧が装備できないキャラが使い難くなる。
布系の高級装備が極端に少ないからだ。
ところが、霊糸があれば既存の装備を強化できる。
物理防御力はミスリル並で、魔法防御力ではミスリルよりも上。
鎧が着けられない人必須の素材なのだが、これは一部のボスかレイスを倒さないと手に入らない。
通常のモンスターだと、なぜか最弱のレイスからしか入手できず、他のアンデッドはいくら強くても落とさないのだ。
挙句に、運の数値が10で平均値のキャラだと十万分の一という入手確率であった。
ゲームだと一度の戦闘で最大十体しかレイスを倒せないので、霊糸を入手するためだけに単純作業を延々と繰り返す羽目になる。
俺が使った方法は、ゲームの設定を利用したある種の裏技だ。
現実はゲームと違って、一度に十体までしかレイスと戦えないということはないのだから。
「一日で二つ入手できたのは奇跡だな」
「レアアイテムらしいわね」
「基本、入手率は十万分の一だ」
「なによ、その鬼畜の入手率」
実は、最後の最後で偶然もう一つ霊糸を入手できたのだ。
これは本当に僥倖だったと思う。
普通なら、一日一個手に入るだけでも奇跡なのだから。
「これで、リルルの装備を強化しよう」
彼女は俺専属のメイドだから、なにを言っても必ずついてくる。
レイス退治なら問題ないのだが、他のモンスターの攻撃をメイド服では防げないからなぁ。
ここは、防具だけでも強化しなければ駄目だ。
「ああ、リルルね。あの子、留守番していろって言っても聞かなそう」
「でしょう?」
本人が真面目なのもあるが、母親であるレミーの教育方針ってのもある。
俺についてきた結果なにかあると困るので、ここは優先的に装備を強化しておこうと思う。
「暫くはレイス退治のみだから問題ないとは思うけどね。もう一つは、裕子姉ちゃんが使う? 皮のドレスを霊糸に置換すればいいから。いい防具になるよ」
「弘樹はどうするのよ?」
「俺は、鎧に慣れたいから」
いくら霊糸があっても、結局最上級品の金属鎧には勝てないのが現実だ。
それはあとで入手するにしても、俺は鎧という装備に慣れておきたかった。
「私も鎧でいいわよ。なんか、こういう時に皮のドレスってどうかと思うから、新しい鎧にしようかしら?」
裕子姉ちゃんも力と体力が高いから、別に鎧でも問題なく装備できる。
だから、素材を霊糸に置換した皮のドレスではなく、またもデラージュ公爵家の力で鎧を手に入れようと画策していた。
「でも、大分あとにならないと霊糸装備の方が優れているよ」
最強装備を得るまでには、いくら俺がゲームの裏まで知り尽くしても時間がかかる。
それまでは霊糸の装備が最強なので、今は皮のドレスを霊糸に置換したものの方がいいと思うんだよなぁ……。
まずはリルルの装備を『置換』して、その性能のよさを見れば新しい金属鎧をほしいなんて言わないか?
「寝る前に『置換』をしておこう」
「そんなに簡単にできるものなの?」
「大丈夫」
『錬金術』の特技と、知力と器用と運も高いから。
チタン鎧を『置換』した鍋に、リルルの予備のメイド服と霊糸を入れて純水をなみなみと注ぎ、プリン玉に魔石50を入れて錬金するだけだ。
「完成だ」
わずかな時間で、リルル用の装備が完成した。
『鑑定』をすると、間違いなく錬金に成功している。
装備品:霊糸のメイド服
効果:対物理防御力は勿論、対魔法防御力が突出している。
価値:500000000シグ
「完成だ」
早速リルルに今夜から使うようにと言って渡すが、彼女は恐縮して受け取らなかった。
「アーノルド様、こんなにお高い装備品はお借りできません」
「いや、俺についてくる以上は必須装備だから。これから俺のモンスター退治についてくるとなれば特にだ。嫌なら、同行は許可できないな」
別にあげるとは言っていないので、遠慮しないで使えばいいのにと思ってしまう。
「私が使って古くなったら勿体ないじゃないですか」
「別に勿体ないとは思わないけどなぁ……」
通常、武器、防具、アクセサリーの素材などで再利用が可能なのは金属類だけだ。
鍛冶屋が、壊れたり使い古した装備品を炉で溶かして再利用することはよくある。
皮や布は再生不可能であったが、霊糸は素材が特殊なので再利用ができた。
『純化』を使えば、霊糸だけは回収可能なのだ。
回収した霊糸で新しい服やローブを『置換』すればいいので、そんなに手間というわけではない。
「というわけだから、気にしないで着てくれ」
「わかりました。アーノルド様はやっぱり凄いです」
リルルが目を輝かせながら俺を見ているが、ただ裏技を駆使しているだけでそこまで大したことでもないと思う。
それに、霊糸を使った装備品は上の下くらいでしかない。
一日でも早く、もっと凄い武器や防具を置換可能になりたいものだ。
「リルルの装備品も準備できたから、夜に備えて寝ましょう」
「それはいいけど、またローザは俺のベッドで寝るの?」
「いいじゃない。お父様もなにも言わないから」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
「疲れを癒すためには、いいベッドで寝ておかないと駄目よ。広いベッドだしいいじゃない」
今日も裕子姉ちゃんに言い含められ、俺は彼女と同じベッドに入ってから就寝するのであった。
彼女に口で勝てないのは前からなので、もう諦めの境地にいる俺なのであったが。
「陛下、いや兄上。うちのローザとアーノルド君はすでに一緒に生活を送っている状態でして。いやあ、あれほどの錬金術師が婿殿とは、ローザの伯父である陛下にも祝着至極かと」
「生憎と、余には同じ年頃の娘がおらんでな。ローザがいて助かった」
「そうでしょうとも、陛下。いや、兄上。現在、我がホルト王国に差し迫った大きな問題はありませんが、マカー大陸の魔王軍がいつ他の大陸に手を出すやもしれず、となれば優れた錬金術師は多ければ多いほどいいのですから」
「マカー大陸は、ついに錬金学校を一時閉鎖したと聞くからな」
「前線の工房で、魔王軍との戦いに必要なものを作らされているとか」
「仕方がないと言えばそれまでだが、マカー大陸は軍備にばかり集中して、とにかく景気が悪いらしい。これではもし魔王軍に勝てても、戦後の不景気で他国と戦争になるやもしれぬ。困ったことだ」
ローザから暫くアーノルド君と一緒に暮らすと連絡が入った直後、私デラージュ公爵は王城の陛下、兄を訪ねていた。
将来ローザがアーノルド君と結婚できそうなので、陛下に報告に来たのだ。
現状、マカー大陸での戦乱の影響で、この世界の景気はよくない。
もしマカー大陸が魔王軍に完全占拠されると、戦乱がマカー大陸以外に飛び火してしまうのは確実なので、どの国もかなりの規模の援軍を送っているからだ。
これが結構な負担なのだが、まさか援軍を停止してマカー大陸を魔王に蹂躙させるわけにいかない。
苦渋の出費というやつだな。
それに、軍部の常に戦争がしたいと公言している戦争バカたちのストレス発散先でもある。
血の気の多すぎるバカほど戦死する確率が高いので、ある種の危険人物処分装置としての役割も果たしているのだ。
そんな中で、他国に輸出可能な錬金物を次々と開発、製造しているアーノルド君は凄い。
幸いというか、彼が継ぐホッフェンハイム子爵は庶子ながら王族が初代当主となった家柄。
ローザとの結婚にケチをつける奴がいないのはいいことだ。
「マカー大陸の戦況は一進一退が続いているそうだ。暫くはこのままであろう。となれば、我が国としては内政を充実させる時である」
それに、アーノルド君は大いに役に立つというわけだ。
「それにしても、我が姪も予想以上に優秀ではないか」
ローザも、コネなしで錬金学校の試験に合格した。
元々錬金学校はコネ入学など不可能なので、ローザがそれだけ優秀ということになる。
「アーノルド君のいい補佐役にもなるでしょう」
「夫婦仲良くて結構ではないか」
「錬金学校でも仲良くしてくれるといいですな」
「そうよな」
兄も、二人の結婚に大賛成のようだ。
錬金学校は四年間もあるので、それだけ一緒に暮らせば、他の貴族たちの横やりも防げよう。
早く大人になって結婚してくれないかな、と思う私であった。