第二十五話 墓場とレイス
昼寝をし、夕食をとった俺と裕子姉ちゃんは、経験値稼ぎのため王都郊外にある巨大な墓地の前に立っていた。
「アーノルド様、もの凄い数のレイスですね」
結界で外に出られないようになっているが、墓地には大量のレイスが湧いていた。
さらに奥に行けば、ゾンビもいるはずだ。
俺たちの護衛でついてきたビックスも墓地は初めてのようで、その数の多さに驚いている。
「こんなに沢山のレイス。大丈夫でしょうか? アーノルド様」
ビックスの他にも、リルルが俺の傍を離れるわけにはいかないとついて来た。
彼女は普段どおりのメイド服に、台所から持ってきたフライパンを持っている。
物理攻撃が効かないレイスに対しては役に立たないので、彼女の護衛はビックスに任せることにした。
実は、ビックスの剣の腕も大差ないんだけど……。
レイスの方は、俺だけでも問題ないからだ。
「レイスかぁ……。でも、人間のが少ないわね……」
シャドウクエストにおけるレイスとは、死んだ生物の幽霊のことを差す。
とにかく数が多いので、人間にとっては迷惑な存在だ。
墓地にうじゃうじゃと湧いている光景は、精神衛生上あまりよろしくはない。
プリンと同様に数だけは沢山おり、人間のみならず、殺されたモンスターのレイスや、動物のものも多数あった。
死んだ人間、動物、モンスターなどの霊が墓地というスポットに集まり、レイスと化す。
一体一体は全然強くないが、とにかく大量に湧くので、墓地の外に出ないよう教会が結界を張ることで対応していた。
ゾンビは一体でも厄介なので、墓地に結界を張ることはこの世界では当たり前のことなのだ。
他のもっと性質の悪いアンデッドは、これはまた別の話である。
これはシャドウクエストの設定集からの情報だが、違ってはいないはずだ。
「結界のおかげで、夜の墓地に入らなければ問題ないのさ。でも、リルルの分の防具も準備しないとな」
「大丈夫ですよ。アーノルド様」
「万が一ということもあるから、今日素材が手に入れば錬金するよ」
その素材を、このレイスたちが持っているというわけだ。
滅多に落とさないので、これは完全にレアアイテム扱いであったが。
「では、いざいかん」
作戦はこうだ。
まずは四人で結界の範囲ギリギリの位置にまで移動すると、こちらを見つけたレイスたちが大量に集まってくる。
ただし結界は超えられないので、数百体ものレイスが結界の壁に張り付いた状態になった。
「アーノルド様、見ていて怖くなりますね」
「ビックス、剣は使うなよ。無駄だから」
「はい、親父もそう言っていました」
レイスは弱いが、物理攻撃が一切効かない。
討伐方法が限られているので、弱くても倒そうと考える冒険者が少ないのだ。
「それで、どうやって倒すのですか?」
「これが意外と簡単なんだ。ビックス、準備してきた聖水を」
「はい、これですね」
ビックスが、お昼に購入した聖水を俺たちに見せる。
「でも、これだと量が少なくないですか?」
聖水の基本的な効果は、一定時間モンスターを近寄らせないことと、アンデッドの動きを止めると、ごく少量だがダメージを与えることであった。
他のRPGだと使用キャラのレベルによって効果が変わるものもあったが、シャドウクエストでは、ただ聖水の品質と量に比例する。
この聖水の品質はCだ。
結構な寄付金を教会に支払っているので、聖水は意外とコストが高い。
品質B以上の聖水は高レベルの神官にしか作れず、度々発生する凶悪アンデッドの退治で重宝されるので市場に滅多に出回らない。
さらに冒険者に言わせると、強いアンデッドにダメージを与えるためには大量の聖水を準備せねばならず、それなら魔法の方がマシという結論に至ってしまうわけだ。
聖魔法ほどではないが、アンデッドには攻撃魔法が効く。
「ビックス、井戸水を酌んできて」
「ええっ! 薄めるんですか? 聖水が駄目になってしまいますよ!」
「大丈夫」
「わかりました……」
ビックスは渋々墓地の脇にある井戸から水を汲んできた。
俺はそれに『純化』をかけてから聖水と混ぜる。
『鑑定』しながら水を入れていき、品質がEになった時点で水を加えるのを止めた。
「レイスの動きを止めるだけなら、品質Eでも十分なのさ」
「これで倒すんじゃないの?」
「まさか」
いくらレイスでも、品質Eの聖水では倒せない。
暫く動きを止めるのが精々だ。
「ここに柄杓があるでしょう? 少しずつレイスの集団にかけてくれ。少しずつでいいから」
「はあ……」
俺から柄杓を渡されたビックスは、結界にへばり付く大量のレイスに薄めた聖水をかけた。
すると、設定書どおりにレイスたちは完全に動きを止めてしまう。
「それでどうするの?」
「ここで、ヒール(小)でしょう」
シャドウクエストでも、治癒魔法でアンデッドにダメージを与えられる法則は通用した。
しかも、ヒールは単体と複数の両方にかけられる。
ゲームだと、例えばヒール(小)で単体だと最低HPが100回復し、複数だと人数で頭割りだ。
最低と書いたのは、やはり知力により威力に補正が入るからだ。
同じヒール(小)でも、知力の数値でまったく回復値が違ってしまう。
俺は知力の基礎値をあげているから、下手な上級冒険者よりも高威力のヒールが使えてしまう。
レイス程度なら、纏まっていれば一度に数体から、上手くすれば数十体と一撃で倒せた。
「「「「「ギャーーー!」」」」」
ヒールの青白い光に包まれたレイスたちが溶けるように消えていく。
その跡にはなにも残らなかった。
「やっぱり、もっと倒さないと駄目だな」
それでも、経験値は500以上も増えていた。
計算すると、一匹あたり25が入った計算になる。
「ええっーーー! レイスで25ですか?」
弱いレイスの経験値が一体25と知り、ビックスは驚きを隠せないようだ。
「その代わり、魔石もアイテムもなしだぞ」
「そうですね……でも、人里離れた土地でワイルドベアーを相手にするよりは効率的ですけど……」
ワイルドベアーは、初級後半から中級前半で経験値稼ぎによく使われるモンスターだ。
経験値は一匹あたり30入り、入手アイテムは毛皮か肉、レアアイテムは右手で、これは某高級中華食材のように高く売れた。
こちらの方が効率がいいように思えるが、ワイルドベアーは物理攻撃力と耐久力が高い。
レイスのように纏めては倒せなかったし、ほぼ単体でしか出現しなかった。
どちらが効率がいいかと言われれば、間違いなくレイスというわけだ。
「この作業を一人でやれば、一匹あたり経験値は100になる」
今日は四人でやっているので、一人あたり経験値は25というわけだ。
経験値はパーティメンバーで頭割りになるのだが、少数点以下は繰り上がって1となる。
だからプリンは何人で倒しても、一匹あたり1となるわけだ。
「アーノルド様、私が経験値を貰うわけにはいきません」
リルルは、なんもしていない自分が経験値を貰うのはよくないと言い始めた。
「俺についてきているからいいと思うけど。なんなら、ビックスやローザと一緒に聖水を撒いてレイスの動きを止めてくれ」
「そんなに広範囲のレイスの動きを止めて大丈夫?」
「最初だから余裕を持って少なくしたけど、もっと一度にヒールをかけても大丈夫だ」
どうせ一体にかけても、数百体にかけても消費する魔力は同じだ。
レイスは弱いので、もっと一度に沢山のレイスを倒すことにする。
効率重視というわけだ。
「三人とも、三方から聖水を撒いて一カ所に纏めるように」
「わかったわ」
「任せてください」
「アーノルド様のご命令どおりに」
レイスはいくら倒されても、俺たちの姿に気がつくとワラワラと寄ってくる。
結界に阻まれて動けなくなったところに聖水をかけて動きを止め、そこにヒールをかける。
この方法で、大量のレイスを倒すことに成功した。
「アーノルド、魔力は大丈夫?」
「余裕」
俺はすでにステータスがカンストしているから、経験値が貯まれば順次レベルを上げている。
シャドウクエストでは、レベルが上がるとMP最大値の四分の一が回復する。
これを上手く使って、レイスの討伐を進めた。
「あれ? なにか残ったわね」
一度に数体から数十体のレイスを討伐し続け、そろそろ夜が明けその討伐数が一千体を超えた直後、一体のレイスが消滅したあとに青白く光る糸の束がその姿を現した。
「レアアイテムですか? アーノルド様」
「そうさ、あれが霊糸だ!」
霊糸は、超のつくレアアイテムである。
運が100ある俺ですら……パーティを組んでいるから平均化されてしまうが、それでも40以上はあるはずだ……一千体に一個。
どのくらい貴重なアイテムか、容易に想像できるはず。
「すぐに取りに行きます!」
「ああ、焦る必要はないから」
どうせ夜が明ければ、レイスは消えてしまうのだ。
今無理に取りに行く必要はない。
レイスはドロップアイテムに興味などないし、下手に取りに行くと攻撃されるかもしれない。
ドロップした霊糸の回収は、帰る時でまったく問題ないのだ。
「それよりも、聖水が尽きるまで頑張れ」
「わかりました」
俺たちは夜明けまでレイスの討伐に精を出し、これまで貯まっていた経験値もあったので、俺はレベルを七つも上げることに成功するのであった。