第二十三話 引っ越し
「あら、いい家ね」
「父上、奮発したんだなぁ……」
「そう? 貴族なら普通じゃない?」
「裕子姉ちゃん、貴族の常識に慣れるのが早いね」
「弘樹が遅すぎるのよ」
錬金学校での面接を終えると、俺たちは錬金学校に通う間住む借家を見に出かけた。
到着すると、すでにレミーが掃除を、ビックスが家具などを運び込んでいるところであった。
俺はこれでも子爵の跡取り息子なので、一人暮らしはあり得ない。
レミーが引き続き俺の世話を担当し、ビックスが適宜護衛としてつく予定だ。
「レミー、ここが父上が借りた家なんだね」
「はい、ちょうど学校から近い場所にいい物件がありました。以前には、同じく錬金学校に通う貴族の子弟が住んでいたそうです」
「なるほど」
ちょっと洒落た別荘のような作りの家で、貴族の子弟が学生生活の間に住むにはちょうどいいというわけか。
「学園も近いわね」
「はい。アーノルドお坊ちゃまは、十五歳になったら学園に通わないといけませんので」
「私もよ」
「それって、通う必要あるのか?」
あくまでもゲームの設定だから通う必要があったのだと思うけど、俺とローザはこれから錬金学校に通う。
その期間は四年間で、卒業すればそんな学園に通う必要がないレベルの知識が身につくと思うのだが。
「学園は、これは王族や貴族子弟の義務ですから」
学力のみの話ではなく、この国の上流階級に所属する者の義務なのだそうだ。
十五歳で入学し、初年度にはすべての男子と一部女子にはモンスター退治がメインの従軍が行われる。
これに参加しないと、貴族の跡取りは家を継げないそうだ。
腕っ節に自信がなくても従者を従えれば問題ないし、死なれても困るので、そこまでキツイ場所には行かない。
王国軍の護衛もつき、つまり国民に対し『貴族としての義務を怠っていないですよ』とアピールするのが狙いであった。
勿論、自信がある者は積極的に功績をあげようと努力する。
うちは父が文官なので、参加すればオーケーという扱いだそうだ。
「つまり、学園に通うことで自分がこの国の上流階層に属しているのだという事実をアピールし、ついでに人脈を作るためってことかな?」
「はい。そんなわけでして、アーノルド様が学園で勉強するようなことはなくなっていると思いますが、通う必要はあるわけです。入学前の初陣もありますし、一緒に行軍したり戦う仲間は必要でしょう」
「それもあるな」
貴族には人脈が必要だ。
学園時代に友達を作っておけというわけか。
「ローザ様は、やはり王都のお屋敷から通われるのですか?」
「そうね。この家に一緒に住んでもいいんだけど、お父様がお屋敷から通えって強く言うから」
裕子姉ちゃん、この家で俺と一緒に住むつもりだったのかよ。
それは危険じゃないか?
こういう世界観だから、『男女七歳で席を同じうせず』が常識っぽいようだし。
「まあいいわ。私、ここに毎日遊びに来るから」
「お待ちしております」
おい、レミー。
いいのか?
陛下の姪だから緊張とかしないのかな?
「そういえば、一つご報告が。実は、私の娘を見習いメイドとしてアーノルド様にお付けする予定なのです」
「レミーの娘?」
「はい。我が家の習わしです」
前にこっそりとイートマンに聞いたら、レミーは今年で四十二歳。
なんと四人の娘を持つ母親であった。
レミーの家は代々女家系で、娘はみんな貴族の家で上級メイドになるそうだ。
そして奉公先で家臣や使用人と結婚する。
娘が生まれると、やはり上級メイドになる者が多いそうだ。
「上三人にはすでに奉公先もあり、結婚もしております。末娘のリルルはまだ十二歳ですので、暫くは見習いですね。アーノルド様付きにして経験を積ませ、時期を見て学校に通わせ、将来的にはホッフェンハイム家の上級メイドにする予定です」
俺が当主になる頃には一人前というわけか。
それにしても、娘が多く産まれて大半が上級メイドになる一族か。
もの凄い家だな。
「明日、紹介させていただきます」
引っ越しの準備はまだ終わらないそうで、その間に俺と裕子姉ちゃんは周辺を探索することにした。
手伝おうかと言ったのだが、それは駄目らしい。
「ご厚意は嬉しいのですが、そのせいで仕事にあぶれる者が出ますから……」
仕事がなければ、下の者から切られてしまう。
俺の親切心が、逆に雇われている者たちの仕事を奪ってしまうわけか。
下々の者たちを食べさせる。
貴族も決して、無意味に多くの使用人を使っているわけではないようだ。
「うちもそんな感じよ」
裕子姉ちゃんの実家は公爵家だ。
さぞや、養わなければいけない者たちが多いのであろう。
「あっ! 発見!」
鑑定をしながら歩いていると、不意に反応を感じた。
なんと、石畳の隙間から生えている雑草の実が一つ光っていたのだ。
「いきなり見つかるわね」
「どれが能力値のタネかなんてわからないもの」
俺が光っている雑草の実を示すと、裕子姉ちゃんは周囲に誰もいないことを確認してから、それを口に入れた。
公爵家の御令嬢が、雑草を口に入れているところを他人に見せるわけにいかないからな。
「先は長いわね……」
それでも、度々隠れ能力値のタネは見つかるので、裕子姉ちゃんの運は52になっている。
パーティメンバー扱いの俺と足して割れば76。
相当ツイている扱いなので、レアアイテムが出現しやすい状態なのだ。
「早く100にしたい。モドかしい」
「ステータスオール100は時間がかかるからね」
シャドウクエストだと、それだけで100時間ほどかかる。
ゲームでないこの世界では、俺も五年以上かかった。
それだけ面倒で地味な作業なので、運は諦めてレベル上げを始めてしまう人も多かったのだ。
「そして、あとで後悔する」
運が高いと、ゲームが進めば進むほど有利になる。
どんなに運の成長率が低くても、レベル100あげて1でも上がれば、それはまたゲームが有利になるからだ。
「学園入学までには100になっているでしょう。ところで、治癒魔法で経験値を稼げるって聞いたわね」
「簡単にね。レベル1でも大丈夫」
経験値は貯めておけるので、あとでいくらでもレベルアップ可能だ。
ここで経験値稼ぎを行っても無駄にはならない。
「入学まで一か月あるから、その方法を試してみましょうよ」
「いいけど。ここはシャドウクエストの舞台じゃないから、条件どおりの場所が見つかるかな?」
「そこは、私の実家の力で探すのよ。使用人に元冒険者もいるから、きっと教えてもらえるわ」
散歩という名の密議を交わしてから、俺は引っ越した家に、裕子姉ちゃんは王都にあるデラージュ公爵邸に戻った。
夜には大体の引っ越し準備が終わっており、俺の部屋はすでに片付いている。
実家の私室と同じく『鑑定』を使って購入した骨董品が並び、錬金作業を行う机と道具も綺麗に揃っている。
この手際のよさは、さすがはレミーといった感じだ。
夕食もレミーが作ってくれており、それを食べてからその日は就寝する。
そして翌朝。
朝食が終わると、レミーの娘が紹介された。
「アーノルド様、リルルと申します。よろしくお願いします」
まだ十二歳なので、リルルは幼かった。
俺もまだ見た目は十歳前後だが、中身はすでに成人している。
そんな俺からしたら、彼女は完全に年下に見えてしまうのだ。
リルルは母親であるレミーによく似ており、彼女も子供の頃はこういう感じだったのかもしれない。
真新しいメイド服に身を包み、神妙な面持ちで俺に挨拶をしていた。
「アーノルド様、至らぬ点がありましたらビシビシと言ってあげてください」
「レミーはスパルタだね」
「上級メイドとは、他のメイドとは違うのです。求められるものが大きく、努力を続けなければなれません。いくら我が娘とはいえ、才能がなければただのメイドで終わりです」
代々上級メイドを輩出する家か……。
時に、駄目な子供を切り捨てることまでして、今の地位を獲得したわけだな。
「必要な努力はしてもらうけど、あまり緊張しっ放しでも上手くいかないんじゃないかな? 肩の力を抜いて、臨機応変に対応した方がいいかもね」
レミーの厳しい発言でリルルの表情がこわばっていたので、俺は優しく彼女に声をかけた。
母親であるレミーは絶対に厳しくすると思うから、俺は少し甘くしてバランスを取るのがいいであろう。
それにしても、俺専属のメイドか。
ゲームの中の世界とはいえ、貴族とは凄いものだな。
「リルル、あなたはアーノルド様に常に従い、その命令を忠実にこなすのですよ」
「わかりました。アーノルド様、どんな命令でもご命じください」
こうして、俺にはリルルというまだ中学一年生くらいにしか見えないメイドがついたのだが、俺は彼女になにを頼めばいいのであろうか?
人を使うのに慣れていない、中身は一般庶民である俺は大いに悩んでしまうのであった。